第7話 絶望のオーラを放つ少女

「えっと……。卵に牛乳……砂糖と」

 買い出しを頼まれた陸は、学校から帰宅した後にスーパーマーケットに寄っていた。

 自分を快く受け入れてくれた親戚には、今も頭が上がらない。手伝いをするのは当然のことだった。


「あと買ってないものは……パンか」

 購入するものが書かれた紙を見ながら一つずつ購入した品を消していく。

 最後に残ったのは惣菜パンだった。


 迷いなく早足でパンが並べられてあるコーナーに移動したところで……陸は身体を固まらせる。

「な、なんだあれ……」

 そこに居たのは、絶望のオーラを放つ一人の女子生徒。


 その制服は陸が通っている学園のもので、胸ポケットには中等部を示すそら色のバッチが付けられている。


 クリーム色をしたツインテールの髪。菜の花色の丸い瞳。小柄な身長から放たれるそのオーラには目を見張るものがあった。

 その少女が見つめる先には、『ホイップくりぃむメロンパン』のラベルが貼られているところ。


 そのラベルの先にある、ホイップくりぃむメロンパンの売り場には穴が空いている。……つまり、売り切れているのだ。


 これだけの判断材料があれば、何故あんなにも負のオーラを放っているのかは一目瞭然。

 あの商品はCMで紹介されたパン。今人気が爆発しているパンなのだ。売り切れてるのは仕方がないことだった。


「た、楽しみにしてたのに……」

 その少女を出来るだけ視界に入れないように、パンを選ぶ陸だが……哀しみ暮れた声音が聞こえてくる。


「勉強も頑張って、ご褒美に買いに来たのに……」

 制服を着ているのだから、学園が終わった後にそのままスーパーマーケットに寄ったのだろう……。


「あ、あの……」

「ふぇ……」

その少女をこれ以上見ていられなかった陸は、柔らかい口調を意識して話し掛けた。


「店員さんに在庫があるか確認した?」

「あ、え、えっと……」

 初対面の相手と話す際、必ず警戒は生まれるもの。

 その警戒心を少しでも解くように立ち回らなければ、言葉のキャッチボールは出来ないだろう。


「店員さんに在庫があるかを聞いたかだけ教えてくれないかな? そのメロンパン、人気の商品だから納品を多めにしてるかもよ」

「き、聞いてないです……」

「分かった。俺もそのパン欲しかった、、、、、から、店員さんに聞いてみるね」

「あっ……」


 相手に気を使わせないよう軽い嘘を付く陸は、手に持った買い物カゴをその場に置き、少女の声を無視して店員さんを探しに行く。


(ふぅ。不良の噂は知らないようだな……。もしくは私服姿で気付いていないのか……。どっちにしても好都合か)

