第52話

 今日は高賀神社のお祭りの日。

俺はあの祭りが結構好きだ。

さるとらへび役の獅子舞と、藤原 高光役の人が華麗に舞う。

祭り囃子も好きだし、その後の昼食会も好き。鮎大好きだし。

露店は並ばないのが残念かな。

でもあの舞いは見ていて色々と想像させてくれると思う。


藤原 高光役の人は、さるとらへびを退治しているように見える。

だけど本当に?

古文にあるように倒したのなら、瓢箪のくだりとか表現されていないのが気になるな。

父ちゃんに聞いてみたら、

「瓢箪なんか出てきたら舞いが白けちまうだろ。」

と言われた。

うむ。確かにそうだ。


でも何で目を潰すような部分が追加されているのだろう。

まぁ、面白ければとか、盛り上がればとか、格好良ければいいやって感じか。


舞を見ていると、少し離れたところに水樹がいるのが見えた。

どうやら猫を抱えている。あの全身真っ白の猫は蘭丸だな。

彼女の両親はさっきまでいたけど、早々に山を降りていったようだ。

きっと仕事があるのだろう。


俺は彼女の隣に移動する。

近くに座り「よっ。」とだけ声をかけた。

「げっ、韋駄天…。」

そういう言い方はないだろ。露骨に嫌な顔をしている。

まぁ、昔からこうだから、もう慣れたし気にしない。

というか、予想通りの反応だ。


うちの両親と奴の両親は仲が良い。

物心つく頃には、既に一緒に遊んでいた仲だ。

そうこうしていると、舞が終わり拍手が沸き起こる。

そして食事が振舞われた。


「一緒に食おうぜ。」

凄く嫌な顔…。

水樹は猫の蘭丸を抱えたまま食事している。

猫は膝でおとなしくしている。

時々鮎を貰って食べているが、立ち上がる様子はなく、食べる量も少量だった。


弱っていることは明白だったが、敢えて言わなかった。

その時まで一緒にいたいのだろう。

こんな祭りにまで連れてくるのだし、多分だけど、蘭丸の方も来たかったのだろう。


あいつはいつも水樹のそばにいる。

まるで護衛でもしているかのようだ。

というのも、俺が蘭丸に手をだすと必ず怒る。

まぁ、甘咬みだったり、手を出して爪が刺さる時もあるのだが、強い攻撃の意思はない。


ご飯を食べ終わり体を撫でられると、ゴロゴロ気持ち良さそうだった。

俺も撫でようとすると、いつものように手を出してきた。

だけど今日は違った。

ポンと俺の手と重ねられた蘭丸の手。

そこからは強い意思が伝わってきた。

蘭丸の目は真っ直ぐ俺の目を見ている。


なんだろう。

何かを受け取ったような気がする。

水樹が嫌がり手を離すと、蘭丸はいつものように水樹だけを見ていた。

「ミャ~……。」

今まで鳴かなかった蘭丸がひと鳴きすると、水樹の腕の中で丸くなる。

そして、そのまま眠るように息を引き取った。


誰も居なくなった祭り会場に、静かに嗚咽が響く。

俺は何も言わず、そっと近くで空を眺めながら座っていた。

夏空はどこまでも青く澄んでいるけど、ここでは寒気がするほどの悲しさに包まれている。


空がオレンジ色と青色で彩られるころ、やっと水樹が落ち着きを取り戻す。

「付き合ってくれなくても良かったのに…。」

目を真っ赤にし、目線を斜め下に外しながら言ってきた。

「まぁ、そうだな。」

ニーッと笑い、水樹よりも先にゆっくりと坂を降り始める。

「韋駄天ありがと…。」

そう聞こえた気がした。


振り返ると、水樹は蘭丸へ最後のお別れをしていた。

「蘭ちゃん…。今までありがと…。また…、会おうね…。」

そう言って、零した涙が蘭丸に降りかかる。


俺はその時何かを見た。

光?

カメラのフラッシュのような閃光があったような気がする。

何かが夕日の光を反射させたかな?

そう思った時だった。


「あ、忘れてた。先に降りてて。」

涙を拭きながらそう言って、蘭丸を抱きかかえながら、再び坂を上がり始める水樹。

便所なら下にあるのに…、と後から思えば見当違いなことを考えながら坂を降りる。

坂の下の駐車場に置いてある水樹のケッタ自転車の近くで待つことにした。


 私は、今日の祭りの、もう一つの用事を思い出した。

バックから、ビニール袋に包まれた、自分の髪を取り出す。

それを小さな祠の前に置いた。

妖怪だの生霊だのの正体を確かめるためだ。

袋に包まれた髪を、ジーッと見つめていたけど変化はない。


「やっぱりねー。」

髪を献上とかバカバカしい。

何だか急に、こんなことをやっている自分もバカバカしく思えてきた。

とは言え、折角準備したのである。一応一晩置いておくことにする。


明日見に来て変化がなければ持って帰ろう。ゴミになっちゃうしね。

近くの石を重りにし、風に飛ばされないようにしておく。

坂の下を見ると、韋駄天が私の自転車の隣で座っていた。


あの馬鹿、先に帰ってもいいのに。まったく。

そして坂を降りようとした時、今まで遭遇したことのない突風が私と蘭丸を襲う。

その風は祭り会場を吹き抜け空へと舞っていった。

落ち葉や花びらも一緒に飛ばされていくのが見えた。


!?


