第58話 デート④

 二人は猫カフェを出た後、大型ショッピングモールに足を運んでいた。

 ここではフードコートや小売店、映画館などがあり、デートをする場所としてはまさにおススメのスポットである。


 そんな二人は、小腹を満たすためにフードコートでドーナツを買った後、近くにある座席に腰を下ろしていた。


「わ、私もあの時だけ白猫さんになりたかったわ……」

「ま、まだ引きずってたのか……。何度も言うけど仕方がないだろ? 近付いてきてくれたんだし」

「そ、それは分かっているわよ……。で、でも……ズルい」

「はははっ、何だよズルいって。まぁ、ゆっくりで良いから機嫌を直してくれな?」


 自然な笑顔を浮かべて雫を見つめる陸は、一口サイズで売られているドーナツ右手で掴んで口に入れる。


「そ、それじゃあ……りく君。ひ、左手を机上きじょうに出して」

「左手を?」

 何を目的として言っているのか分かるはずもない陸は、首を傾げながらも雫の要望を聞き、左手を机に置く。


「手、動かさないでよね……」

 雫がそんな一言を呟いた瞬間だった。


 陸の右手に自分の右手を重ね、『ギューっ』と包みこむように力を入れる雫。その口は少し尖りどこか拗ねた様子で顔を背けていた。


「ど、どうしたんだ……? 手なんか重ねて」

「き、機嫌を早く治そうとしてるの……よ」

「そ、そうしてくれるのはありがたいんだけど……ここは人が多いんだし人目を気にしないか……? ほ、ほら、友達がいるかもしれないし……」

「……イヤよ」

「なんで……」


 現在、陸たちがいる場所はフードコート。時間帯も昼頃でお客さんも大勢いる。

 たくさんの視線が注がれる可能性があるそんな状況でも、小首を左右に振る雫は断固拒否の姿勢を見せた。


「りく君、私に構ってくれるって猫カフェで言ってくれたじゃない……」

「た、確かにそう言ったけど……」

「だ、だからりく君に拒否権はないの……。わ、分かったわね?」

 と、珍しく強引に話を進めす雫は勇気を振り絞っているのか、重なった手に震えが伝わってくる。


「……あ、あのね、りく君。私……ここまで嫉妬をしていることにとても驚いているの……」

「ん?」

「ね、猫さんに嫉妬するなんておかしな話よね……。ごめんなさい、りく君に迷惑をかけて……」

「……」

「こ、これじゃあ先が思いやられるわ……。この部分は改善するようにするから、もう少し大目に見てほしいの……」

 自分自身がおかしいと感じているからこそ、罪悪感に駆られ不安が襲ってくる。

 ーーだが、そうなってしまうのは仕方がないことなのだ。


「いいや、別に俺は気にしてないぞ。……あの件、、、があったばっかりなんだし、過剰になるのは仕方がないと思うし」

「……っ!」


 陸は雫の心情を悟って、柔和に微笑む。

 そう、お見合いの件があってまだ数時間も経っていないのだ。

 しきたりを破ったことがバレた期間中、雫は学園にも行けず陸と会うことも連絡を取ることも出来なかった。……お見合いに向かうギリギリのところで雫は救われたのだ。


 危機一髪のところを助けてもらい、数日ぶりに大好きな相手と再会した雫からすれば……今日は、今日だけは陸を独り占めをしたくなるものだ。


「俺は雫の彼氏なんだ。遠慮なんてする必要はない。寧ろそうしてくれた方が俺は嬉しいかな」

「ほ、本当に? 本当に……良いの? 」

「ああ、もちろん」

「そ、それなら……このままが……良い」

「え……?」


 視線を数秒に渡って彷徨さまよわせる雫は、陸に面を合わせることなく思いを伝えた。……紅葉したように首元まで真っ赤に染めながら。


「遠慮なんてしなくていい……って、りく君が言ったから私はこうしているのよ……。私の彼氏さんなんだから、ちゃんと責任取ってよね……」


 たくさんの照れを含ませながら、顔を合わせてくる雫。そこにはクールさが微塵もない彼女が映る。……その様子に見惚れてしまう陸は、息をすることさえ忘れてしまう。


「……」

「……な、なにか言いなさいよ……。わ、私が恥ずかしくなるじゃない……」

 と、雫の口からそんな声音が漏れた矢先だった。


「私のぉ〜! 彼氏さんなんだからぁ〜、ちゃんと責任取ってよねぇ〜♪」

「……ッ!」

「……っっ!?」

 第三者による雫の発言の復唱。


「私のぉおお! 彼氏さんなんだからぁあ〜〜、ちゃぁんとぉおお〜!!! 責任取ってよねぇえええ〜〜!!!」

 予期していないところから辱めを受ける横槍が入った……。


「ミ、ミクっ!?」

「こんなところで奇遇だねぇ……雫ちゃん?」

 二人が振り向く先に居たのは、雫のクラスメイトであり友達であるミクだった。

 ……そんなミクはニヤニヤと緩みっぱなしの頰で挨拶を交わしてきたのである。


「ど、どうして……どうしてここに!?」

「そりゃあ週末だもん。友達とココに遊びに来ててもおかしくないよー。ねぇ、カレシの陸君?」

「ま、まぁ……そうですね」


 ミクと何度か面識のある陸は口調を変えて同意する。ミクは雫と同い年。陸からすれば先輩に当たるのだ。

 ミクの性格からしていつもの口調を使っても何の問題もないだろうが、ここは陸が線引きしている部分でもある。


「雫ちゃんが学園に何日も来なかったから心配してたんだけど、まさかこんな姿を拝めるとは思わなかったなぁ〜」

