第59話

 もう何度目になるかな。

水樹を抱っこし、黒爺をおんぶして走る。

全速力なら5歩かからないのだけど、10歩以上かけてゆっくり走った。

それでも景色はぶっ飛んで流れていく。


水樹の家が近づいてくると、家の前に見慣れた車が止まっていた。

「やべ。」

そう思った時には家の前に到着する。

ザサッ…

踏ん張って着地した目の前にはお袋がいた。


突然現れた俺ら3人は、お袋の目にはきっと瞬間移動してきたかのように見えただろうな。

「あんた…。」

突如怒りの形相を見せる。


「水樹ちゃん連れ回して何をしていたの!?」

「いや、お袋…、それには色々あって…。」

「言えないことなの!?」

「いや…、そうじゃねーけど…。」

俺は困ってしまった。


お袋は白黒ハッキリしたところがある。

中途半端はゆるされない。そ

れでよく親父が怒られているのを見ている。

ゆかりおばさん、こんにちわ。」

水樹が助け舟を出してくれた。

お袋の意識は彼女に向けられる。


「うちの子がちょっかい出してないよね?」

「大丈夫ですよ。」

ニッコリ笑う水樹。

営業スマイルってやつだ。

「そう…。それならいいのだけど…。ところで瞳さんは?」

水樹のかーちゃんの名前だ。

「その前に、紫おばさんに聞きたいことがあります。」

「あら?何だろ?」

「さるとらへびについてです。」

「!?」


お袋が珍しく動揺している。

いや、生まれて始めて見たかも。

どんなことにも怯まず真っ直ぐ突き進むお袋しか見たことがない。


「私、知ってます、さるとらへび。会いましたもん。」

「えっ!?本当に!?怪我は無い?大丈夫??」

「やっぱり。」

「?」

「怪我は無い?って、それはさるとらへびが凶暴で人を襲うってことですよね?」

「………。」


「心配しないでください。もうほぼ全てを知ってしまいました…。両親は今、そいつに苦しめられています。だから…。」

水樹はお袋に順を追って説明した。

黙って聞いていたお袋だが、携帯電話を取り出すと電話をかける。


「あんた!直ぐに戻ってきなさい!!今直ぐに!!………。そう!い・ま・す・ぐ・に!!!」

電話の相手は親父だ。可哀想に。

今日はお偉いさんと飲んで帰るからって言ってたと思うけど、まーしゃーない。

親父の仲間うちでは、お袋は鬼嫁認定らしいが、俺の口からは言えないなぁ。

頑張れよ、親父。強く生きろよ。


お袋は源爺と梅婆さん、そして水樹の親父の方のじいちゃんばあちゃんも呼んで、そして全員で水樹の家の中に入った。

「これでエナジードレインされているっていうのね…。」

天井から床まで伸びたつるのような物は、枯れることなく、むしろ瑞々みずみずしくもある。

お袋が触れようとした瞬間、黒爺が止めた。

「触れてはならぬ。」

「あ、すみません…。」


紹介されていた黒爺だが、お袋は色々と疑っているように見える。

「お茶出します。」

水樹はバタバタと準備をする。

源爺と梅婆さんもやってきた。

「というか、るいおじさんも来るならご飯作っちゃいます。」

エプロンをつけながらそう言っていた。

「そうね、腹ごしらえしないとね。」


お袋も、緊急事態だと認識しながらも楽しそうに台所へ向かった。

二人で相談しながら何やら作っている。

お爺ちゃんお婆ちゃん達は、水樹の両親がこんな事になっていても冷静だった。

慌てることなくお茶をすすりながら世間話をしながら待つ。


そこへ、素麺と冷しゃぶのサラダ、漬物に赤味噌の味噌汁が並べられていく。

「もうすぐ類も来るはず。先に食べちゃいましょ。」

お袋がそう言った。

だけど黒爺だけはテーブルの席にはつかなかった。


「ほら、黒爺も一緒に食べよう。」

水樹の言葉に視線を外す黒爺。

「一宿一飯の恩義を受けるわけには…。」

「これから背中を預ける仲間なんです。だから、寝食を共にする。当たり前じゃない。ほらっ。」


無理やり座らされると、一人だけ修行僧の出で立ちが目立った。

何だかちょっとおかしい。

見た目がじゃなくて黒爺の変な所で堅苦しく難儀なところが。

まぁ、そういうちょっと変わった人達も、水樹の手にかかれば、あっという間に手懐てなずけられてしまう。


「いただきまーす。」

水樹がそう言うと、全員が手を合わせてから食事となった。

「で、勝ち目はあるの?」

「黒爺がね、色々とサポートしてくれているの。だから大丈夫とは言えないけど全力を尽くす。それに、巫女の力っていうのが、少しずつだけと理解してきてる。」

暑苦しい夜に素麺は身にしみる。

冷しゃぶもうまいぜ。


天大てんだい!水樹ちゃんの手料理は旨いかい?」

「ぶっ!!」

リアルで吹き出しそうになった。勿体無いだろ。

「うるせーなー。」

昔はお菓子とか作っては無理やり食べさせられて困っていたけど、いつからかな?そういうのパタッと作ってくれなくなっていたなぁ。


だから水樹の料理が上手いのは昔から知っている。

食べていると親父がやってきた。

まだ警察官の服装だった。


「何があった!?…………あっ!!!」

「触っちゃ駄目よ!」

躊躇ちゅうちょすること無く水樹の両親を助けようとした親父。さすが警察官。

