第58話

 水樹殿はジッと、上空高く飛ぶ鳥を目で追う。

妖怪である怪しげな鳥の力量はかなり高い。

大きさは鳥と呼ぶには大き過ぎる。

全身は綺羅きらびやかで派手、鋭いくちばしと大きな足が目立つな。

あのくちばしで突き立てられれば、体には大きな空洞が出来るだろうし、あの足なら人を掴み取ることも出来るだろう。


飛ぶ速度も速い。

いくら弓で遠距離攻撃が可能だとは言っても、捉えられる気がしないと思うはずじゃ。

現に彼女はどうしようか悩んでいるようにも見える。


「水樹殿、そなたの放つ矢は当てる物ではない。勝手に当たってくれる矢なのだ。それを忘れずに射るのじゃ。」

そう助言する。

そう、この弓で放たれる矢は射る者の意思で飛ばす事ができる。

弦も矢も巫女の力で作られておる。

それ故、巫女の放つ矢は、巫女の意思を持つ。


彼女はりんとたたずんでいたが、自然に矢を構え弦を引く。

その姿は、もはや立派な巫女にも見える。

腕はまだまだ未熟だけどな。


矢が現れると直ぐに一つ放つ。

怪鳥の方も弓で狙われているのは分かっておるじゃろう。

易易と矢の軌道から逸れる。

少しの間は、矢が鳥を追うものの捉えきれてない。

矢はしばらくすると消えてしまう。


もっと怪鳥の前を狙って誘導すれば当たりそうだが、それでは敵にも知られてしまい簡単に交わされてしまうだろう。

敵が速すぎる。

何本か放ってみたものの、やはり分が悪いようじゃ。


「既成概念では駄目じゃ!臨機応変に対応せねば…。」

ワシの言葉が終わらなぬうちに、水樹殿は打開策を模索し始めた。

連続で矢を放ち始め、そしてその間隔はどんどん短くなってゆく。

やがて人の動きではなくなる。


まるで一本の光のように放たれる矢。

じゃが、やはり妖怪にとっては避けやすい。

矢の軌道が見えてしまっておる。

簡単に交わすと、水樹殿に突っ込んでくる。


そのそぶりを見せると彼女は直ぐに妖刀 朱雀を抜く。

その姿を確認した妖怪は、水樹殿には近づこうとはせず、空へ舞い上がった。

お互いが決め手に欠けておる。

だけど、この後ワシは水樹殿の可能性をみることになる。


 彼女は一度に放つ矢を3本に増やした。

本物の矢じゃないから出来る芸当じゃ。

微妙にずれて飛ぶ矢は避けづらくなり敵もあきらかに嫌がっておった。

それを先ほどと同じように高速で撃ち出しつつ、狙う場所自体も微妙に変化をつけておる。


それでも敵には少しばかり余裕があるように見える。

何せ距離を取られると辛い。

すると彼女の周囲に突如、数本の矢が宙に浮いた状態で出現し、弓から放たれた矢と同じ動きをし飛んで行く。

その数は放つ度にどんどん増えていき、無数の矢が妖怪を襲う。

これにはワシも敵もびっくりした。

韋駄天は口を開けてポカーンとしておる有様じゃ。


一度に二十、いや、三十ぐらいの矢が飛び、しかもそれらが無数の軌道を演じておる。

水樹殿が未熟だという考えは訂正せねばなるまい。

あそこまで矢を操れるだけでも巫女としては十分な攻撃力を持つことになる。

妖怪は焦っているように見えた。

鋭く旋回し一か八かの突撃体勢に入った。


これはいかん。

彼女は矢の集中砲火を浴びせる。

じゃが怪鳥は数本が当たるがお構いなしで突っ込んできた。

「水樹殿逃げろ!!」


韋駄天が重い体を起こすと、走る準備をする。

彼女は弓を地面に突き立てる動作をする。

刹那、弓は五倍ほどの大きさになると彼女は弦を両手で思いっきり引いた。

一際太く大きな矢が出現すると躊躇ちゅうちょなく射る。


ドンッッッ!!

