第50話

 お昼を回ると更に人が増えてきた。

似顔絵の時に来てくれた人や、トムのコミュニティ動画で知った人、その他色んな人がやってきた。

SNSでも拡散されているようで、初見さんも多くきてくれたようだ。


お陰様で絵の方も全て競売となっていて値段交渉が続いている。

俺はこの絵の売上でアトリエを作る為の資金を貯めることと、まずは日本中を旅しながら絵を描いていきたい、その為の資金にしたいと考えている。


そして直ぐに海外にも出向いて色んな景色や人を描きたいという野望が芽生えている。

トムもアメリカに来てくれと誘ってくれていたのも、海外進出という思いのきっかけになっていた。


洞戸ほらど以外にはどんな景色が待っているのだろう…。

そう考えると描きたくて描きたくてウズウズしている。


そして吉川先生の知人も現れ始め、恩師はその対応に追われている。

どの人も好評のようで良かった。

俺は自分の絵を、まったくの他人に見られる機会が少なかったのかも知れない。

知人の反応だと、どこかお世辞が入っているんじゃないかと思っていたと思う。

事実そういう人もいただろう。


だけど今はどうか。冷静に自分の作品の評価を見ることが出来る。

老若男女、色んな人が、性別も国籍も超えて、泣いたり笑ったりしながら満足している顔を見ると、あぁ、こういうのを求めていたのかもって思った。


俺は興奮を隠せないでいる。

ただ好きで描いていた絵が、こうして人々に満足してもらっている。

こんな素晴らしいことはないだろう。





辞めなくて良かった…。





今は本当にそう思う。

色んな人達が挫けそうになる俺を支えてくれた。

一番自分を理解していなかったのは、自分だったと痛感する。

もしも辞めていたら、これだけの人達の笑顔を見ることは出来なかった。

この興奮も味わえなかった。


本当に俺は、大馬鹿者だった…。


今は、兎に角感謝したい。


だけど勘違いしないで欲しい。


目を失ってでも彼女を守ろうとしたこと、これは嘘じゃないし、今も後悔はない。


もう一度会いたい、今直ぐ抱きしめてこの興奮を伝えたい…。


だけど彼女の姿は…、この会場にはない…。


俺は今猛烈に寂しさに襲われていた。




 時計の針は15時を指していた。

そこへ、とんでもない情報が舞い込んできた。

「光司君、大変だよ!」

珍しく吉川先生が慌てている。

「テレビ局がね、取材にね、きたいと申し出ているそうなんだね!」

SNSからの拡散から情報を知ったテレビ局が、夜のニュース番組で紹介したいそうだ。

俺は特に何も考えずOKを出した。


それから1時間もしないうちに取材班がやってきた。

簡素に自己紹介したが、相手はある程度調べてきたらしく、だいたいの状況を把握していた。

田舎よりも情報が伝わるのが早いかもなんて思いながら、どこか他人ごとだった。


インタビュアーは綺麗な女性で、名前を福地さんと言う。

俺は正直に、テレビはほとんど見たことがないことを伝える。

だけど嫌な顔一つしないで対応してくれた。

「今日は宜しくお願いします。」

と頭を深々と下げられ、こんな無名な学生に…と思ったがこちらも相応の対応をしなくちゃと、ここにきて緊張を感じた。


「まずは、似顔絵で色んな人の悩みなどについて、アドバイスを送っていたと伺っています。それについて質問させてください。」

そう切りだされた。

「いや、あの、そんなつもりはなくて、ただ笑顔を描きたくて話を聞いただけで…。」

「でも、SNSには悩んでいたけど良いアドバイスをもらったとあります。」

「はぁ…。」

そんなつもりはまったくない。


そもそもSNS自体が、あんまり理解していない自分がいる。

それに、他人の、それも会って5分の人の悩みを解決とか、どんなことしたらそんなこと出来るのか俺の方が聞きたい。


「例えばですね、経営に悩んでいた下町工場の社長は、今一度自分のところの製品を見直すにあたって、今まで独断で仕切ってきていたのをアドバイス通り、今まで会社を支えてくれた仲間と相談したら上手くいったとか、転職を切り出せなかった旦那さんが、思い切って奥さんに話したら相談に乗ってくれて、今では親子3人幸せに暮らしているとかですね、まだまだ話はあるのですが覚えていますか?」

そう言ってマイクをつきつけられた。


そう言えば、そんなこともあったかな?

