第37話 その時へ……②

 その放課後……陸は正門で雫の到着を待っていた。


『雫、今日大事な話があるんだ。もし良ければ一緒に帰らないか?』


 それに対しての返信はこうだった。


『生徒会の用事が入っているけど大丈夫かしら? 今日はそこまで遅くならないと思うけれど……』

『大丈夫。それまで正門で待ってる』


 その返事を返す陸に対し、パンダの可愛らしいスタンプで『ありがとう』と伝えてきた雫。


「はぁ……。緊張……、やばいな……」

 その言葉通り、膝が震えるような緊張が陸の身を包む……。あの、、覚悟が決まっているからこそ、こんな気詰まりを感じてしまう。


 陸にとってこれは初めての事……。今までで一番の緊張をしているのは間違いなかった。


「あっ、陸先輩っ!」

「奇遇ですね、陸さん」

「……ッ!?」


 そんな状態時ーーいきなり声を掛けられ、ハッと後ろを振り返る陸。

 視線を向ければ、そこには元気良く手を振っているミミと、微笑を浮かべる凛花がこちらに近付いてきているところだった。


「ど、どうしたんですか? 陸先輩。そんなに驚いて……」

「あっ、いや……。少しボーッとしてたんだ……」

「あの、もしかしてなにかありました?」

「そ、そんなことはないぞ……。はは……」


 様子がおかしいことを瞬時に察するミミと凛花に、なんとか誤魔化しを図る陸。

 こればかりは絶対に教えたくはない。

 陸がしようとしていることを伝えたら必ず笑われる。ーー恥ずかしいのだ。


「そ、それより……ミミにお礼を言わなくちゃいけないな」

「みみにです?」


 なんのことか分かっていないのだろう。こてん、と首を傾げるミミ。これで上手く話を逸らすことが出来た。


「俺が不良だって噂を消してくれてるって聞いたからな」

「そ、そのことですか……。え、えへへ……。それは気にしないでくださいっ!」

「この前は中等部の何人かが話しかけてくれたよ。ミミのおかげで誤解を解いてくれたんだなって」

「いえいえ! 陸先輩に少しでもお礼がしたかったのでっ!」

「本当ありがとうな」

 

 嬉しそうに面様を崩すミミに、陸も笑みを浮かべて返したところで凛花も口を開く。


「あとは高等部での噂を消せば解決ですけど……これは時間の問題ですね。陸さん」

「時間の問題って、どういう意味だ?」

「うふふっ。それは後に分かると思いますよ」

「凛花らしい答えだな……。それなら楽しみに待つとするよ」


 凛花の真意は分からないが、嘘を言うようなタイプではない。確信的ななにかが既に見えているのだろう。

 ……当然、陸にはなにも分からない。


「みみもまだまだ頑張りますねっ!」

「ほどほどで大丈夫だからな。もう今の状況に満足してる部分もあるし、ミミになにかの影響が出たら大変だし」


「…………や、やっぱり、お兄ちゃん……だ」

「え?」

「気にしないでください、陸さん。……それでは、わたし達は用事があるので失礼しますね」

「し、失礼しますっ!」

「あ、ああ……」


 ミミの爆弾発言を上手くカバーする凛花は一礼した後にミミの手を引き、そのまま帰路をたどっていく。


「それじゃ、気を付けて帰れよー」

 

 そんな二人の後ろ姿に別れ言葉をかける陸。ーーその矢先だった。


 凛花が陸に振り返りながらいたずらっ子の笑みを浮かべ……唇を動かした。

 だが、その口から声が出ることはない。あくまで口パクで……ゆっくりと、正確に伝えるように動く。


『が ん ば っ て く だ さ い ね』

「……ッ!?」

 その唇形しんけいで全ての意味を理解する……。凛花は陸の考えを全て見破っていたからこそ、この言葉を出したのだ。


 これからすることを……。それに対しての『頑張れ』なのだと……。



 =========



 時は日没。西空に茜色をした細長い雲が浮かび、カラスが群れをなして飛び立っていく。

 柔らかな赤みを帯びた日差しは陸を照らし、陸もまた空に視線を向けていた。その視線には“覚悟”と“決心”が込められている。


「それでは会長。お疲れ様でした」

「ええ、そちらもお疲れ様。また明日お願いしますね」

「はい!」


 そんなところに二人の女子生徒の声が聞こえてきた。その内の一人は聞き覚えのある透き通った声音……。


(来たか……)

 その声源に振り向けば、ちょうど二人が別れたところで……陸が待っていた人物は小走りで正門に向かってくる。


「お疲れ様、雫」

 雫がこちらに来たと同時に労いの言葉をかける陸は、雫の荷物を受け取るように手を差し出した。


「あ、ありがとう……」

 その善意に甘えるように荷物を渡す雫は、目を伏せながらお礼を伝えてくる。


「それと、ごめんなさい。遅くなってしまって……」

「いやいや、大丈夫だって。それより俺の方こそごめん。いきなりあんなメールを飛ばして」


「いいえ、りく君と一緒に帰れるのは嬉しいもの……。謝らないでほしいわ」

「……お世辞でもそう言ってもらえるなら助かるよ」

「ふふっ、お世辞じゃないわよ……」


 白い歯を見せて小さく笑う口元には八重歯が見える。これは既にオフモードに切り替わっている証拠で、特別な相手にしか見せない笑み……。雫がこだわっている点だ。


「それで一体どうしたの? 大事な話があるのでしょう?」

「……ま、まぁそうだな……」

「もしかして、私のことで何かトラブルがあったかしら……?」


 今朝、雫は教室前の廊下で大声を出してしまった。それは陸の悪口を言われたから……。

 その件がキッカケで、何かしらの影響が陸に出ない保証はない。雫の顔に『心配』の文字が浮かぶ。


「そんなんじゃないよ。もっと別の話だ」

「別の……話」

「ただ、これは帰りながら……出来れば、どこかに立ち寄って話したいことなんだ」

「……つまり、ゆっくりと話が出来る場所がほしいってわけね。それなら早く行きましょ」


 その言葉を聞いた瞬間、雫は先を急ぐようにして陸より早く足を進める。


「ちょっ、動くの早いって」

「悩みは時間をかけて解決するものよ。今りく君はとの相談に時間をかける方が大事なの」


 雫は陸に悩みがあると思っているようで……急に真剣な表情になる。

 心配。そんな感情があるからこそ、いつものような勘の鋭さは鈍るもの。

 陸が今から行く先で、『告白』しようとしていることは想像すらついていないのだろう。


「……雫らしいな、本当」

「な、なによそれ……。心配して悪いの?」

「ははっ、そんなことはないって」

「笑いごとじゃないわよ……全く」


 心配しているにも関わらず何故か陸に笑われてしまう。そのことに不満を示す雫は口を小さく尖らせ、じっとりとした目で陸を見つめてくる。


『早く行くわよ』

「わ、分かったって……」

 表情だけで確実にそう伝えてくる雫に、頷きながら答える陸は早足で進むのであった……。


 だが……早く行けば行くだけ、『告白』の時間は早まるということ。


 それは雫にとって良いことではない……。

 何故なら心の準備をする時間を、自らの手で断つことになるのだから……。


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