第59話 デート⑤
「……ぜ、絶対ワザとだろ……。あれ、絶対……」
「り、りく君が震えた手で私にドーナツを食べさせようとするからじゃない……。物一つ彼女に食べさせるだけなのに、緊張しすぎなのよ」
「そ、そりゃ仕方ないだろ……。す、好きな相手にドーナツ食べさせるとか初めてなんだし……」
半目になって恨めしく雫を見つめる陸の表情には、確かな羞恥が宿っていた。
ドーナツを雫に食べさせたあの時ーー自分の指と雫の舌が触れ合ったのだ。雫の温かく柔らかい舌の感触を忘れられるはずがはずがない……。
「ま、まぁ……確かに手が震えてて食べにくかったと思うから、そこは謝るけど……」
「ううん、大丈夫……。指、美味しかったもの」
「あ゛!? 」
「な、なんでもないわ。早く次の場所に行きましょう」
口が滑ったとでも言わんばかりに、視線を逸らす雫は陸を抜かし、とある場所に向かって歩いていく。
「覚えとけよ……雫。絶対なにかで仕返ししてやる……」
やられるばかりでは気が済まない性格の陸。瞳に闘志を宿らせ雫の後に続くのであった……。
=====
「久しぶりね佐々木さん。
「これはこれは、雫様ではございませんか」
雫が訪れた先は様々なブランド品が集った一つの店。店内は奥行きがあり白と黒で統一され、いかにも高級感が漂っている。
売り場には衣服に革靴に……と、そんな系統のものが揃えられている店であった。
「……おやおや? 今日は彼氏様とおデートで?」
雫の隣に異性が付いていることに気付いた店員、佐々木はメガネをくいっと上げ、陸に視線を向けてくる。
「ええ、私の初恋の相手なの」
「ほぅ……。それは羨ましいですねぇ」
「素敵な彼でしょう? 私の初恋の相手なの」
「お、おい……。いきなり何言ってんだよ……」
佐々木と雫は知り合いなのだろう。雫は彼氏である陸のことを自慢げに話す。
「謙遜なさらずとも、彼氏様。大変お似合いのカップルでございますよ」
「だそうよ、りく君」
「あ、ありがとうございます……」
『嘘は言っていない』とでも言うようなニッコリ笑顔を浮かべる佐々木と、『ふふん』とご機嫌な雫。
そんな二人の勢いに押される陸は、少し引き気味にお礼を言う他ない。
「ですが、まさか雫様が彼氏を連れて来られるとは……。はい」
「な、なによ……。言いたいことがあるなら言いなさい?」
「正直に申しますと……度肝を抜かれました。今までそんな影すらなかったので」
「全く失礼ね……。もうこのお店の商品を買わないわよ?」
「それは大変困るのでやめてください。固定客を逃せば支配人に怒鳴られるので本当に」
噛むこともせず、真顔で超高速の早口で話す佐々木。その従業員服のネームプレートには【店長】との文字があった。
つまり、佐々木はこの店のナンバー2に当たる人物というわけだ。
「それで、今日はどのようなご用件でございますか?」
「彼にプレゼントを買おうと思ってこのお店に立ち寄ったの。ここは品揃えが凄く良くて気に入っているから」
「プ、プレゼント……?」
「なるほど……。そう言うことですか」
雫の口から思いがけない言葉が発され、陸はオウム返しになる。
「……もしかして私のプレゼントは受け取れないのかしら、りく君?」
「い、いや。そうじゃなくてだな……」
「彼氏様。諦めた方がよろしいですよ? こうなった雫様はなにか買われるまで止まりませんから」
「ふふっ、そう言うこと」
「え、え……」
いつの間にか、プレゼントを購入という形になっており……陸は困惑する他なかった……。
====
「んー、りく君はどっちが似合うかしら……」
「し、雫……? それ、本気で買おうとしてるのか?」
「ええ。もうすぐ寒い季節に入るし早めに買っておいても損はないでしょう?」
「そ、そう言うわけじゃなくてだな……」
雫が手に取っていたのは、ブラックとグレーのダッフルコート。見るからに暖かそうな素材で出来ているのは間違いなく……それ以前に陸はもっと気になっているところがあった。
「そ、その服の値札。ちゃんと見たんだろうな……?」
「もちろん。3万1000円と3万4000円よね」
「ああ、3万1000円と3万4000円だ」
「……?」
ちょとんと首を傾げる雫。それは……陸が言いたいこと『高すぎる値段』であることを全く疑問に思っていないということ。
……雫の家柄と陸の家柄は全くと言っていいほどに違う。金銭感覚に違いがあるのは仕方がないことでもある。
「あ、お金の心配なら無用よ? これはクレジットで支払うから」
「そ、そんな問題じゃないって……。彼女にこんな金額を奢ってもらうのはおかしいんんだよ。俺たちはまだ学生なんだし、いくら雫がお金を持っていようともそこに甘えるわけにはいかない」
「す、少しくらい甘えてくれてもいいじゃない……」
「それが嫌だって言っているんだ。特にこんな金額が関わってくる来る時はな」
陸は雫のことを『財布』として見ているわけではない。共に支え合っていく関係に見ているからこそ、止めることをする。
プレゼントを渡したい気持ちは十分に伝わってきているが、金額=気持ちではない。
金銭感覚のズレは仕方がないが、金額が全てではないことを雫に分かって欲しいのだ。
「……私の方がイヤよ。私がりく君にプレゼントをしたいんだから素直に受け取ってくれれば良いの。これは先輩命令なんだから」
「おい……。こんな時だけそれはズルいって……」
「佐々木さん、少し良いかしら」
「はーい。少々お待ち下さい」
雫はどうしてもプレゼントをしたいのか、陸を無視して店員である佐々木を呼び出すのであった……。
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