第94話

 もう駄目…。

あいつを倒すには、今の私では力不足…。

もうこれしか…、これしか選択肢が残ってないの…。


ハァ…、ハァ…。


さっきは雛ちゃんの鬼化を止めた癖に、笑っちゃうよね…。

後で皆から怒られちゃうよね…。

ごめんね…。


ドンッッッ!!


更に霊力が上がったのが分かる。

パパ…、ママ…。

後でいっぱい叱ってね…。


でも、これであいつを倒せる。

どんなに魔力を増大させようとも、私の霊力は鬼になることによってそれを上回るよ。


もうどんな事してでも、絶対に許さない。

沢山の犠牲があったことを忘れては駄目。

私は彼等の命を無駄にしない。

遠く背後で見守る仲間の為に、ここまで一緒に闘ってくれた友の為に、私をここまで育ててくれた両親の為に!!


「アアアアアァァァアァァァァァァァァァッァァァァァァァ!!!!!!!!」


私は叫んだ!

張り裂けそうな胸の痛みを誤魔化す為に、

もう二度と人として生活出来ない辛さを忘れる為に、

泣きそうになるほどの苦しみを開放する為に!!!




ガッ!!!!




その時、突如誰かが私を抱きしめる。


「水樹!駄目だ!!逝っちゃ駄目だ!!!」


韋駄天だった。


だけど、もう遅いよ…。


ごめんね韋駄天。


うんうん…、天大。


今までありがとう…。


「鬼になってもあなたの事は絶対に忘れない…。」










「「「馬鹿野郎!!!」」」










彼の声は心に響いた。だけどもう止められない。


暴走は既に始まりかけているの…。


「ごめんね…。」


私は人として、最後の笑顔を彼に見せた。


「諦めるな!絶対に鬼になっちゃ駄目だ!!」


「もう…、手遅れだよ…。」


「駄目だ!!!」


「ありがと…。」


「駄目だって言ってんだろ!!!」


「でも、あいつは鬼にならないと倒せないの…。今のままじゃ…。」


「それでも駄目なんだよ!!!」


「韋駄天…。」


「俺は…、お前のことが…。」


彼は大きく息を吸った。











「「「好きなんだよ!!!!!」」」












あぁ…、あぁ…。











「「「だから鬼になるな!!!!!」」」











私は視界がぐちゃぐちゃになった。

ボロボロと涙が零れて頬を伝って落ちていく。

止まらない涙は…、私も彼の事が好きだった事を教えてくれた…。


そうだったんだ…。気付かなかった…。

知っていたら…、鬼になって後悔しなかったのに…。

だって私の力は…、心は…、もう既に…。


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…。

さるとらへびを中心に地響きがした。

奴の体から次々に何かが溢れだし、もう胴体を覆っていく。

溢れでた魔力は、それに触れただけで即死する程の濃い猛毒のよう…。

高賀山が彼の異端な力に怒っている…。

だけど私も…鬼に…。











嫌…。











やっぱり嫌…。


あいつみたいになるのは嫌…。


だって…、だって…、恋を知ってしまったんだもん…。


嫌だよ…。


伝えなきゃ…。


伝えなきゃ、この気持を…。


私は、人である時に伝えたいと思って、思い切って思いを伝えた。






「私も天大が好き…。」





ハッと彼は私の顔を覗き込んだ。

愛しい人の純粋な瞳…。

その瞬間、私の心が弾けた!




パシィイイイィィィィイイィィィィィン…




私達に気付いたさるとらへびが、攻撃を仕掛ける。

誰かの腕のような物が何メートルも伸びてきて捕まえようとする。

「水樹!」


韋駄天は私を押して、伸びてきた手を短剣で攻撃する。

しかし彼は、不自然に曲がったあいつの手に思いっきり叩かれてしまった。

ヒューーーーーーーーーーーーーーー………ドンッ

高賀神社の階段脇の斜面にめり込んだ。


「!?」

白目を向いて口を開けたままの天大…。

やっと自分の気持ちが分かって、やっと自分の気持ちを伝えたのに…。

私は朱雀をいつものように左上から右下にはらった。


ザンッ!!!

朱雀は真っ青に光っていた。

これが鬼の力…。

溢れ出る霊力、ほとばしる力、信じられないほどの集中力…。


大丈夫、いける…。

スチャッ…

朱雀を構えた。


「オオオオオオオォォォォォォオオオオォォオオオォ!!!!!」

さるとらへびが吠える。

口からは黒い液体が飛び散る。


「もう言葉すら忘れたの?」

視える。

奴の一挙手一投足が…。


スッ…

5m近い距離を一瞬で縮めると、振りかぶっていた朱雀を鋭く振り下ろす。

ガッ


「!?」

さるとらへびの傷口から溢れた誰かの手が朱雀を素手で止めた。

構わず思いっきり振り切る!

ザンッ!


指先がボロボロッと落ちながらも、手は衰えることなくゴムのように伸びてきながら攻撃をしかけてくる。


サッ!!

交わしながらも考えていた。

やっぱりママがやったように、猿と虎と蛇の部分を切り離さないと駄目だ。


横一閃!

首を狙う!

だけど一瞬で交わすと真っ黒な猿の顔が目の前に来る!

ブオオオォォォォオォォォォォォ!!!!


炎を吐いてきた!

だけど完璧に視えている私は、それを遠くから見ていた。

直ぐにブレスを止めたさるとらへび。

彼も通用するとは思ってなかったみたい。


私は信じられないほど冷静だった。

鬼の力を手にした私には、霊力的には余力がある。

だけど、ああなってしまったさるとらへびに対しては決め手に欠けている。


それはお互いに言えることなのかもしれない。

あいつも私も力は存分にあるけど、決定打を与え切れない。

私は最後の賭けに出ることにした。


大丈夫、絶対に成功する!

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