「覚えています。経営が上手くいったとか、幸せに暮らしているかどうかは知りませんが、もしもそうなっていたのなら良かったと思います。」

「いえいえ、きっかけは安藤さんに描いてもらった絵だと、皆さん口を揃えて言っていますよ。」

「もし僕の絵が役に立てたなら…。」

俺は思った。

もし俺の絵でそんな幸福が訪れたなら本望だ。

ついニッコリと笑顔になった。


「とても嬉しいとおもいます。」

カメラマンがグッドと言わんばかりに親指を立てていた。

あ、乗せられたかも。上手いなぁ…。

「どうやらSNSでの噂は本当のようです。」

そんな事を言いながらいくつか事例を紹介していた。

カメラマンの隣にはその事例を乗せたカンペがあった。

それを見て、あぁ、色んな人がきてくれたんだなぁと、まったく見当違いのことを思いながらアルバイト時代を思い出した。


「そのアルバイト時代に世界的に有名な画商であり画家のトム・トーマスさんと知り合いになったとか…。」

「有名な方だと言うのは最近知りました。」

「彼の開く展覧会は、絵に関して目利きの効く人達が、世界中から集まり高額で取引されるとか。今まで取り上げられた画家は100%成功するとまで言われています。」

「え?そうなんですか?僕も誘われましたけど…。」

知らなかった。


「凄いことですよそれは!なんてことでしょう!」

福地さんは多分知っていて質問しているなとか思った。

でも、そんな凄い人だったなんて…。

「是非頑張ってください!」

そう言われ違和感を感じた。

頑張る?何を?と。

「もちろん努力は惜しみません。だけど頑張る必要はないと思います。僕は僕であり続けたいと思っています。」


「と、言うと?」

「僕は、自分の絵を見て喜んでもらえるのが一番嬉しいし、次の作品の原動力になっています。そうあり続けたいと思っています。」

「なるほど。私も安藤さんの作品を見るのが楽しみになってきました。」

とか言いつつ一旦まとめに入る。


そして場所を移動しながら俺の紹介が続く。

一度目が見えなくなったこと、そこから復活したことなどだ。

よくもまぁ調べたもんだと関心した。

「展示場にやってきました。さっそくSNSで一番噂されている中学二年生の時の絵を拝見したいと思います。」

そう言って人だかりを分けてもらい、福地さんは『初恋』という題名のついた絵の前にきた。

今見ると技術的には幼いのがわかる。


だけど、インパクトや溢れ出る強い想いは今と変わっていないと自分でもわかる。ちょっと恥ずかしい。

「あああぁぁぁ…………。」

えっ?と思った瞬間、突如福地さんが崩れ落ちた。

「大丈夫ですか?」

「胸が苦しくて…。切なくて…。張り裂けそう…。」

「………。」

俺のメッセージを感じ取ってるようだ。


「右の少女はいつ死んでもおかしくない病気を持っていました。だけど俺はその少女に恋をしました。異性を好きになるという感情は、幼い頃にも持っていましたが、本気で恋愛感情を抱いたのは彼女が初めてです。だからか、その想いが絵に現れているようで…。」

「だからよけいに切ないのね…。」

素でそう言っていた。

口元を押さえながらヨロヨロと立ち上がると、カメラに向かって俺の絵を紹介する。

流石プロ…。


「正直私は絵のことに関しては素人です…。でも、この絵は…。」

涙をこぼしていた。

「すみません。涙が止まりません…。絵で感動したのは初めてで…。」

そして一通り紹介する。

過去の絵から目が見えない時の絵、そして現在の絵。

彼女は終始感動し声を震わせていた。

そこまで感動してもらえると俺も描いた甲斐があるとも思った。


「クリスマスにピッタリの個展だと想いました。もしも最愛の人とここを訪れたならば、その人達はとてもラッキーだったと思います。残念ながら今日一日の開催ですが、今日来れない人は、次回の個展には是非訪れることをおすすめします。」

