さるとらへび
しーた
純愛編
第1話
これから綴られる話は、妖怪に翻弄されていく少年少女達の物語である。
物語の舞台になるのは、山深い岐阜県関市
この山には奈良時代より受け継がれてきた
標高1224mの高賀山の山麓にあり、高賀山を囲む高賀六社の一つだ。
江戸時代前期に活躍した円空のゆかりの地でもあり、古くから色々と伝承が残されているのだが、その中の一つに平安時代の天暦年間に妖怪「さるとらへび」が棲み着き村人に危害を加えていたというのがある。
さるとらへびとは俗にいう
神社の前にはその時の銅像があり、顔が猿、胴は虎、尻尾が蛇という妖怪を鎧武者の出で立ちの男が退治している様を表していた。
もちろん近所に住む大人から子供まで、この話を実際にあった出来事だとは思っていない。鵺の伝承は平安時代に多く、当時流行った話のネタなのかもしれない。
朝廷に反発する人々を鵺や鬼に当てはめて、討伐対象としたとする話も聞いたことがある。
でも、こんな古い話が残されている事自体が神秘的でちょっと格好良くて嬉しかったりする。
その程度の認識だった。
この神社付近は、のどかで典型的な日本の田舎だ。
澄んだ空気、透き通った川水、神秘の森。そして年々深刻になる人口減少、廃れていく産業。
信号は地区に一つしかなく、コンビニもあったかどうか…。ここはつまり、知る人ぞ知る、避暑地のような場所になりつつあった。
洞戸地区を南北に流れる川は
山に囲まれたこの村の空は狭いが、凛とした空気が漂い、都会のように埃っぽくないと感じるだろう。
高賀山から板取川へ下り、新高賀橋を渡ったところに、今は廃校となった旧洞戸北小学校がある。
この旧小学校があった部落に一人しかいない少年がスケッチブックを片手に家を飛び出そうとしていた。
「川にいってくる!」
少年は玄関先に置いてあった野球帽をかぶると、足早に板取川へと向かう。少年の年の頃は中学生ぐらいだろうか。身長は高くもなく低くもなく、太ってもなく痩せてもいない。髪は短めで肌は日焼けで真っ黒だ。
家の前の狭い道路を横断し新高賀橋の近くにある階段を降りて川へ向かう。
大雨が振ると水位が上昇し、いつもは静かに流れるこの川も濁流のように激しくなる。その為、増水による氾濫を防ぐために、道路が走る高さよりもかなり低い位置に川があり、要所に設置された階段などで降りる必要がある。
場所によっては車でも降りていけるようなスロープもあるのだが、だからといって車で川へ行く愚か者はいない。増水は地形が変わるほどの勢いがある。人よりも大きな岩が簡単に動いてしまう。
大雨の度に変化する川へ車で行くということは、運転者の意図しない動きを少しでもすれば大惨事になることは明白だからだ。
階段を降りると石ころが敷き詰められた河川敷にたどり着く。5mほど進むと透き通った川が静かに流れていた。遠近に鳥のさえずりが響き渡り、蝉の鳴き声は五月蝿い。
時は夏。
熱い日差しが降り注ぐ中、少年はスケッチするポイントを探していたが、この辺りは書き尽くしていることに気付き上流へと歩き出した。
少し進んでみると、書きたいポイントを見つけたが、川の反対側へ移動した方が構図的に良さそうだと気付く。だけど、この付近は自分の身長よりも水位が深くスケッチブックが濡れてしまう。
泳ぎは得意…、というか、全校生徒で泳げない子供はいない。幼少時には親兄弟に泳ぎを叩きこまれるからだ。何故ならば、川は身近であり何時でも触れられる存在。それなのに泳げないということは、何かあれば即、死につながる。そんな昔からの教訓が今でも生きている。
ちなみに少年も、保育園年長組の時には足の届かない川へ父により突き落とされ、必死になって泳ぎを覚えさせられている。
少年は不貞腐ること無く引き返し新高賀橋を渡り高賀神社へ向かう道路を歩いていく。左手には板取川、右手は石垣の道路を進む。
春頃だと山側の道路端には雑草に混じって野苺が育っている。甘酸っぱくて子供たちの大好物だ。だけど今は、蛇がいつ襲ってきても不思議ではない時期となっている。
暫く進むと最近出来た神水庵を通り過ぎる。ここは高賀の名水を試飲したり買ったり出来るようになっている。
その先には小さな谷戸橋が高賀山から流れでて出来た高賀川をまたいでいる。高賀川は谷戸橋をくぐると直ぐに板取川に合流している。
谷戸橋を渡って直ぐ左には行き止まりの道路があり、そこから川へ降りられる。そこから川へ降りれば、さっきの場所から反対側の川岸へと行くことが出来る。
道路の行き止まりの右側には古い民家がある。少年は迷うこと無く玄関を開けると、
「
と、大声で言った。
厳格だが気前の良い爺さんだ。
ところが少年の目の前にそーっと顔をのぞかせたのは源爺でも妻の
どこか儚げで触ったら壊れてしまいそうで真っ白の肌と白いワンピースが眩しかった。
少年は直感した。
天使に出会ってしまったかもしれない、と。
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