第8話 アドバイスと妄想

 週末が過ぎ……月曜日の朝を迎える。


「あー! 雫ちゃんおはよーっ!!」

「おはよう、ミク。相変わらず元気ね」

 教室に姿を現す雫を見て、隣席のミクはすぐさま挨拶を交わしてくる。朝からこのテンションなのは、ミクらしいことであった。


「元気が取り柄のうちなんで! ……それはそうと雫ちゃん。今日はいつもより登校が遅いね?」

「勉強の復習をしていたのよ。疑問が生まれるところが多くあって」

 雫が言う『勉強』は一般教養ではない。図書室で借りたあの本のことについての勉強のことだった。


「えぇ……!? 学年成績一位の雫ちゃんが!? そ、それってどんな問題なの……?」

「言い方が悪かったわね、ごめんなさい。……想い人をどう落とすのかの勉強よ」

「好きな人をどう落とすか……って、え? それって簡単なことじゃない?」

「か、簡単……?」

 桜色の瞳を皿のように丸くし、まばたきを繰り返す雫。


「なんで雫ちゃんが驚いてるの?」

「ど、どうして簡単なのか教えてもらって良いかしら……?」


 さぞ当たり前のように口にするミクに対して、『どうすれば想い人を落とせるのか』に対してかなりの時間を所用した雫は、その理由を問わないはずがない。


「だって、雫ちゃんは美人で発育、、も早いし、学力もあって優しいし、発育、、も凄いしでしょ?」

「……は、話を続けてちょうだい」

 ミクの口から二度も出た言葉に突っ込みを入れなかったのは、話を早く進めたかったからである。


「そんなわけで、けしからんステータスを持った雫ちゃんは告白をして成功! 終わりって感じ!」

「全く参考にならないわよ……。それで落とせないから必死に考えているの」

「ちょ、ちょっと待って!? 告白したら振られるってこと……? あの雫ちゃんが!?」

「……良いお返事が貰えたとして、『考える時間が欲しい』かしら。成功はしないと思うわね」


 雫には、陸が『好き』という感情を抱かれていないことを、薄々感じていた。だからこそ、距離を縮めて話す機会を増やそうとしているのだ。

 ……それが今出来る最大限のこと。


「雫ちゃんを振る可能性があるなんて……。その人、本当に男の子?」

「もちろんよ」

「男性器付いてるのかな、その人……。付いてても機能してないんじゃない? 男性器」


 冗談口調でもなく、本気の顔を向けてくるミク。

 雫はこの学園の生徒会長でもあり、在学生の中で知らぬ者はいないほど人気者なのだ。

 そんな相手が告白を断られるなんて想像は出来るはずがない。それがミクの結論であり……皆の総意でもあった。


「は、働いているだなんて……そ、そんなこと分からないわ。確認したことがないもの」

「あはは、付き合ってないのに男性器を見られるはずがないね!」

「そうよ……」


 半ば吐き捨てるようにして顔を背ける雫だが、それは完全な照れ隠し。こんな話題のせいで想い人のアレを想像してしまったのだ。もちろん、それはイメージ。実際に見たことがあるわけではない。


 ……雫も年頃の女。その手の話題には多少なりの興味はあったのだ。


「それで話は戻るんだけどー、雫ちゃんは好きな人を落とす方法を見つけられたの?」

「……い、いくつかの方法は見つかっているのだけれど、実際にそれをして良いのか分からなくて……」

「えっと、その方法は?」


『実際にそれをして良いのか分からない』そう言われれば、どんなことを考えているのか気になるもの。


「い、いきなり手を繋いだり……」

「うんうん」

「さりげなく身体を当てたり……」

「ほう」

「プレゼントを渡してみたり……」

「……し、雫ちゃん? それって、気になる人にアタックをかける常套じょうとう手段だよ」


 ミクは知らないのだ。雫に恋愛経験が無いことを……。だからこそ、王道的攻めに詰まっているのだと。


「えっ、常套手段……? 身体を当てたりって、セクシャルハラスメントに当たるわよね? 付き合ってるわけじゃないのだから」

「男の子から女の子にだったらアレだけど、逆なら全然大丈夫だよ? 身体を当てられて嬉しくない男の子はいないって結果もあるくらいだし」


「……つ、つまり、そのような行動をしても問題がないってことなの?」

「うん! さり気なく身体を当てたりとかは女の子にしか出来ない攻撃アタックだから、やらなきゃ損だよ!」

「やらなきゃ……損。確かにそうかもしれないわ」


「 ……って、雫ちゃんは恋愛経験が豊富なのにそんなことで迷ってたの?」

「そ、それは……」

 恋愛に関して多少なりの経験があるなら、こんなことで迷うわけもない。少なくとも『セクシャルハラスメント』だなんて考えには至らないだろう。


 ミクはそんな疑念をぶつけてくるのは当たり前のこと。

 この追求に逃れることが出来ないことを察した雫は、素直に白状しようとする……が、ここで思わぬ展開を迎える。


「あー、なるほど。雫ちゃんは相手からのアタックしか受けたことがないからだね! 大丈夫大丈夫。お付き合いしていた時のことを思い出したりすれば、付き合ってなくても自然とアタック掛けられると思うよっ?」

「ぅ……あ、ありがとう……ミク。そ、そうしてみるわ」


(お付き合いしていた時を思い出すって……お付き合いをしたことがないから分からないのよ……)

 そんな心の声がミクに届くはずもなく、アドバイスをくれた事に対して礼を言う他なかった。


「あ! もう一つのアドバイスになるけど、好きな人とすれ違う時にわざとコケるのもアリだよ!」

「ど、どうして……?」


「コケた拍子に違和感を与えることなく好きな人に抱き着くことが出来て、相手に自分のことを意識させることも出来る……って本で書いてた!」

「じ、情報をありがとう。……それはレベルの高いことだから、距離が縮まったら実行してみるわね」


「もし出来たら、どんな感じだったか教えてねっ! と、特に胸板がどんなだったか教えてほしい……じゅる」

 人差し指を唇に当て、よだれを戻すような音を出すミク。その顔が蕩けている理由はただ一つ。


「……そ、そう言えば胸板フェチだったわね、ミク」

「うん! だから実行したらお願いしますっ!!」

「わ、分かったわ。……その代わりと言ってはなんだけど、他にも何かあれば情報を教えてくれないかしら?」

「了解!


 そうして、対価交換を済ませた雫とミクは、時間まで会話を続けた後に朝課外の準備に入る。


(……も、もし、わざとコケる事が出来たなら……りく君に抱き着いて……りく君の胸板に顔を埋められて……〜〜っっ! な、何を考えてるの私は……っ!)


 好きな人に抱き着きたい……。そう思うのは誰だって一緒。そのことを想像しただけで胸が踊り……顔に熱が伝う。

 ……腰まで伸びている銀髪を両頰まで持ってきた雫は、真っ赤になった顔をどうにか隠蔽するのであった……。

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