第43話

 「瞳殿、落ち着いて聞くのじゃ。」

高光様からの言葉に冷静になれ、と自分に言い聞かせようとしていた。

どうして刀が抜けないのか、やっぱり私には巫女の力なんて無いんじゃ…。

そう思った。


「そなたには間違いなく巫女の血が流れておる。それは間違いない。朱雀を軽いと言ったその言葉は、巫女じゃないと感じないからじゃ。」

なら、何故抜けないの?

その問に高光様が答えた。


「恐らく、使う為には何かの状況か条件があるはずじゃ。12年前、さるとらへびをことの力で怯ませた時を思い出すのじゃ。」

そんなこと言ったって…。

あの時は無我夢中だっただけだし…。


私達の会話を楽しそうに聞いている奴がいる。

そう、さるとらへびだ。

「フハハハハハ!愉快、愉快。」

そう言いながら、再び二人の周囲をゆっくりと回る。

その姿には余裕すら感じた。

まずい…。

刀が抜けない謎を解かないと勝機がない…。


 「これって…、この女性って…、瞳じゃ…。」

見覚えがあると感じたのは、彼女の絵を描いたから。

その時の絵は思いだせるし、そっくりだ。

直ぐにピンと来なかったのは、髪の長さが大きく違ったからだ。


「類…。本当の事を教えてくれ…。」

車内の音からも彼が動揺しているのが分かる。

助手席のゆかりちゃんも動揺を隠しきれていない。

ソワソワし、身振り手振りで類と何か揉めている。

だが、類が紫を落ち着かせるとゆっくりと語り出した。


「一つ、約束してくれ。」

「うん。」

「俺が駐在員のうちは、誰ひとり死なせやしないって誓ってるんだ。例えそれが寿命だと言われようがな!その中には瞳ちゃんも、そしておまえも入っている。まずはそれを理解してくれ。」

俺は彼の強い意思を十二分に感じ取った。


「分かった…。」

「おまえが目を奪われた相手…、それはさるとらへびだ。」

「え!?」

「そして目を奪い返す為に奴と戦っている。」


なんてことだ…。


自分で瞳を危険な目に会わせていたなんて…。


「なら直ぐに辞めさせないと…。」

「駄目なんだ。」

「どうして?こんな危険なこと…。」

「お前から奪った目をきっかけに、偶然も重なったが…、あいつは力を取り戻してしまったんだ…。だから、今倒さないと村人全員喰われちまう…。」

「………。」


俺は今の話を聞いて吐き気すら感じた。

自分の浅はかな願いが、村人全員を危険に晒してしまっているなんて。

「勘違いしちゃいけねぇ。あの妖怪はお前の願いを利用しただけなんだ。」


だけど…。だけど…。


俺は何のために祈ったんだ…。


映像は何かに慌てる二人を映している。

鎧武者の男が気になるが、今はそれどころじゃない。

この状況を打破しなければ…、俺は…、俺は…。


死んでも死に切れない…。


 「兎に角仕掛けるぞ。あやつの言動に巻き込まれては危険じゃ。」

「はい!」

今はやるしかない。


光司の為にも、

私の為にも、

皆の為にも…。


だが、そうはさせまいとさるとらへびが先に動く。

まるで瞬間移動のような速度で突っ込んで来る。

先読みしていたのか、はたまた偶然か、高光様は既に行動を起こしていた。


「そいや!」

両手を突き出すと、格子状の盾のようなものが前面に展開される。

さるとらへびがぶつかると鈍い音を響かせた。

ゴンッッッ

高光様の体が、体勢は同じのままズルズルっと後ろに移動した。

もの凄い勢いだ。

一瞬、妖怪の動きが止まる。

その瞬間に三度柄に手をかけ刀を抜く…。が、やはり抜けない。


ガァァァァァァァアアアァァアァ!!!


猿の顔が激しく牙を立て、そして尾である蛇も激しく盾を食い破ると盾を破壊してしまった。

直ぐに鋭い太もも以上もある妖怪の前足が振りぬかれる。


ッ!!


一瞬で高光様は吹き飛ばされてしまう。

それを確認するとさるとらへびは、牙をむき出しにしてゆっくりと私に近づいてきた。

「はぁ…、はぁ…。」

極度の緊張と恐怖が私を襲う。


少しずつ後退する。

その間も何度か試すがやはり刀は抜けない。

「あっ…。」

その時、足元の小石に足を取られよろめき膝をついてしまう。

「くっ…。」

見上げる先には、さるとらへびの大きな体が私に襲いかかろうとしていた。


 「あ…、あぁ…。」

俺は流れこんでくる映像に恐怖した。

鎧武者が吹き飛び、瞳を睨みつけている。

彼女は鞘から刀を抜こうとしているが抜けないようだ。

そしてつまづいて膝をつくと、妖怪はピタリと足を止めた。

目線は瞳に向けられたまま上向き加減で見下ろしていた。


これは…、絶対に食うつもりだ…。

俺は全身の毛穴が開くほどの恐怖を感じた。


瞳が…、殺される…、喰われてしまう…。


そんなの絶対に嫌だ!


