第38話 告白を貴女に

「ふふっ、この公園でりく君とお話しをするのは久しぶりね」

「……まぁな」


 雫と陸は近所の公園に足を運び、設置されてあるベンチに腰を下ろした。

 ここは何年も前からある場所。ブランコに滑り台に鉄棒。そのくらいの遊具しかない狭い公園である。


 今の時間帯は夕方……夜に近い時間。ここには陸と雫以外に誰もいなかった。


「覚えてるわよ……。だってここは私が貴方に助けられた場所だもの。……思い出の場所を忘れはしないわ」

「出来ればその話はやめて欲しいんだけど……。恥ずかしいし」

「恥ずかしがることはないじゃない。……数人相手に一人で立ち向かうあの姿は誰がどう見ても格好良いと思うわ」


 小学生の頃、子どもらしくない丁寧な口調で喋る雫はイジメの標的だった。……イジメは時間が経てば経つほどにエスカレートするもの。雫のイジメは学校内だけじゃなく、登下校中にもあった……。


 この公園でイジメ現場を偶然目に入れた陸は、複数人相手にケンカで解決したのだ。

 暴力での解決が良くないことだと分かっていても、陸にとっては罪悪感の一つもない。イジメを止める手段はコレしか思い浮かばなかったのだから。


「な、なんか……いろいろと包み隠すことが無くなったよな。雫って。『カッコイイ』とか言うキャラじゃないだろ?」

「……だってりく君が好きだって気持ち、バレてるのよ? 今更隠しても何も意味もないじゃない」

「そ、そりゃそうかもだが……」


 雫は自分の想いを全て口に出している。その言葉通り、好意を隠す必要がないのだ。むしろ、想いを伝えているからこそ……この手のアピールをどんどんとしていく必要があった。


「……りく君はまだ知らないわよね……? 私が生徒会長になった理由を」

「そういや聞いた事がないな。……まぁ、学園を良くしたいからだろ?」

「半分正解ね」

「じゃあ、残りの半分は?」」

「……りく君に私の成長を見て欲しかったのよ」

「な、なんだそれ……」


 陸の思考が追いつかない理由も分からないことはない。まだ詳しい話を何一つ聞いていないのだから。


「生徒会長になれば生徒の前に立つことが出来る。そこでりく君に私を見てもらいたかったのよ。貴方に救われたおかげで、私はこうなることが出来た……。そのことをね」

「そ、そんな理由で……?」

「りく君はピンとこないかもしれない。……でも」

 

 雫は意図的に言葉を切り……陸の手に自分の手を重ねて、視線を合わせてくる。


「……私はずっと、、、りく君を想ってきたの。そんな貴方にいつまでも成長していない姿なんて見せられるはずがない。……私は陸くんの年上、先輩でもあるんだから」

「え……。ちょ、ちょっと待て……! 『ずっと』って……は!?」


 手を重ねられただけじゃなく、思いがけない発言を聞いた陸は思わず声を荒げてしまう。

 そんな陸を流し見る雫に笑みはなく、真剣な表情を浮かべながら更なる告白をする。


「私……りく君が助けてくれたあの時から好きだった。……貴方を想い続けてもう何年にもなるの。……私の初恋。だからこそ誰にも取られたくない。わがままなの、私は」


 くすくすと微笑を作る雫はどこかすっきりした表情を浮かべて、陸に重ねた手を退けた。

 雫からすればこれ以上の告白はない。包み隠していることを全て話したのだろう。


 そんな雫を見て、陸はあの時のお礼を言わなければ……。そんな思いに駆られた。雫がこんな大胆な想いの伝え方をしたからこそ、そんなスイッチが入ったのだ。


「あのさ……。俺、雫にお礼を言ってないことがあるんだ」

「それはなにかしら」

 額を掻きながら改まった態度を見せる陸に、優しく微笑む雫。


「俺……、親が天国に行って塞ぎ込んでた時期があっただろ」

「……そうね」

 陸の心情を悟ってか、雫は頷きながら同意しただけでそれ以上は何も言うことはなかった。


「あの時、雫が関わってくれなきゃ今の俺はいなかったなって……。勉強にも付いていけないで、不登校になってたのは間違いないと思う」

「……」

「塞ぎ切ってた俺に雫は毎日顔を出してくれて、側にいてくれて。勉強を教えてくれて、励ましてくれて。……ありがとう」


「あ、あれくらいしか私に出来ることはなかったもの……」

「でも、それがあったおかげで今の俺がいる。……だから本当にありがとう」


 両手を膝に置いた陸は深く頭を下げた……。この瞬間ーー数年越しにあの時のお礼を伝えることが出来たのだ。

 雫がしたことは簡単なようで困難なこと。


 塞ぎ切った相手を励ますという行為は、相手の気持ちを正確に汲み取らなければ、心の傷を深めるだけなのだから。

 あの時……雫が陸の立場だったら心の傷を癒すことは出来なかっただろう。もしかしたら、雫以外に出来ない芸当だったのかもしれない。


「な、なによいきなり……。調子が狂うじゃない……」

「おいおい、そっぽ向くなくてもいいだろ」

 ふんっ。と不機嫌そうに顔を背ける雫だが、それは照れ隠し。雪のように白い頰は薄ピンクに染まっている。


「……そ、それより私はまだ聞いてないわよ。りく君の悩み……。そのためにここに来たんでしょう」

 未だ顔を合わせることなく、話題を分かりやすく逸らしてくる。


「……今、言っていいのか?」

「りく君の悩みを聞くために私はここにいるの。早く教えなさいよ」

「わ、分かった……」


 その途端ーー陸の声音に緊張が含まれる……。声を震えさせる陸だが、アレを言えるだけの勇気はあった……。

 元より、ここに来た時点で覚悟を決めていたのだから……。


「じゃあ言うけど…………さ」

 陸はベンチからゆっくりと立ち上がり、雫の正面に立った。

 ……このポジションに立てば顔を背けられても横顔は見える。逃げ道を防ぐことが出来る。


 そんな瞬間だった。陸の言葉を待つように無の空間が生まれたのだ……。

 そよ風が止み、虫の鳴き声も止み、車通りもない。完全なる静寂が二人を包みこみ、陸は生唾を飲み込んだ……。


「……雫」

「な、なに……?」

 その名前を呼んだ瞬間、互いの視線が絡み合う……。

 ーー言うならば今だ……。


「俺、気付いたよ。気持ち……」


 心臓が飛び出そうになるほどの緊張が襲う……。

 息が苦しくなる……。

 身体が硬直する……。

 思考がなにも追い付かない……。


 ただ、次に言う言葉だけは脳に残っていた……。

 震える口を開けーー初めてその想いを伝えたのだ。








「雫のこと…………大好きなんだって」

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