第66話

 「うへー。すごい数だなぁ…。」

夜、高賀山こうかざん自然の家に向かう。

時間は深夜0時を迎えようとしている頃だ。


昼間仮眠を取っておいたおかげで眠気はないかな。むしろ調子はいいよ。

自然の家は、全室電気が消えているのを確認。

どうやらお客さんは寝ているみたい。良かった。


まぁ、目には見えないだろうけど、もしも霊感が強い人だったりしたら大変。

振動や騒音、ポルターガイスト現象のような事を目撃しちゃったら、変な噂が立ってお客さんこなくなっちゃうしね。


有象無象の妖怪が、グラウンドを囲うように並んでいる。

中央には岩蛇さんが静かに佇んでいる。

彼の一声でこれだけの妖怪が集まるところを見ると、今更ながら名のある妖怪なのは間違いないと思う。


彼は私の姿を確認すると、静かに語り出した。

「高賀山の四方に棲まう妖怪達よ、急な呼び出しに答えてくれて礼を言う。さるとらへびが降臨し、高賀山の霊力を欲しいがままにしておるのは千年も承知のこと。もう気付いていると思うが、奴が再びこの山を独占しようと最近動き出したのも知っておるじゃろう。」

グラウンドがざわめく。

妖怪さん達もひそひそ話をするんだね。


きっと、さるとらへびについて、思うところを話しているんだと思う。

許せないのか、怖いのか、それは各々答えが違っているだろう。

「千年余前、藤原の高光殿が封じ込めたのは、さるとらへびが生み出した影武者だと言うのが分かったのが17年前。今日来てもらった巫女殿の両親に当たる、巫女の血を引く者によってじゃ。そして本体は期を見て動き出した。」


ここで言う期を見てというのは、色んな意味があると思う。

正体がバレたとか、霊山である高賀山の霊力が一番落ちる時期だとか、藤原の高光様が居ないこととか…。

あぁ、私の髪を奪ったっていうのもあるね…。

そういうのをひっくるめてだと思う。


そういった諸事情をまとめると、他の妖怪さん達も、もちろん私も、本来の力を出し切れない状況ということになる。

なにせ、高賀山から流れ出る霊力が、一番低い時だからね。


圧倒的な力を持つさるとらへびだからこその戦略とも言えた。

元々霊力の低い妖怪は、強い妖怪に比べて耐性が低いことから、ガクンと落ちるみたい。

つまり中級クラスでさえ、低級妖怪と化してしまう。


「既に、さるとらへびに呼応する者も現れ、ここら一帯は混乱しておるのが現状じゃろう。そこで、巫女殿も交えて皆に相談がある。ワシらが巫女殿と協力し、さるとらへびを討つということを提案する。意見がある者がおれば遠慮なく言って欲しい。それと…。」


岩蛇さんは周囲を見渡した。

「さるとらへびに協力する者は、遠慮なくこの場から去れ。今度会う時は敵、それだけのことだ。」

その言葉が終わると、いくつかの妖怪さんが姿を消した。


この辺は空気を読むとか読まないとかいうレベルの話ではない。

自分の生死がかかっているから。

本能に従う者、強い者に付いて行く者、それぞれ思惑があるかも。

もちろん議論の末に答えを出そうとしている妖怪さんもいると思う。


少しの沈黙の後、一人の男が前に進みでた。

「我は、高賀山東地区を統括する、星宮天狗ほしのみやてんぐである。」

天狗!?天狗って本当に居るんだ…。

それに、やっぱりアノお面なんだ…。


「うむ。意見を述べよ。」

「高賀山中央地区を統括する岩蛇殿の立場はどうなのか、まずは発起人として意見をはっきりさせておいてもらおう。」

岩蛇さんは中央地区統括なんだ。


「うむ。ワシらは例え劣勢になろうとも、この巫女殿に付き従うことを昨晩決定した。」

「ほぉ。そなた程の実力者がそこまで言う理由は?」

「この巫女殿は、高賀山に封じ込められ、最近復活した山鬼を無傷で倒したという、千年に一度の巫女殿だからじゃ。」

会場は一気にざわめいた。

怒号罵声が飛び交う。


要約すると、現代の巫女にそんな力はないといったところかな。

中には嘘つき呼ばわりする妖怪さえ居た。

「鎮まれ!」


騒ぎがピークに達するころ、岩蛇さんが一喝する。

グラウンドは再び静けさを取り戻した。

「水樹殿。証拠を皆に見せてやってくだされ。」

そう言われて岩蛇さんの近くに歩み出て、山鬼さんが残していった月弓と矢を見せた。


「信じられぬ…。」

「無傷じゃと…?」

驚きの声であふれた。

再びグラウンドがざわついたけど、今回はそれを鎮めなかった。

ある程度認知させようとしているのかもしれない。

少し経ってから山蛇さんが口を開いた。


「皆が驚くのも無理はない。甲弓山鬼こうきゅうやまおにが完全復活した場合の我々の被害は、相当なものになったであろう。それを無傷で倒したばかりか、山鬼の力を封じ込めた矢まで残させた。この矢は山鬼から巫女殿への礼でもある。これだけの結果を残した巫女殿に、ワシは賭けたい。どうじゃ?これでは理由にならぬか?」

今度はざわめかなかった。

誰もが真剣に考えている。自分の命をどちらに賭けるかを…。


「失礼ながら、この目で実力が見たい。そう思う者も少なくはないだろう。」

先ほどの星宮天狗ほしのみやてんぐからの発言だった。

言われてみて初めて気付いた。


そうか、私の見た目は、ただの人間の少女なんだって…。

こんなか弱そうに見える人に、命を賭けるというのも抵抗があるのもうなずけるよね。


「私はかまいませんよ。」

即答した。躊躇ちゅうちょすることによって疑われたくなかったから。

「では、私が相手をしよう。」

星宮天狗の背後から現れたのは、和服を着た剣士だ。

雰囲気が平安時代というよりは江戸時代っぽい。

案の定彼は、江戸中期の剣豪だと言ったけど、名前は名乗らなかった。


すらっと背が高く、髪も腰に帯びている刀も長い。

存在感があり、独特の雰囲気を持っていた。

「このような場ゆえ寸止めはするが、多少の怪我は許しておくれ。」

そう言われた。礼儀正しい振る舞い。


だけど、私を警戒し疑っていることは直ぐに分かった。

少し挑発してみることにする。

「私も気をつけますね。」

眉がピクッと動き、カチンときたのかも知れない。

名のある剣豪である彼は、こんな事は言われた事はないかもね。

しかも、こんなに可愛い女の子から。


目に見えて、大量の妖気が彼を覆う。

刀をゆっくり抜き中段に構えた。

その姿は堂々たるものだった。


私は少しだけ目をつむり、心の中から溢れる力を開放する。

ゴポゴポと湧き出てきた力を制御し、今までの8割程度に抑える。

これで少し様子をみることにした。


カッと見開くと、自分でも霊力が体から溢れているのが分かる。

鼓動を聞き、限界まで余力があることと、人間であることの確認する。

そして左手を腰の位置に持っていくと、スッと刀が姿を現す。

ゆっくりと抜くと、刀は本来の長さだ。長くしていない。


短めの刀身を左上に少し持ち上げ、ザンッと右下へ振り払う。

すると1.5倍ほどの長さになった。

「おぉー。」

ちょっとした歓声が上がる。

私に対する品評だからね、少しはアピールしないと。

だけど私は驚いていた。

山鬼をも斬った妖刀は、更に力を増しているようだったから。

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