不良の噂を知らなければ、気付いていなければ、こちらも話を進めやすい。

歩みを進めながら息を吐き出す陸は、少しして店員を見つける。


「お忙しいところすみません。一つ聞きたいことがあるんですが……」

「は、はい?」

「ホイップくりぃむメロンパンの在庫ってまだありますかね……? 売り場には無くって……」


「あったような気が……す、すみません。確認してきます」

「ありがとうございます。お手数おかけします」

 在庫確認のために裏に走っていく店員に頭を下げる陸は、再びパン売り場に戻る。

 そこには、少しだけ期待を寄せた瞳を向けてくる少女がいた。


「在庫のことだけど、あるかもしれないんだって。今確認してるらしい」

「わ、わざわざありがとうございます……。本当はミミがしないとだったのに……」

「いや、俺もこのパン買いたかったから気にしないでいいよ。在庫あれば良いけど……」


 そうして、数分待ったところで在庫の聞いた店員さんがこちらに向かって走ってくる。

 その手には買い物カゴをぶら下げており、その中にはあのパンが入っていた。


「在庫ありました! 売り切れになってることを確認出来ておらず、本当に申し訳ございません……」

「いえいえ、ありがとうございます」


 ホイップくりぃむメロンパンの在庫を売り場に並べる店員を、宝石のように輝いた瞳で見つめている少女ーーミミを見て、思わず笑みを溢す陸。

 余程、このパンを食べたかったのだろう……。


「本当にすみませんでした……。それでは、失礼します」

 店員さんは並び終えた後に謝罪をして去って行った。


「在庫あって良かったな、お互いに。……それじゃ俺はこれで」

「ま、待ってくださいっ!」

 売り場に出たホイップくりぃむメロンパンと、元々買う予定でいた惣菜パンをカゴに入れ、早々とレジに向かう陸をミミは引き止めた。


「ん?」

「そ、そのパン……。お礼に奢らせてください……!」

「いやいや。俺も欲しかったわけだし、お礼なんて気にしないでいいよ。せっかく在庫があったんだから、奢る代金でもう一つ買った方が良いんじゃない?」

「そ、それはぁ……」


 ホイップくりぃむメロンパンがなかったことで、あれほど絶望のオーラを繰り広げていたミミを見ている陸。

 いっぱい食べて欲しいという思い。そして……年下に奢ってもらうのはプライド的問題があったのだ。


「少なくとも、俺は奢ってもらうよりそっちの方が嬉しいよ」

「う……。わ、分かりました……」

「はははっ。それじゃ、また」

「ほ、本当にありがとうございました……っ!」

「気にしないで」


 そうして……ミミに手を振りながら、陸は買い物カゴを持ってレジに向かうのであった。



 ========



 その夜、この少女ーーミミは一人の友達に電話を掛けていた。


「ねえねえ、凛花りんかちゃん聞いて聞いて!」

「これまたいきなりだね……みみちゃん。どうしたの?」

「今日ね! すごい素敵なお兄さんに助けてもらったの! ホイップくりぃむメロンパンが売り切れてて、それで……!!」


 興奮を抑えきれるはずもなく、今日起こった出来事を次々に凛花に話していく。ミミはどうしても今の気持ちを共有したかったのだ。


「それ、みみちゃんが可愛いから、ナンパしようとしただけじゃないの……?」

「そ、そんなことはないよっ! その人、用が済んだらすぐにレジに向かって行ったし……。ミミがその人を引き止めたくらいだもん……」

「その人の名前は……?」


「学園で顔を見たことがあるような気がしたんだけど、分からない……。せ、制服着てたなら分かったかもしれないんだけど、私服だったから……」

「ってことは、わたし達が通ってる学園の人かな?」

「ミミの見間違えじゃなければ、そうだと思う」


 ……そう、この2人は関わりがないだけで初対面ではないのだ。同じ学園に通う生徒同士、すれ違ったことぐらいはある。


「名前は聞いてないの……?」

「う、うん……。聞き忘れてた……」

「あらら、それは大変だ……」

 今ある手がかりをあげるとすれば、その人は学園に居る可能性があるということ。名前を聞いていなかったことは大きな痛手だ。


「こ、今回はお礼が出来なかったけど……。つ、次こそはちゃんとお礼をするんだから! そうじゃないとミミの気が済まないっ!!」

「わたしに宣言されても困るなぁ……」


「つ、次その人を見つけたら、凛花りんかちゃんも協力してくれる!?」

「それは協力するけど……わたしがその場に居合わせた場合。だからね?」

「あ、ありがとうっ! 今度、このホイップくりぃむメロンパンあげるからね!」

「わたし甘いの苦手だから、みみちゃんが食べて良いよ」


 ーーそうして、しばらく話した後に電話を切ったミミの友達である凛花は、ソファーに座って静かに本を読んでいる者に向かって声をかける。


「そ、それより……しずく、、、姉さんは、なんでそんな本を熱心に読んでいるんです……?」

 凛花の瞳には、『気になるあの人に正面からアタックをかけよう! 恋愛初心者編!!』の表紙が映っていた。


「私の想い人とお付き合いするために決まってるじゃない。それ以外に意味はないわ」

「目が本気だね……」

 瞳を合わせてくる雫に対して、凛花は一瞬にして悟る。


「ふふっ、恋に本気になれないなら、何に対しても本気になれないと思わないかしら?」

「……とっても格好良いことを言ってると思うんだけど、その猫のパジャマ着て言ってたら台無しだよ?」


「こ、こほんっ。勉強の邪魔をしないでちょうだい」

「しずく姉さん、それは理不尽……」

 頰を掻きながら苦笑いを浮かべる凛花は、ゆっくりと雫に近付いていく。その視線は雫が読む本に向けられていた。


「わたしもその本、読んでいい?」

「あら、リンも好きな人がいるのかしら」

「ううん、面白そうだから」

「私を冷やかさないなら良いわよ」

「うん、分かった」


 許可を取った凛花は、雫の隣に腰を下ろして一緒にその本を読み進めるのであった。

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