第57話

 高賀神社に到着すると、境内に入るための階段の前で止まる。

相変わらず俺は体力を持っていかれてしまい、寝そべって荒い息を吐く。

「おーい、生きてるかー?」

水樹が上から覗き込むように心配してくれた。

スカートから伸びる生足が生々しい。


「あぁ。後で水飲んでくる。」

そう答えた。さっきも高賀山中腹で飲んできたばかりだが、あれはマジで効く。

「今日はもう飲まぬ方が良い。」

黒爺が見下ろしながら言う。

どうして?みたいな顔を俺はしたと思う。


「ああいった効能がある特別な水は、適量ならば問題ないが、飲み過ぎは体に毒じゃ。何せ強い力を含んでおるからの。薬を飲み過ぎるのと一緒じゃ。」

「へー、分かった。ならちょっと休憩させてもらうわ。」

俺は素直に従う。

お婆ちゃんの知恵袋的なやつだな、言ったのはお爺ちゃんだけど。


とりあえず俺が無事な事を確認した黒爺は、視線を水樹へ移す。

彼女は変わったよな、今日1日で。うん、変わった。

前は掴みどころがなくて、だけど何でも解決しようと、どこでも陣頭指揮を取る。リーダー的な素質はあったと思うけど、個としての魅力はないように感じた友達は多いんじゃないかな。


だけど今は、妖怪の脅威から村を守る~、なんて言っているけども、自分をみつめながら自分を磨いている。

鍛えることだけに関して言えば、あいつは案外楽しそうにやっている。

黒爺が言うように時間がある中で修行をやったなら、あいつはきっと凄い巫女とかいうのになったかもな。


まぁ、今回はそうはいかない。

時間がない。うん、それはわかってる。

だけど、少しでもあいつの役に立つなら、俺は何度でも走ってやる。

残念ながら俺は走ることしか出来ないからな。


そんな事を考えていたら、黒爺はここに来た説明を始めていた。

「さっき山頂から、ここに妖怪の気配を感じた。」

そう言って周囲、それも上空の方を見渡している。

俺は寝そべっているから空はよく見える。

だけど妖怪と呼ばれるたぐいのものは見えない。

いい天気だぜ。


「まだ隠れてこちらを警戒しておる。今のうちに武器を入手しておくぞい。」

そう言って階段脇にある背の高い木に近づく。

「確か…、これのはずじゃが…。」

木に手をかざすと、竹取物語じゃないが木の一部が光っているように見える。

俺は上半身だけ起こして注目する。体はまだ重い。


「水樹殿、そなたなら手にすることが出来るじゃろう。」

「うん…。」

水樹は光る木に近づき、その光る部分に手を突っ込んだ。

ためらいはない、そんな仕草だ。


俺なら不思議がるけどなぁ。

水樹は俺が素直で真っ直ぐな奴なんて言うけど、アイツの方が素直で真っ直ぐだと思う。

俺は、ひたすら真っ直ぐにしか走れるだけなんだよ。

まぁそんなことはいい。


水樹の手が光から抜かれると、手には弓を持っていた。

「すげー。」

単純にそう思った。

少し古びた感じのする弓だが…、あれ?何かおかしい。


「黒爺、これつるがないよ。」

「ふむ。案ずるな。麻で作られる弦は、さすがに長い年月の間に朽ち果てたのじゃろうて。そもそも、巫女が射る弓には弦は不要。左手に弓を持ち想像してみぃ。弦の存在をな。」


そう言われた水樹は、流石に不思議がりながら弓を見ていた。

大きさはそれほど大きくない。

弓道部の奴らが使っている弓よりも随分小さく感じるな。


彼女は左手の弓を前に出す。

そしてそっと目を閉じた。

するとどうだ、スッと流れ星のごとく薄っすら光る弦が張られた。


「おぉー。マジすげー。」

感心してしまう。

こうもあっさりと何でもこなされると、俺にでも簡単に出来るように思ってしまうな。

絶対無理だけどな、こんなこと。


「うむ、上出来じゃ。」

その言葉に目を開けた水樹は、もうこのぐらいのことでは驚かなくなっていた。

いや、弦の存在を感じ取っていたのだと思う。当たり前のように。

ここまでくれば黒爺の助言はいらないとばかりに、その弦を右手で引く。

そして再び目を閉じ直ぐに見開くと、やはり流れ星のごとく薄っすら光る矢が現れた。


「………。」

もう俺は言葉すら失う。

そのまま射ると、シュイィィィィィィィィィィィンと気持ち良い音を残しながら矢は空高く飛んでいき消えた。

矢の軌道も流れ星みたいだった。


「さすがじゃの。では同化している妖怪を見えるようにするかの。」

そう言うと懐から鏡を出す。

大きさは手の平より小さい。

シンプルで古臭いが、裏側はうるしでしっとりと絵柄が描かれていた。

大人の小物といった感じがする。それを水樹に渡した。


「それの取り扱いには注意せよ。巫女の力ある者がその鏡を覗けば、人の目に見えぬ物も見えるようになる。よって、その鏡を見るのは程々にな。」

そう言って手渡された手鏡をさっそく覗きこむと、直ぐに目を逸らした。

いったい何が写ったのだろう…。


「藤原の高光が、逸話の中では動かぬ瓢箪を怪しんで斬ったとあるが、本当はそれを使って見つけ出したのじゃ。」

「へー。だけど、あんまり見るもんじゃないね。」

苦笑いする水樹。

グロ系の映画も笑い飛ばして見る彼女が、ここまで嫌がるところを見ると、相当な物が映ってしまっているのだろう。


それは怨念や地縛霊といった、お化け的なのまで写っているのかもな。

俺は興味が沸き立ち上がって覗きこんだが、特に何も見えないことに感謝する。

さすがにゾンビみたいなグロいのは簡便してほしいぜ。

再び座り込んだ。


「それともう一つ。その鏡を割ることは決してあってはならぬ。鏡に写った一番近くにある物を道連れにする。つまり鏡の中に吸い込まれ閉じ込められてしまう。韋駄天、お主も気を付けろよ。足が速いとかそういうものは関係ない。一瞬の出来事となるじゃろう。」

「うーっす。」

俺は肝に銘じておくことにする。

最近目にした巫女の力とやらは、俺の想像を遥かに超えている。

もう考えたって駄目なんだ。

強烈で有無を言わせない力がそこには存在する。


逆に言えば、それだけだ。

取り扱いを間違えれば、其の者を罰する。

ただそれだけ。

ただし注意さえ守れば、普通の人達が得られない人知を超えた力が得られる。


極端だけど、だけどそれだけのことである。

そう思うことで少しは身近に感じ、無理矢理にでも納得出来る。

水樹も最初は戸惑ったみたいだけど、一度『こちら』側に来てしまえば気が楽になる。


彼女は険しい表情をしながら周囲を鏡で映し出す。

時々目を逸らす程の何かが写ったようだけど、丁寧に周囲を見渡す。

そして、ある一点を見た瞬間、手鏡をスカートのポケットに仕舞い、直ぐに弓を引き矢を射る。


シュイィィィィィィィィィィィン!!

鋭く飛んでいった矢は太い木の幹をすり抜ける。

するとその矢の先には飛んで逃げる大きな鳥が姿を表した。


俺は再び顔を上げた。

全身でコイツはヤバいと感じる。

黒爺の近くへ慌てて移動した。

水樹は、いにしえの弓を片手に、鋭い視線で奇妙な大きな鳥を睨んでいた。

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