親父が年老いていく村人達の世話を、駐在官時代に根気よくやっていたことはちょっと有名だったりする。

その御蔭か、在籍中は寿命を含めて、死者数ゼロという快挙を成し遂げた。


その評判から岐阜市での生活課へ移動になった。

そこでも評判は良いらしい。

小さい頃は、警察官というと犯罪者を追いかけて捕まえる、みたいな課に居て欲しいと思ったこともあったけど、今は親父が誇らしいと思う。


親父はめったに見せない真剣な表情で、水樹の両親であり親友を見つめていた。

しばらくしてテーブルに来ると、一緒に御飯を食べ始める。

ある程度の人が食べ終わると、お袋が仕切って今後の対策を話し合った。


「何か、私達に出来ることはないかしら?」

だけど黒爺は水樹と俺以外は手をだすなと言い切った。

「私達は、前のさるとらへび退治でも手伝っています。実際にこの目で見てもいます。何か出来ることがあればしたいのです。」

「そなた達のご好意は嬉しい。水樹殿も心強いじゃろう。じゃが、今回ばかりは駄目じゃ。」


そう言われてもお袋は引かなかった。

「ここにいる私達は、光司さんと瞳さんが残した奇跡の子を守りたいのです!!!」

水樹のことをそう言ったお袋は真剣だった。奇跡の子?

「奇跡の子…。そうじゃな…。だけども今回は駄目じゃ。水樹殿、妖刀 朱雀を抜いて見せてあげておくれ。」

指名された水樹は、何で?といった不思議そうな顔をしながら、左手を腰の辺りに持っていく。

スッと刀が姿を現し右手で躊躇ちゅうちょなく抜いた。

あれ?俺は何かの錯覚を見たかのような感じを受けた。


「………。」

お袋と親父は黙ってその刀を見つめた。

そして俺は錯覚の違和感に気付いた。

「その刀、鞘より長くないか?」

「うむ。水樹殿は、近年稀に見る巫女の力を持って生まれた。こうして無意識に妖刀本来の力を増幅するほどにじゃ。それでもなお…。」

黒爺は少しさびしげな顔をする。


「勝てるかどうかはわからぬ…。残念じゃが、力が無い者は不用意にさるとらへびの前に出てはならぬ。はっきり言わせてもらう。足手まといになってしまうのじゃ。このワシでさえ、アヤツの前ではほとんど何もできぬじゃろう。」

「でも…。」

何かを言いかけたお袋だったけど、悔しそうな顔をして親父の背中に顔をうずめた。


親父は何も言わなかった。

いや、言えなかったのかも。

両親は前回のさるとらへび退治を手伝っている。

だけど、今回は大きく事情が異なるようだった。


「じゃが、韋駄天には天賦てんぶの才能がある。どうか、二人の大切な息子を今回のさるとらへび退治に手伝わせてもらえぬか?」

黒爺は俺の事をそう言った。

涙目だったお袋はガバッと体を戻し、前のめりな姿勢で黒爺に詰め寄った。


「天大に天賦の才能?」

「うむ。彼はアダ名が示す通り、韋駄天の才がある。本来韋駄天はよく走る神として知られておるが、足が速いことと相まって、速くよく走る才能が開花した。高賀神社からこの家まで十歩とかからずたどり着ける。」


「本当に?」

「うむ。巫女の周りにはそういった才能が開花し補佐として現れることは往々にしてある。珍しいことではない。」

お袋は俺の顔をのぞき込んだ。


「天大!」

「お、おう。」

「私たちの分まで…。」

お袋はお爺ちゃんお婆ちゃん達の顔を見渡す。


「水樹ちゃんを助け、彼女の両親を救いなさい!!!」

「そんな事言われなくても…。」

「返事は!?」

「は…、はい!」

あまりの迫力に押された。

元からそうするつもりだったけど、改めて言われると緊張感が高まってくる。

俺は皆の顔を見渡した。


「韋駄天、頼んだぞ。」

そんな源爺の何気ない言葉すら重く感じた。

「天大…。」

黙っていた親父が口を開く。

「男には、死に物狂いでやらなければならない瞬間ときがある。」

「…。」

「それが、お前にとっては今だ。分かるな?」

「分かっている。」

「よし。思う存分やってこい。あの時、ああしていれば良かったなんてくだらない後悔を残すなよ!」

「おう。」


「だけど、必ず帰ってらっしゃい。」

お袋が微笑みながら言ってくれた。

俺は期待をかけられている。

重大な責任を負おうとしている。


「韋駄天、私からもお願い。助けてほしい。」

水樹が、いつもおちゃらけてた水樹が真剣にお願いしてきた。

俺は心が震えた。


「任せておけ!…というには頼りないかもしれないが、俺は俺がやれる事は全部やってやる。水樹が走れと言えば、例え足が折れても走ってやる!」

「ありがとう…。」

ちょっと涙ぐんだ水樹を、抱きしめてやりたいほど愛おしいと思った。


彼女は直ぐに涙を拭いて、蘭丸を呼び出した。

ポンッと現れた大きな白い猫である蘭丸は、何で呼び出されたかわからないまま水樹に思いっきり抱きつかれモフモフされていた。

「蘭ちゃーん。あなたにも協力をお願いするー。」

半分おちゃらけながらも、半分は真剣だったと思う。

いつもの水樹に戻り、それを見た家族たちが笑う。


俺はこうして両親公認でさるとらへび退治に加わることになった。


その日の夜は、あまり眠れなかった。


その原因が恐怖なのか高揚なのか緊張なのかは分からなかった…。

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