瞳は俺が助ける!


車のドアを開けようとするがロックがかかっていて開かない。

ガチャガチャと何回もドアを開けようとしながら叫んだ。




「「「瞳!!!」」」




まるでエコーがかかったような声が響いた。

ガチャッ

チャイルドロックが外れ、ドアが開く。

何故ロックが解除されたかは関係ない。

今は瞳を助けるんだ。

俺は全力で走った。

さるとらへびからの映像を頼りに。

見慣れた高賀神社の駐車場を。


 私は、人生で何度目かになる死を覚悟した…。

鋭い牙はよだれにまみれ、あぁ、食べられるんだなと思った。

小さい頃、まだ病気が治ってないころは、胸がチクッとしただけで死への恐怖に見舞われていた。

ちょっと息苦しくなっただけで、あぁ、このまま死んじゃうんだなって思ってた。


そのためか、今は冷静に死を受け入れようとしている自分がいる。

何度も何度も感じた死への恐怖は、いつの間にか麻痺しているのかもしれない。

どうせ殺すなら、一瞬で殺して欲しいとさえ思った。

でも…。





本当は…。





死にたくない…。





心の奥の隅っこで、そう小さく願っている自分もいる。

光司との日々は楽しくて楽しくて、本当に充実していた。

このまま光司のお嫁さんになれたらって何度も何度も何度も思った。





お願い…、殺さないで…。





そんな思いも心の片隅にあった。

だけどこれは違う。

私は殺されないために必死に剣道の腕を磨いてきたわけじゃない。


光司がくれた12年。


何のために使ったの?自問自答する。


そんなのわかりきってる。


大好きな光司と生きる為じゃない!!


彼の絵に何度も何度も何度も励まされてきた。


そして願ったじゃない!






彼の絵を最後の一枚まで見届けるって!!






この生命!絶対に輝かせてみせる!!






だけど、今は…、どうしても剣が抜けない…。

ねぇ、光司…。私…、どうしたらいいの…?

悔しいよ…。


そんな時だった…。

今まさに、さるとらへびの太い右前脚が振り上げられ、まるで鎌で雑草が刈り取られるように振り下ろされようとしている。





「こーーーーーじーーーーーー!!」






心の奥から大好きな人の名前を叫んだ。


せめて最後に彼の顔を見たかった。


そう思った瞬間。






ザッ!!!!!





誰かが私の前に立ちふさがった。





「「「下がれ外道!!!!」」」




エコーのように響く光司の声。

妖怪さるとらへびは怯むのではなく恐怖している。

二歩ほど後ずさりした。


彼が…、光司が…、助けにきてくれた…。


目が見えないはずなのに…。


殺されるかもしれないのに…。


私なんかの為に…。


彼は何度でも私を助けようとする…。






その命が燃え尽きるまで!!!






彼の背中は妖怪よりも大きく安心感に溢れていた。




バカ…。


こんな私を助ける為に…。


今度は、私が…。






今度は私が光司を守る!!!






刹那、体は風のように飛び、光司の横をすり抜け、恐怖しているさるとらへびの真横に立った。

そして無意識に朱雀を抜き、大きく上段に振り上げる。





「「「妖怪よ!!去れ!!!!」」」




ズバンッッッッッ!!!




思いっきり振り下ろした刀は地面ごと妖怪の首を落とした。

抜かれた朱雀は青白い光を放ち、どう考えても鞘より長い。

「瞳殿!尾も斬り落とすのじゃ!!」

高光様の言葉を理解する前に体が反応した。

今度は中段から水平に朱雀を振りぬく。




スパッッッッ!!!




蛇の部分が胴体から切り離され地面に落ちると、激しく跳ねながら身をよじり、自らの体を締め付けるようにギューッとなった後、動かなくなった。


胴体の虎は、ヨロヨロと後ずさりしてそのまま不自然に倒れ、動かなくなった。


頭の猿は、目をカッと見開いたまま、ピクリとも動かない。


私は大きく肩で息を吸いながらその場にへたり込んだ。


ハァ…、ハァ…。


天を見上げると、そこには綺麗に輝く無数の星が輝いていた。

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