第45話
「こちら
『こちら本部、どうかしたか?』
類さんが警察無線で、重病患者を搬送中だと伝えている。
直ぐに救急センターにつながり、状況を説明していた。
「総合病院の山岡先生が担当医で…。」
打ち合わせ通り、瞳さんは闘病中に症状が悪化してきたと説明する。
手術をする準備をしていたということになっていて、病院側に連絡を入れると、既に受け入れ体制が整っていた。
担当医がスムーズに誘導してくれているようだった。
応急手当が出来るよう救急車も手配され、事前チェックしておいたルートを伝える。最短ルートだし、救急センター側でも納得していた。
無線が終わると、ふぅ、とため息をつきながら赤灯を回す。
救急車が直ぐに見つけられるようにするためだ。
ただしサイレンは鳴らさなかった。
夜も静まり、どのみちすれ違う車もほとんどない。
町並みが見え車通りが増えればサイレンは付けるよと類さんは言ってきた。
搬送の手配は整った。
だけど、後部座席ではまさに死闘が繰り広げられている。
瞳さんの顔色は明らかにおかしいし辛そう。
「さっきの闘いで体力を消耗しているのがキツイかもしれない。」
光司さんは治ったばかりの目で優しくも、時に厳しい目線を瞳さんに送りながら言った。
「光司…、光司…。」
瞳さんの消え入りそうな声。
「しっかりしろ!瞳!」
光司さんが叫ぶ。
「類さん、後どのぐらいで着くの?」
彼はチラッと時計と距離のメーターを確認する。
「半分は過ぎた。後20分ぐらいだ!そろそろ救急車も来るはず。」
もう少し…。
もう少しで二人の願いは叶う…。
お願い間に合って…。
私は祈ることしか出来ない自分が悔しかった。
そうだ、もう一つ、絶対に成功するって信じてあげることも出来る。
そう思っていた矢先、後部座席の光司さんが慌てている。
「瞳!瞳!返事をしろ!!」
「
私は後部座席を覗きこんだ。
さっきよりも顔色の悪い瞳さんがぐったりしている。
明らかにマズい状況だとわかった。
それでも瞳さんは苦しそうにしながらも微笑みながら、小刻みに震える手を光司さんに小さく差し出した。
「光司…。ありが…とう…。12年間…、楽しかった…。大好きだよ…。」
「駄目だ!瞳!!!」
「絵を…、私の絵を書いてね…。」
瞳さんの手をしっかり握った。
しかし彼女はニッコリした後…、ぐったりした…。
!?
ウソ…。ウソでしょ…?
光司さんは瞳さんの体を揺すりながら叫んだ。
「「「瞳!!!」」」
再びエコーのような声が響く。
だけど私だけが見ていた。
光司さんの流した涙が、瞳さんの唇を伝い口の中に流れ込んでいくのが…。
次の瞬間、一瞬だけ眩しい光が広がったように見えた。
「おい!大丈夫なのか!?ん??」
類さんも一瞬だけ眩しかったみたい。
すると瞳さんの顔色が少しだけ回復しているようにも見えた。
光司さんは半分錯乱している。
「待って!光司さん落ち着いて!!」
私は今だ激しく揺する光司さんを制止して、瞳さんの顔を覗き込む。
彼も冷静さを少しずつ取り戻し、彼女を観察していた。
ゆっくりと上下する胸、脈を見ると弱いながらも打っているのが分かる。
ただ、鼓動の感覚が異常に長い。
「よく分からないけど、瞳さんは持ちこたえているわ…。」
光司さんは大粒の涙を流しながら、一瞬だけ安堵の表情を見せた。
そして優しく彼女の頭を撫でる。
「頑張れ…。頑張れ…。」
しかし、予断を許さない状況であるのは変わっていない。
光司さんは瞳さんの顔を見ながら、必死に何かを堪えていた。
瞳さんを失う恐怖…。
彼は何度も何度も何度も何度も何度もそれを味わってきている。
日常的に、時には拷問のように…。
幾多の試練も、もうすぐ結果が出ようとしている。
類さんはシフトレバーに左手を置いている。
その手に自分の右手をそっと重ねた。
彼は頷きながら真剣な表情で車を走らせていた。
「見えた!」
不意に彼が声を上げる。
あぁ…。また一つバトンが渡されようとしている。
救急車と合流し、類さんは救急隊員に状況を説明する。
瞳さんはタンカーに乗せられ車の中に連れていかれる。
後から光司さんが乗り込んだ。
類さんと光司さんは、少しの間見つめ合っていた。
「行ってくる。」
「あぁ、後から俺らも行く。」
そして扉が閉まり、救急車の赤灯が回りサイレンを鳴らしながら走っていった。
類さんは救急車が見えなくなってもパトカーに乗ろうとしなかった。
「どうしたの?」
「あいつら…。うまくいくよな…?」
その声は震えていた。
どれだけの困難を乗り越えて、その為にどれだけ努力してきたかを間近で見てきた彼は、何としてでも成功して欲しいと願っているみたい。
「もちろん。うまくいくに決まってるわ。」
私は彼の左腕に抱きついて、今日起きた不思議な出来事が夢じゃないと言い聞かせた。
じゃないと、何が起きるか検討もつかないじゃない。
「俺は正直怖えーよ…。」
「バカね。私がいるじゃない!」
その後は何も喋らなかった。
言葉は必要なかったんだと思う。
少ししてから類さんは「行くか…。」とだけ言ってパトカーに乗り込んだ。
私も助手席に乗り込んだ。
エンジンをかけようとした時、忘れていたかのように携帯電話を取り出した。
そして、光司さんの家と、瞳さんの家へ連絡を入れる。
両家とも直ぐに出発すると言っていた。
どんな運命が待ち受けているかは、誰にもわからなかった。
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