「い、今すぐ忘れなさい……。今すぐに……」

「あはは、こんな場所でイチャイチャする方が悪いよー。雫ちゃんが陸君の手を握った時はもう、キュンキュンしたなぁ。雫ちゃんって案外積極的なんだねえ?」

「う、うぅ……。な、なんでよりによってミクなのよ……」


 頭を抱え、完敗状態の雫。

 ミクの発言からするに、序盤の方からこちらの様子を観察していたことになるのだから……


「良いねぇ、羨ましいねぇ。カレシとラブラブのラブラブで!」

「か、からかわないでよ……」

「こんな光景を見せられたら誰でもそう言うって! ……この様子じゃあ、恋人のABCはもう済ませてあるのかなあ?」


 口元に手を当て、悪戯な笑みを浮かべるミクはどんどんと雫に突っ込んでいく。

 彼氏としてミクを止めた方が良いことだと分かっていた陸だが、あえて止めなかった。


 ミクの口から発された『心配』の言葉。今はなにも無かったように接しているその本人だが、無遅刻無欠席だった雫が学園を何日も休んだのだから、友達として気に掛けるのは当然。


 その心配が解消されたからこそ、嬉しさによって突っ込みんだ気持ちが前に出てしまうのは無理のないこと。


「こ、恋人のABC……って、そんなの言えるはずないじゃない……」

「ほ、ほう……。『していない』じゃなくて『言えるはずない』……かぁ! つまりABCのどれかはもう済ませたんだね!? ひゃー熱い熱い!」


 ミクは興奮混じりに自己完結をさせる。だが、ミクの言っていることは正しく……間違っていない。

 この二人は、ABCのAであるキスを済ませているのだから……。


「もう、もう……許さない。……ミクにはもう絶対に勉強を教えてあげないわ」

「……え゛」

「宿題も見せてあげない。……これからは一人で頑張れば良いんだわ」

「ちょ、ちょっと! それは勘弁だって! 困るって!」


 からかい過ぎた結果、とうとう雫の堪忍袋の尾が切れてしまった。

 ミクにとってこの慌てようはとても重大なことなのだろう。


「ね、ねぇ、カレシ君! フォローちょうだい!! これはヤバイから!」

「えっ、え……!?」


ミクは彼氏である陸にフォローを出すように陸の両肩に手を当て、身体を上下左右に揺らしながら聞いてくる。

 だがこれは雫の嫉妬を増幅させるものであり……猫への嫉妬が治まっていない雫には絶対にしてはいけないこと。


「なっ!? 馴れ馴れしくし過ぎよっ、ミク。わ、私の彼なんだからっ!」

「……ッ!?」

 雫は両手で陸の手を掴み、グイッとその手を引き寄せる。言葉だけではなく、態度で『私の彼』とアピールするように。


「ミクのバカ……。そ、それはダメよ……」

「あはは……。ごめん、ほんとごめん! ちょっとやり過ぎちゃったね!?」

 雫の様子を見て、入ってはいけない部分に入ってしまったことを瞬時に悟ったのだろう、ミクは両手を合わせながら謝りに徹している。


「……大丈夫ですよ、ミク先輩。ちょっと前にいろいろありまして、それが原因でもありますから」

「そ、そうなんだ……?」

「自分が説得しておきますので、これからも雫をお願いします……と、ちょっと彼氏ヅラをして言わせてください」

 雫を尻目に見て『彼氏』を強調した物言いをする陸に、ミクは雫が嫉妬していることを理解する。


「う、うんっ! それじゃあうちは友達のところに戻るね! ほ、ほんとごめんねーっ!!」

 嫉妬を治せるのは彼氏しかいない。『ごめんね、あとはお願い……!』と陸に目で合図するミクはもう一度謝って去っていった。


「雫、学園でちゃんと謝るんだぞ……?」

「わ、分かってるわよ……。私がミクに心配をかけたせいでもあるもの……」

 と、ミクの気持ちを察している雫だが……その表情にはモヤモヤとしてものが浮かんでいた。


「まぁ、とりあえずドーナツでも食べて気を紛らわそうか?」

「う、うん……」

 そうして、陸がドーナツを手に掴んだ瞬間ーーとんでもない発言が空に舞った。


「……食べ、させて」

「い、今……なんて言った?」

「た、……食べ、させてよ……」

「……い、いや、無理だって」


「遠慮しなくていいって、言ったのはりく君だもの……」

「い、言ったけど時と場合があるだろ!?」

「遠慮しなくていいって……りく君は言ったもの……」

雫は陸が言った言葉を繰り返し言い、どうにか逃げ道を塞ぐ。


「ぐ……。そ、それなら一つだけだから……な。一つだけ……」

「う、うん……」


 口で勝てるはずもない陸は雫に押され……一つだけ食べさせる結果になる。

 この後……指をペロリとされるとも知らずに……。



 ========



 後書き失礼します。


 更新遅れまして申し訳ございませんっ!

 年末の今、とても忙しい関係で応援コメントの返信はもう少々お待ちください><

 目は通していますが、とても嬉しいものばかりです(感謝)


 そして、フォロワーさんが2300人。お星様が600。本当にありがとうございます。

 完結まであと2〜3話になります。


 長くなりましたが、完結まで頑張らせていただきますので、最後まで宜しくしていただければ幸いですっ!


 後書き失礼しました。

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