砂埃を巻き上げながら、矢は光速で撃ち出されつつも、妖怪を捉えようとする。

間一髪交わされたが体勢は崩れ、翼を地面にぶつけ不安定な飛行になる。

そこへ妖刀 朱雀を抜き構える。


「「「鎮まれ!!!」」」


攻撃は成功したかに見えた。

水樹殿の強烈な言の葉の力により、怪鳥は怯み攻撃の機会を得た。

が、何故か彼女は妖刀 朱雀を振りぬかなかった。何故じゃ?

そして、荒れ狂う怪鳥の大きな足で捉えられ、空中へと運ばれてしまう。


「マズい!」

韋駄天もヨロヨロと立ち上がると、ワシの隣で空を見上げた。

視線の先には何か大声で叫ぶ水樹殿と、怒りで我を忘れた怪鳥がいる。

その妖怪はきじのように一声鳴くと、更に高度を上げていく。


あそこから落とされただけでも致命傷となる。

落下の衝撃を考えると、韋駄天の俊足で助けに入っても駄目じゃろう。

むしろ、助けに行く韋駄天自身も死にかねない。


ワシは焦っていた。なんとかせねば。

怪鳥は無規則に飛び回ると、米粒ほどの大きさに見える高さから水樹殿を落とした。

もはや天に祈ることしか、ワシらにはできんかった。


 寒い。

空の高いところが、夏なのにこれほど寒いとは思わなかった。

落ちてゆく風切音が五月蝿く、他に何も聞こえない。

チラッと下を見たら高賀山が砂場の山ほどの大きさに見えた。


想像以上に高い…。どうしよう…。

どうしてこうなったかというと、自分で撒いた種としか言えない。

だって、この鳥さんが自分の意志で攻撃してきたわけではないことが分かっちゃったんだもん。

しいて言えばさるとらへびに原因があると気付いちゃったの。


あの鳥は、妖怪ではあるけれど、本来大人しい性格だと思う。

だけど、その大きさと見た目から退治の対象とされ、大昔に一度消滅しそうになっていると思う。


その時の恨みが、私達が倒すべきさるとらへびによって助長され、そして凶暴化した。

私はそれに気付き、妖怪を斬れなかった。

だって、この子も被害者なんだもん…。


だけど気付くのが遅かった。

私の攻撃でかなりのダメージを負ってしまった鳥さんは、ブチ切れて荒れ狂ってしまった。

痛みからか、まだ空をランダムに飛んでいる。

目的はない。そう見えるほどに、飛ぶ行き先には意味がない。

この鳥さんを説得しないと。


あぁ、その前に、この状況をどうにかしないと…。

さっきよりも山が大きく見え、高賀神社の場所もはっきりと確認出来るほどになってきちゃった。

この高さでは、人の力ではどうしようもない。

巫女といえど、所詮人間である。

単純明快な事態ほど対処が難しい。

いっそ妖術だの天変地異みたいな状況の方が何とかなりそうな気がする。


もう私も祈るしかなかった。下にいる二人も同じ気分だと思う。

その時だった。

『私…名を呼…でく…さい…。』

頭に直接呼びかけられる。風切り音とは全く別で聞こえてくる。

『自…では名前…言え…せぬ。ど…か私…名…呼…で…ださい。』

とぎれとぎれだけど聞こえるその声は、始めて聞くはずなのにどこか懐かしい。


『水…様が、ま…会おう…仰って…れま…た。私は…れがと…も嬉し…った。』

自分では名乗れない?また会う?

私は心のどこかで、声の主に気付いていたのかもしれない。

ドキドキする。


『…樹様が涙…流…て悲し…でくれ…した。私は、そ…深い愛情…応…たい…です。』

涙?悲しみ?

まさか…、まさか…。

私は思いついた名前を叫んだ!




