第44話
「瞳殿!」
高光様の声が遠くに聞こえるように感じる。
私は疲れ切っていた。
「大丈夫かえ?」
私は彼の方を見て、小さく頷くのが精一杯だった。
「安心するのはまだ早いぞ。これより術式を行う。覚悟は良いか?」
そうだ。私は、自分の心臓も取り戻し、そして光司の目に色を取り戻す。
その為に頑張ってきた。
「覚悟は出来てます…。あ、待ってください。」
「なんじゃ?」
私は疲れ切って立てなかったけど、高光様の方を向いて深々と頭を下げた。
「12年もの長い間、心臓を貸してくださって、ありがとうございました。」
高光様は突然のことにキョトンとしていた。
「礼などいらぬ。お主達は、あの妖怪さるとらへびを倒したのじゃ。それに比べれば安いもんじゃ。なんなら目を取り戻す術式が終わればお主に心臓をくれてやってもよい。ワシの使命は果たせたからの。」
「いえ…。今度は自分の心臓の鼓動を感じたいです。大丈夫、手術にも勝ってみせます。」
「ふむ…、そうか…。では始めるぞ。」
高光様は優しい笑顔をしていた。
多分、本当は心臓が戻らないと彼自身何か不都合があるはず。
もう、誰かの御世話になりっ放しは嫌。
単純にそう思った。
そして正々堂々と生きていきたいと。
「
高光様は印を結ぶと彼を中心に光の輪が広がった。
「え゛え゛い゛!!!」
野太い掛け声と共に私の胸に手を当てると、体の中から光る心臓が浮き出てきて彼の手の中に収まる。
そのまま高光様は自分の体に光る心臓を押し込んだ。
そして、その体勢のまま私の心臓を取り出すと、今度は私の体にねじ込んだ。
ドクンッ!
大きな鼓動と共に激しい脈を感じる。
視界がゆっくりと歪み始めた。
あぁ…、心臓は長くもたないかも…。
直感した。かなり危ないと…。
光司…。後はあなたに託します。
どうか…、どうか私を守ってください…。
そして私は地面に伏した。
「え゛い゛や゛!!!」
二度目の掛け声が聞こえた後、目に違和感を感じた。
さるとらへびが斬られてから映像が途切れていたが、目蓋の上から微かに光を感じる。
まさか…!?
俺はそっと目を開けた。
サーーーッと風が吹き抜けた。
外灯の明かりが眩しく、その光が照らす木々が風で揺れている。
目が…、目が見える…!!!
そして俺は直ぐに思い出した。
俺の目が見えるということは瞳の心臓も元に戻っているということを。
周囲を見渡すと、瞳が倒れている姿を見つけた。
苦しそうに見える。
「瞳!瞳!!」
声が裏返るほど叫んだが返事はない。
返事があったかも知れないが、聞こえないほど小さなものだっただろう。
「光司殿。早く治療へ連れていきなされ。一刻を争うぞ。」
その声のする方を見た。
さっきは半透明だった体は実体化している鎧武者がいた。
俺は冷静さを取り戻す。
「瞳が御世話になりました。」
「はよ行くのじゃ。」
礼をし、瞳を抱えて周囲を見渡し、見つけたパトカーに向かって走った。
運転席から飛び出している類が大きく手を降り呼んでいた。
後部座席のドアを大きく開き手招きしている。
「こっちだ!」
瞳を無理やり押し込むと、急ぎドアを閉めた。
「頼む!」
「任せておけ!!」
類の気合の入った声が車内に響いた。
エンジンが始動し、勢い良く回転数が上がった。
馬よりも速く走る、白色と黒色をした鉄の箱が小さくなっていく。
赤い光の尾を残しながら…。
ワシは現代の若者達を見送って、大きなため息をついた。
足元には粉粒のようになって消えていく妖怪の死骸があった。
完全に無くなるまで見守る。
硬い地面には大きく鋭い切り傷があった。
「あの刀をここまで扱えるとは…。」
瞳殿が抜いた刀は、ワシの時よりも長く強い光を帯びていた。
自分が振り回していた時はここまでの力は引き出せなかった。
そして伴侶を失ってからは、瞳殿と同じように刀が抜けなくなってしまっていた。
どうして抜けなかったかは分からない。
抜けていたならば、もう少しマシな状況になっていたかもしれない。
唯一の救いは、扱えるうちに目だけを斬れたことだった。
ワシらの討伐隊はその戦果がなければ全滅していただろう。
だけど、今なら分かる。
あの刀、『妖刀 朱雀』は愛しい人を守る為に振るわれる刀だったのだ。
伴侶を失い復讐の鬼と化したワシには無理な訳じゃった。
瞳殿も光司殿が現れて、初めて心の底から自分で守ろうと思ったはずじゃ。
1000年以上経って初めて分かった刀の謎。
今更過ぎだが、やっと納得がいくことが出来た。
言われてみれば、伴侶を失ってから一度だけ抜けたことがある。
あの石に封じ込める時、小さな村娘が巻き込まれ襲われていた時だった。
あの時も、あの娘を守ろうと思って抜けたのだろう。
そう言えば、その娘は瞳殿に似ていたかも知れぬ。
もしも、その娘が瞳殿の先祖なら、考え深いものがあるのぉ。
一番の嬉しい誤算は光司殿じゃ。
あのお方は瞳殿よりも濃く巫女の血を引いておる。
あの
あれほどの力は、ワシとて初めて見たほどだ。
だが、彼もまた瞳殿を守ろうとした時にしか、その力を発揮できんかったかも知れぬ。
妖刀のように大きな力を発揮するものには、やはり大きな原動力を必要とする。
その原動力こそ、相思相愛じゃった…。
何時の世も、こんなものを追い求め、振り回され、そして満たされる。
そこは1000年経っても変わらぬなぁ。
その見えない愛とやらの力に、強大な妖怪すらも倒されてしまった。
完全に消えた妖怪さるとらへび。
あやつを見続けてきたワシだから分かる。
1000年以上経って、生まれて初めて感じた恐怖に混乱していた。
いや、恐怖そのものが理解出来なかったのかも知れぬ。
それが運の尽きよ。
ワシの時代では京にまで名を轟かせた妖怪が、倒される時は一瞬か。
儚いのぉ。
他の妖怪はどうなったのだろうか…。
ま、今が平和だと言うのなら倒されたのだろう。
ワシが考えることではないか。
ワシは神でも仏でもない。
全てを悟れなかったし、導けなかった。
だから祈らせてもらおう。
世の太平に尽力してくれた少年少女が幸せになれるように…。
両手を合わせ深く礼をした。
直後姿が消える。
そして駐車場には誰もいなくなった。
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