何かを感じ、急いで祠に戻る。


「髪が…無い…。」

ビニール袋と、重り代わりの石は残っている。

だけど中にあったはずの髪だけが無かった。

「嘘でしょ…?」


背筋が凍る思いがした。

これはお母さんに尋ねるしかない。

こんな事を見てしまっては、あの絵本が本当の可能性あると考えてしまう。

もしかしたら半分ぐらいは本当なんじゃないかと思い始めている。

心のなかがモゾモゾし始めた。


そしてそれは急速に嫌な予感を運んできた。

あれ?何故だろう?

嫌な予感が…する。

家の方角から…、何かとてつもなく嫌な感じが漂っている。

走って坂を下り自転車に向かう。

自転車にまたがりハンドルを握った。




!?




あれ?あれ?

私の異変に韋駄天も気付いた。


「おい、水樹。蘭丸はどうした?」

そう欄ちゃんが居ない…。

さっきまで抱きかかえていたのに…。

蘭ちゃんを探しに、坂の上に戻ろうとした時、韋駄天が更に気付いた。


「右手!」

指摘された右手を見る。

そこには欄ちゃんが着けていたはずのピンク色の首輪が、私の右手首に着けられていた。

「蘭丸をあそこに埋めてきたのか?」

彼の冷静な指摘に、私は首を降る。

「い…、居なくなっちゃった…。」

彼の顔を見ると、右手首と私の顔を交互に見ている。


「またまたー。そうやって俺をからかおうとして…。」

「違うの!欄ちゃんは庭に居て欲しいと思っていたから…、だから…。」

そう、いつも傍にいられるよう両親に許可を貰って、庭に埋めてあげようと思っていた。


韋駄天は何かを考えるような素振りを見せる。

あ、こういう時は大概ろくな事を言わないぞ…。

「さっきの突風に乗って空に行ったのかもな。」

そう真顔で言って空を眺めた。

私もつられて空を見る。夕暮れから夜を迎えようとしていた。


なんだか少し落ち着いてきた。

「それならそれでいいかも。」

私は納得してなかったけど、ひとまず落ち着くことにする。

一応坂に登って祠の周辺を探したけど何もない。埋めた後すらない。

明日もう一度ここに来てみよう。

それで何も痕跡がないなら、それこそ空へ帰っていったってことでもいいや。


そして思い出す。

そうだ、嫌な予感もしてたんだっけ。

「私帰る。用事思い出した。ちょっと急ぐね。」

「わかった。」

自転車にまたがりスカートをなびかせながら坂道を下っていく。

高賀神社は山中にある。

山の麓ににある私の家へは長い山道を下っていくことになる。


ほとんどペダルをこがなくても走っていける。

ペダルを漕ぐよりも、ブレーキをかけている方が多いぐらい。

結構スピードが出ているはずだけど、韋駄天はそのスピードに付いてきている。


暫くして後ろから彼の呼ぶ声が聞こえた。

もう、急いでいるのに。一旦自転車を止める。

「何よ!」

「いや、その…。」

彼は息を荒げることもなく、

「パンツ見えてるぞ。」

こいつは、こういう奴だ。

「ばっかじゃないの!!!!!」

急いでるって言っているのに!ほんとに空気読めない奴!


「見ても見ぬふりするとか出来ないの?」

「いや、パンツ見ても俺は嬉しくないけど…。」

「もうちょっとデリカシーのある言い方出来ないの?」

「よくわからん。かーちゃんに聞いてみるよ。」

「聞かなくていい!!!!」

私は急いで自転車をこぎはじめた。


本当に馬鹿!

途中で韋駄天の家の前を通る。

「じゃーなー。気を付けろよー。」

振り返ることなく自転車をすすめる。


確かにスピードを出し過ぎると危ない。

古い水道橋をくぐり、家が近づいてくる。

その時ぐらいから、急速に嫌な予感が強くなってきた。


そしてカーブを抜け我が家の近くにくると、家の方角が青く光っているのが分かる。

「何あれ…。」

私の家は、目の前を流れる高賀川の手前、つまり谷戸橋の手前を右折した突き当りにある。


私の家が…、そこにある家が…、青く光る球体に包まれているのが見えた。


急がなきゃ!


私は胸騒ぎを抑えることができなかった。

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