第49話

 「個展をね、やるのね。」

それはアルバイトでの目標を達成する、直前の提案だった。


ちなみにアルバイトの最後は、応援してくれた沢山の人からカウントダウンしてもらい盛大に祝ってもらった。

撮影禁止の注意事項に理由を書いたら、それが逆にうけたのもある。

協力しようという有志が沢山集まってくれた。


そんなこんなで一区切り着いた矢先に個展の話をもらった。

描き溜めた絵も大量にあるし、どれだけの反応があるのかも知りたかった。

これから画家としてやっていきたい俺には、やはり乗り越えなければいけないものではあると思う。

俺は即答で快諾した。


そして直ぐに準備が始まることとなる。

絵は現在のものから過去のものまで選定し、どういう風に飾るのかとか、そもそも絵のタイトルもつけてないものがほとんどで、なんだかんだとやることは沢山あった。


稼いだお金の中から招待状を知人に送る。

親しい人には電車のチケットごと送った。

そのお金はアルバイト代から出している。

目隠しパフォーマンスで余計に稼ぐ事も出来たというのもある。

おかげで片言だけど英語は話せるようになってしまった。


美波ちゃんは出版社に交渉して記事にしてくれるという。

吉川先生の愛弟子という受け売りで交渉したらしい。

弟子を取らなかった先生の最初にして最後の唯一の弟子みたいな大袈裟なキャッチフレーズに吉川先生の方が困っていたみたい。


それでも快諾してくれたのは、ひとえに俺の為だろう。

頭が下がるばかりだし、俺にとって吉川先生は本当に恩師に当たる。

その期待にも応えたいと思った。


場所は先生の伝手から、都内でもそこそこ広さのある会場を抑えてくれた。

日付はクリスマスの12月25日。

俺は、今回の個展が東京での集大成だと思っているし、是が非でも成功させて画家として歩んでいきたいと思っている。


そしてある決意を表明しようと思っていた。

そういう意味も含めて地元の人も呼んだのだ。

一応、アルバイト先でも宣伝しておいた。

一人でも多くの人が来てくれることを祈って。


そして当日。

開演と同時にやってきたのはトムだった。

「ヘイ!コージー!!」

そう言いながらハグされる。

彼とはすっかり意気投合してしまっていた。

今日は撮影スタッフが一人動向して動画を撮っている。

自分のコミュニティで流すそうだ。

硬い握手を交わし、まだ人がほとんど居ないホールを案内することにした。


「これは中学2年生の時に描いた絵で、タイトルは『初恋』。この少年は俺で、隣の少女は重病を負っていていつ死んじゃってもおかしくない状況だったんだ…。」

などと片言の英語で説明をしてあげた。

彼は1枚めからボロボロと泣きだし、時に崩れ落ちるほど感動してくれた。


「この何枚かの少女の絵は儚さがつきまとっていて、見ているこっちが胸が苦しくなるね。」

などと感想を言ってくれる。

他の人と同じような感想を聞いて、絵は言葉を超えるのかもなぁなんて思ったりもした。


最近の絵の方は値段がついていて販売もしている。

どれも10万円という値段だ。

一応先生の弟子という触れ込みのため、あまり高くも出来ないけど無名の画家が提示する金額というのもある。

本来ならゼロが一つ多いかもしれない。

ちなみに複数購入者が現れた時は競売となっていた。


トムと同じところを描いた絵も展示してある。

美波ちゃんが撮った写真とトムの絵も並べられていて、『親愛なる友人の絵と一緒に』というタイトルだ。

同じ場所の絵なのに、むしろ写真が嘘みたいに見えてくる不思議な空間だった。

トムはその場所にくると照れ隠ししながら頭を抱えていたが、まんざらでもない表情だった。


そこへ美波ちゃんが記者と評論家と一緒にやってきた。

雑誌用の撮影をこなしたり、絵の説明をしたりしながらインタビューに答えた。

評論家というのがこれまた曲者で、超辛口しか言わない人らしい。

どういうことを言うのかは知らないけども、美波ちゃんからは事前にそう説明されていた。


粗探しから酷評をし、それが理由で画家を捨てた人も少なくない。

彼に言わせれば、その程度で引退するなら早い方がそいつの為だろう、と言う理屈らしい。


いかにもって感じの小太りな評論家だった。

自己紹介をしながら握手を交わす。

「吉川画伯の弟子ということで期待しているよ。」

と卑しい笑みを見せた。

美波ちゃんは辛そうな表情を見せている。


「ごめんね。インパクトがないとって編集長が強引に依頼しちゃって…。もしも…、もしも一つでも高評価が出れば、それはかなりの効果があると思う。もうそれにかけるしかない。」