そんな感じでインタビューをまとめた。

「ありがとうございました。」と礼を伝える。

カメラが降ろされると福地さんは大声で泣きだしてしまった。

「次も必ず紹介させてください。」

そう泣きながら笑顔で言われ握手を交わした。


 その後は閉館までバタバタしていた。

人が途切れることなく増えていき、閉館の20時になっても多くの人が館内に残っている。

終了のアナウンスで少しずつ人がすくなくなっていくが、大盛況だった今回の個展を、急遽俺の言葉で締めることとなり、簡単なステージが作られる。


壇上に上がると大きな拍手で迎えられた。

マイクが渡され、そして俺の言葉を待つファンの人達の顔を見渡した。

俺はその中からたった一つの視線を受け取る。


あぁ、そうか…。

ちゃんと間に合ってくれたんだね…。


「今日は寒い中、駆け出しの僕の絵の為に、沢山の人達がきてくれてとても感謝しています。」

拍手喝采や色んな声援の中話を続ける。

「そんな中でも、何度もくじけそうになった時に一生懸命支えてくれた、家族や友人達に特に感謝の言葉を伝えたいと思っています。」

母さんや源爺、類の顔が見えた。


「その中でも…。」

俺は大きく息を吸い込む。

賑やかで盛り上がっている会場に負けない声でその名前を呼んだ。






「「「瞳!!!」」」







マイクのエコーなのかどうか、声が激しく響き震えると、一瞬で会場は静まり帰る。







「はい!!!」






その声は真ん中より後ろぐらいから聞こえた。

人の波が裂け、彼女に向けて真っ直ぐ人垣の道が出来た。


「さぁ、いっておいで!」

母さんが瞳を引っ張りだし、そして背中を押した。

いつの間にか拍手が沸き起こる中、彼女がステージに到着する。

俺は手を差し伸べた。

彼女はその手そっと捕まり、ステージへと上がった。


「僕は中二の時に、一度視力を失って発狂し、精神的におかしくなった時期がありました。そんな時も、彼女は俺の為に全てを賭けて暗闇の中から救ってくれました。そして彼女は僕に魔法をかけてくれました。鮮やかな色を教えてくれて、その色は今の僕の絵になっています。」


その言葉に瞳は、

「私は心臓の病気でいつ死んでもおかしくない状況だったです。だけど、彼の絵を見て、まるで生きろと言われたかのように生き延び、去年手術に成功しました。この心臓は彼に貰ったようなものなのです。だから…。」

嬉しそうに語る彼女の横顔に、俺は一言添えた。

「ふふふ…。お互い様だね。」


彼女はキョトンとした。

「そうね。」

と言いながら、微笑んだ。

「もし良ければ…。」

俺はポケットに手をいれる。


「俺が描く最後の一枚まで、一緒に見守ってもらえませんか?」

そしてポケットから青い手の平サイズの箱を差し出し頭を下げた。

「何を言ってるのよ。あたりまえじゃない…………。あれ?」

気付いたようだ…。

俺は頭を下げたまま回答を待つ。


「何よ…、何よ…。聞いて無いよ…。やっとリハビリ終わって退院したばっかりで、会うのだって久しぶりだし…、今日だってギリギリ間に合ったぐらいなのに…。」


震える手で箱を持ち、そっと蓋を開けた。

そこには照明の光に照らされキラリと光った婚約指輪が輝いていた。


「ウゥゥ………、私…、また病気に…ウゥ…、なるかも…だし……、ウゥゥ……。」

俺は頭をあげて、泣きじゃくる瞳をそっと抱きしめた。


「大丈夫。その時は今度こそ二人三脚で頑張っていこう。」

「ウゥゥ………。」

彼女は俺の胸にうずくまる。

「こんな私だけど…、よろし…く、お願いします…、ウゥゥ…。」


ワァァァァァアアァアアアァァァァァアアアアアア!!!


大きな歓声が上がり拍手が舞う。

それと同時に瞳も誰に遠慮すること無く大声で泣いた。


「ウワァァァアァアアァアァアアアアアアァアン!!!」


似顔絵のアルバイト代はこの指輪購入資金だ。

だから、それを知った人達は撮影禁止を徹底して、瞳にバレないように協力してくれた。

そして、それは1年かけて実った。

協力してくれた人達も、きっと喜んでくれていると思う。


 山岡先生が手術室から倒れながら出てきて、激しく床を叩いたのを見た俺は、てっきり手術が失敗したと思った。

だけど彼は俺がいなくなってから、こんな完璧な手術は初めてだと、自分で自分を褒めたそうだ。

山岡先生もプレッシャーと戦ってくれていたんだ。


慌てて父さんが追いかけてきてくれて勘違いだったことを知った。

それから1年。

心臓が中学2年のままで成長しきってなくて小さかったため、大事をとって様子を見ながら少しずつ慣らしていく作業リハビリが繰り返された。


そしてようやく退院となったのだ。

学校が長期間休みの時は里帰りし、一緒に絵を描いたりしている。

前回会った夏休みの時は少し痩せていた感じがしたけど、今は通常の体型に戻っているようにみえる。


やっと泣き止んで嗚咽を漏らしている瞳。

「拭っても拭っても、涙が止まらないの…。もう枯れたと思っていたのに…。」

その言葉を受けて俺は、婚約指輪を箱から取出し彼女の左手薬指にそっとはめた。





「エヘヘヘへ…。」





溢れる涙がこぼれ落ちながら嬉しそうに笑う彼女の顔は一生忘れない。





明日、今日の記念の絵を描こう。





大きな感動と拍手に包まれながら、





俺達はやっと、





そう、





やっとの思いで結ばれたのであった。




第1章 -完-

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