第3話 会長のクラスでは……

「あっれれー。雫ちゃんなにか良いことでもあった?」

 昼休みが終わり、5限目前の休み時間のこと。隣に席っている友達のミクが不意に話してきた。


「どうしてそう思うのかしら、ミク」

「なんか自分の両手を見て、にへへぇーってしてたからさー?」

「ほ、本当にそんな表情をしていたかしら……」

 半ば焦りを隠しながら、横目でミクに視線を合わせる雫。正直なところ、雫には自分の顔がニヤけていたことを自覚していた。


 好きな人の手を両手で触り……包み込み、その出来事を思い浮かべれば浮かべるだけ、ニヤニヤが止まるはずなどない。むしろ悪化していくと言った方が正しいだろう。


「にへへぇーってのは言い過ぎたけど、なんか少し顔がトロけてた」

「ミクの気のせいよ。……ほら、実際私が見ていた手にはなにもないでしょう?」

 想い人の手を握ったとは知る由もないミクを誤魔化すように、両手を見せる雫。


「うわぁ……。話変わるけど、雫ちゃんって綺麗な手をしてるよねー。雪みたいに白くて、肌もきめ細かい……。少し触っていい?」

「今日はダメよ。ごめんなさい」

「今日は?」

「ええ、今日だけ、、は」


 他の人に触られれば、それは上書きされたということになる。

 好きな人の手は、友達よりも優位に立つもの。あの時の感触を思い出すように、雫は自分の両手を絡め合わせた。


「じゃあ、綺麗な手になる秘訣を教えて欲しい!」

「ミクも十分綺麗なのに、よく言うわね。ハンドクリームを塗ってるくらいよ」

「ハンドクリームは高級品……?」

「少しは値が張ると思うわ」

「さ、流石はお嬢様……」

「お嬢様って言わないの」

 

 そう、九条家と言えばこの地方で知らない者はいないほどの有名であるのだ。

 それにも増して、雫の容姿はすれ違う人々を振り向かせるほど整っている。この二つが組み合わされば、そうなるのも当然のことだった。


「一つだけ言うけれど、無駄なことにはお金は使ってないわよ? 将来のためにちゃんと貯金をしているのだから」

「ほうほう。それじゃあ聞いていい? 雫ちゃんの未来のこと」

「別に良いけれど……面白いことじゃないわよ?」

「それでも大丈夫!」


 キラキラとした瞳を見せて、興味津々と言わんばかりに顔を乗り出してくるミク。そんなミクから視線を少し逸らす雫は、人差し指で銀髪を巻きながら照れを隠すように伝えた。


「お、想い人と結婚して……幸せな家庭を築くこと」

「おぉおおお!」

「……想い人をヒモにさせても良いかもしれないわね」

「え!? ヒ、ヒモ? な、なんで……さ?」


 ノリノリだったミクだが、思わぬ発言を聞き……言葉を詰まらせた。


「私無しで生活が出来ない環境に置けば、逃げることはなくなるでしょう」

「す、すっごい斬新な考えだね……」

「それに、お仕事をしない分、私に構ってもらえるのだから素晴らしいことだとは思わない?」


「た、確かにそうかもだけど、雫ちゃんは旦那さんを尻に敷くつもりなんだ……」

「いけないことかしら?」


 愛が重い……なんて言われても無理のない話だと雫自身は思っていた。しかし、そのくらいの気持ちがなれけば結ばれないだろうとも思っていた。

 雫が想う相手は、皆に『不良』だと勘違いされ、恐怖を抱かれている相手。このくらいが丁度良い……。


「いけないことじゃないけど……な、なんでだろう。雫ちゃんが旦那さんを四つん這いにして、ムチで叩いてるイメージしか湧かない……。そんな尻に敷くイメージ……」

「失礼ね。私ってこう見えてもM体質よ? ……お付き合いに発展すれば完全に私は負けるだろうし……」


 皆に秘密にしていること。それは一人を想い続けて、、、、、、、、未だ誰とも付き合ったことがないという事実。

 慣れがないのだから、優位に立つことも、アタックをかけてからかうことも出来るはずがない。


 この年頃になれば、付き合う人数=慣れ=ステータス。そのステータスは雫にはない。ゼロなのだ。


「またまたぁ。恋愛に困ってない雫ちゃんが負けるわけないじゃん! 絶対付き合ってる段階で手綱を握ってるよ!」

「そ、そうかしら……」

「だって、雫ちゃんは照れない分、、、、、ガンガン行くと思うもん!」

「何言ってるの。私だって人間なんだし、照れもするわよ」


 これも皆に勘違いされていること。恋愛に慣れている、、、、、から照れないと思われていること……。

 でもそれは違う。手を握られただけで赤面してしまうほど雫はウブなのだ……。


「雫ちゃんが照れる? 失礼だけど嘘だぁー!」

「嘘じゃないわ。現にさっきだって……」

「……?」

 言い淀む雫に対して、ミクはコテって首を傾げる。


「な、なんでもないわ。……それより一つだけ、ミクに聞きたいことがあるのだけれど」

「何かな何かな?」

 これ以上の追求をされないように、言葉を上手く繋げた雫はミクにある相談をする。


「ミクに想い人が近くにいると仮定して……ミクならどうやって落とそうとするかしら?」

「これはまたいきなりだね……。なんでーって聞いていい?」

「私に想い人がいるからよ」


 ミクは雫に好きな人がいる事を知っている。もちろんこれは周知の事実。だからこそ、こうして堂々と言えるわけでもある。


「つまり、うちの意見を取り入れるつもりなんだねぇ?」

「ええ」

「……そうだねー。うーん、うちだったら占いを見てその通りに動くかなー。ほら、やっぱり占いみたいな力がないと勇気が出せないっていうか」

「占い……? それは恋占いのことかしら?」


「そうそう。星座とか、生年月日とか、血液型とかのやつ。まぁ、うちだったらその中でも生年月日かなぁ……。なんか一番縁がありそうだし!」


「……そう。彼の生年月日いつかしら……」

 細く整ったあごに右手を当て、独り言を呟きながら逡巡させる雫。


「えっ!?」

「どうしたの? そんなに驚いて」

 その独り言を耳に入れたミクは当然の反応を見せる。


「雫ちゃん……。今、『の生年月日はいつかしら……』って言ったよね?」

「ええ。言ったけれど?」

「雫ちゃんに好きな人が居るってのは知ってたけど、女性が好きなんじゃないの?」

「な、何故そうなってるのかしら……」


「だ、だって男子の告白を全部ぜーんぶ断ってるし……。そうとしか考えられないでしょ!」

「私の好きな人は男性よ」

「誰!?」

光の速さで食い付いてくるミク。それは魚が獲物を仕留めるよりも早いだろう。


「教えるわけないじゃない。私は私なりに攻めていくつもりだから、変にちょっかいを出されるのは困るもの」

 ……そう言うものの、『誰も彼にちょっかいを出すことは出来ない』ことを雫は理解していた。


 何故なら陸は勘違いされている“不良”。誰よりも優しい心を持っているのに恐れられている。

 不良の噂があるおかげで、手を出すことが出来ないのが現状なのだから。


「な、なんか雫ちゃんって、好きな相手の外堀を埋めていって、最終的に逃げ道を無くしていく気がする……」

「ふふっ、それはどうでしょうね」

「ぜ、絶対そうだ……」


 口元に手を当てて楽しそうに微笑む雫は、『これからどうやって攻めて行くべきか……』と、脳裏で試行錯誤を繰り返していた。


 ただ、手を出すことが出来ない現状が変化する、、、、ことを、今はまだ想像もしていなかった……。

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