「「「らんまるーーーーーーーぅ!!!!!」」」




すると、気付いた時には、右手に付けていた蘭丸のピンク色の首輪から、白い煙が飛び出していた。

風の影響をまったくうけないまま猫の形となった。同じ速度で落下している。

大きさは虎ほどあるかもしれない。

顔を見ればわかる。蘭丸に間違いない。

全身真っ白なところもそっくりだけど、尾は9つあった。


蘭ちゃんは空中を翔けると私をすくい上げる。

フワッとした感触のあと、彼の体にしがみついた。

いつもの蘭ちゃんの匂いがした。確信しちゃった。


大きな輪を描くように空中を走りながら、ゆくりと高度を下げていく。

そして地面に到着した。

私は愛しい弟に再会したかのように、想いが溢れ涙が止まらなかった。

「欄ちゃん…、ありがとう…。助けてくれて、ありがとう…。また会えて嬉しい…。」

涙が頬を伝い地面に落ちる。


「私こそ、水樹様に会えて…、嬉しいです。何卒、再びお側に置いてくだされ…。」

「何を言っているの?そんなの当たり前じゃない!絶対に離さないんだから!」

真ん丸の目を更に丸くしたあと、そっと目を閉じた蘭丸。


「ありがたきお言葉…。必ずや、水樹様のお力になってみせます。」

「それはいいの。傍にいてくれるだけでいい…。」

私は純粋にそう想っていた。

姉弟のように育った蘭丸が傍にいるだけで勇気が貰える。そんな気がしたから。


「それでは私の気が収まりませぬ。本来なら私は生まれて間もなく死ぬ運命でしたから。あなた様方が介護してくれなかったら、死んでいたはずなのです。命を助けてもらい、深い愛情を与えてくれました。だからこうして生まれ変わることも出来たのです。それは、水樹様をお守りすることだと信じております。」

「らんまるぅ………。」


私はぎゅぅーっと抱きついた。

そこへ黒爺と韋駄天がやってきた。

「大丈夫か!?」

韋駄天は心配そうにしていたが、抱きついている大きな白い猫が蘭丸だと気付くとホッとしたような顔をした。

「これはなんとも立派な式神じゃ。よくぞここまで育てたものだ…。」

「式神?」

「うむ。巫女の育てる動物や植物は、式神となって生まれ変わることがある。それは受けた愛情によってのみ成長し、ここまで大きくなるのは珍しいのじゃ。よほどの愛情を注がないとこうはならぬ。」


「弟だと思ってるもん。家族に愛情を与えない理由なんてないでしょ?」

「なるほどのぉ…。」

黒爺はただ驚いている。

「九尾か…。式神としては最上位となる力を現しておる。」

「式神じゃないもん!家族だもん!」

私は否定した。主従関係なんかじゃない。

その言葉に蘭丸が嬉しそうな顔をしてくれた。


「水樹様…。そこまで仰って頂けるとは感激です。ならば尚更、水樹様の弟として恥じぬよう、一緒に戦わせてください。」

「蘭ちゃん…。」

私は彼の決意を受け入れなければならないと思った。

時間も力もない私が、これ以上偶然的に勝っていくのは難しいと思う。

特にあのさるとらへびには、結果オーライみたいなことは期待出来ない。

圧倒的な力の前に、簡単に飲み込まれてしまうだろう。


忘れていた怪鳥は、空の高いところで再び一声鳴くと、高賀神社付近にそびえる、一番大きく一番古そうな木に先端から突き刺さるように降下し、そして太い木の幹の中に消えた。


その木のそばには黄色い大きめの羽が一つ落ちている。

そっと拾い持ち帰ることにした。

私は木の幹に触れ、あの怪鳥が安らかに眠れることを祈った。

(今はゆっくり休んで…。私があいつを倒すまで…。)


空を見上げると日が徐々に暮れていこうとしていた。

私達は一度、私の家に戻ることにした。

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