「んー、まぁ、自分の欠点が知れるなら、それはそれでいいと思うけどなぁ。」

「そんなレベルの事は言わないわよ、あのタヌキ。」

言われてみれば意地悪タヌキっぽい雰囲気はある。

でもそこまで悪い人には見えないけどなぁ。


順路でいくと中二の時に描いた初恋から始まる。

既に見ていた人が泣きながらしゃがみこんでしまっていた。

「大袈裟な…。私、絵を見て感動してます、みたいな自己満足的な思考は反吐が出ますな。」

と、さっそく辛口口調で始まった。

ところが…。


「ハアァァッァァァァアァァァァァアアアッァァ………………。」

彼はいきなりガチ泣きして、膝を付いてうずくまってしまう。

記者の人が声をかけるも暫くは動かなかった。

ようやく立ち上がると、ヨロヨロと歩きながら俺の絵を見る度に大声で泣き始める。見終わるころには憔悴すらしていて、長椅子に座りながら感想を聞いてみた。

となりに座る。


彼は握手を求めてくる。それに答える。

「叩くところがない。それが私の評価だ。」

そう短く総評した。

えーっと、何がなんだか…。

美波ちゃんがぎこちなく苦笑いする俺と、まだ涙の乾き切ってない評論家の写真を撮りまくっている。


「こいつはすげぇ…。」

記者も色々と質問するも、評論家は、

「ついに日本にも本物が現れた。それだけのことだ。」

と、どれもこれもコメントが短い。

が、それゆえにインパクトはあったようだ。


「私は評論家として見てはいけない物を見てしまった気分だ。これからの評価は全て君が基準になってしまう。最高位を見てしまったからね。」

それは違うと俺は反論した。


「いやいや、絵には個性があって、その個性に惹かれる人も多くいます。例えば同じ場所から描いた俺とトムの絵。僕はトムの絵が好きですよ。」

そこで評論家が固まる。


「トムって…。まさかトム・トーマスじゃあるまいな?」

「えぇ、そのトムさんです。」

「………。その人は、アメリカで有名な画商で目利きが効くと評判の人だぞ。彼が買い付けた絵は、どれもこれも高値で売られている。まさか彼に絵を売って欲しいと言われたか?」

「はい。あの並べて飾ってある絵、トムの絵と交換ということにしましたけど、最初は売ってくれと言われました。」

評論家はまたもや固まってしまった。


「トムは画家としても高名で、人気上昇中だぞ。そんな人に認められれば世界中からオファーが来る…。」

そこで彼は大きくため息をついた。

「ふぅー。私は歴史的瞬間に立ち会っているのかもしれない。」

そんなこんなでインタビューも終わり、取材は大成功に終わった。


評論家は加藤と名乗った。

俺の個展には必ず駆けつけようと言って、再び握手を交わした。

その時の加藤さんはとても爽やかな、何かが吹っ切れたかのような笑顔を見せていた。

記者の人はさっそく記事にすると言って美波ちゃんから写真のデータを受け取ると会社へ戻っていった。

美波ちゃんはというと、もう少し残って写真を撮ると言ってあちこちで見ている人の表情を撮ったりしていた。


そこへ家族の人達がきた。

久しぶり会う両親は、一張羅をぎこちなく着ながらもどこか誇らしげにしていた。

何だか俺も嬉しい。

類とゆかりちゃんも、腰を痛めっぱなしで車椅子生活となった源爺と、今だ元気な梅婆さんも一緒にやってきた。


「これが芸術だ、って言われれば素直に納得するような作品ばかりだな。」

そんな感想を親友はくれた。

山岡先生も呼んだのだけど、今だ現れていない。

手術の件で来辛いのだろうか…。


そして個展は終盤へと向かっていった。

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