第73話

 韋駄天の奴、こういう直感だけは頼りになるよね。

「蘭ちゃん!」

掛け声とともに蘭ちゃんを憑依させる。

ムズムズッとする。

尻尾や耳が生えてきたかのような感触を得た。


妖刀 朱雀を口に咥えて素早くジャンプする。

韋駄天ほどの速度はないけど、高い枝にもあっという間に登れるし、細い足場にも不安定さを感じさせない。


木々を伝い、天狗達の元へ急ぐ。

また暴風を巻き起こされたら堪ったもんじゃない。

黒爺からナイフの形をした光の矢が数本飛んでいく。


星宮天狗さんも接近戦へ持ち込むために移動を開始した。

雛ちゃんと黒爺の周囲には仲間の妖怪達が陣取っている。

「雛ちゃん、皆を守ってやってにゃ!」

「はーい。」

相変わらずマイペースな返事だったけど、真剣な目をしていた。


木の上から矢を飛ばしてくる天狗達の攻撃を半透明の壁を作って防いでいる。

天狗達は地上に二人、木の上に一人を残し反撃してきた。

上にいるのがリーダー各だと視える。

「韋駄天は下の奴らに攻撃にゃ!星宮天狗さん!共闘願いますにゃ!」

「ほいきた!」

「心得た!」


二人は直ぐに行動に移す。

木を利用して、三角飛びのように高いところから短剣で突撃しつつ直ぐに離脱する、韋駄天のヒット&アウェイ攻撃。

なかなかやるじゃない。

これを特訓していたんだね。


地上では、私と腕試しをした江戸時代の剣士さんが前衛を担っている。

剣術では上だが、妖術では敵わないかも。

そこを黒爺の攻撃、雛ちゃんの防御が上手く機能しているように見える。


下は何とかなると見込んで、私は星宮天狗さんと共に、上にいるリーダー各を追い詰める。

彼は短刀を懐からだし、右手に扇子、左手に短刀という構えをする。

下駄を履いているはずなのに、器用に枝に乗ったり、他の枝に飛び移ったりする。

これも妖力の力を利用しているようね。


私は蘭ちゃんの身体能力を思う存分使用して、枝から枝へ移り、木を蹴って方向を変える。

しっかり止まる時は鋭い爪が役に立つね。


烏天狗のリーダーと星宮天狗が妖術で応戦しあう。

光の矢が鋭く飛び交う。

お互い器用に交わすけど、その隙に烏天狗のリーダーと同じ枝に乗る。

朱雀を逆手に持ち細い足場で斬撃を繰り出す。

扇子は盾にもなるようで、上手く弾かれていた。


回転しながら攻撃をの手を緩めない。

私が止まれば剣術と妖術を巧みに使う天狗の方に分がある。

地上では剣士さんによる奥義 燕返しが決まり一人の烏天狗を斬った。

他の妖怪達も加勢し、もう一人も追い詰めていく。


私は枝の上でバク転をしたり、落ちる振りをして枝を鉄棒のように扱いながら元の位置に戻ったりしつつ闘う。

動きに翻弄され、その隙に星宮天狗さんからの追撃もある。

烏天狗のリーダーは徐々に追い詰められていく。


「ふはははっはははっ!」

追い詰められているはずなのに、リーダーは不敵に笑った。

その瞬間、嫌な空気を感じ取る。

「星宮天狗さん!離れてにゃ!!」

自分も逃げる。


ブファァァァァァァァァァ!!

間一髪で避ける。

黒い霧のような物を吹き出した。

それに触れた木の枝が枯れ落ちる。


「!?」

何アレ…?マジでヤバイ…。

私の真実の目では、命を吸い取るほどの毒の霧に視えた。

星宮天狗さんは、扇子を構える。

ダメ、それはダメ。

「扇いだら毒が広がっちゃうにゃ!」


私の言葉で彼も気付いたようだ。

「何とやっかいな…。貴様、闇堕やみおちしたな…。」

闇堕ち?

不思議そうな顔をする私を笑うかのように烏天狗のリーダーが高笑いする。


「今の巫女はそんな事も知らないのか?」

むぅー。今直ぐ叩き斬ってやりたいけど、毒の霧と闇堕ちが理解できないと迂闊に近づけないよ。


「こやつは、もう妖怪ではない。魔物まものだ…。闇の力に手を染めて己の欲望のためだけに悪事をはたらく。己のためなら…、それこそ閻魔大王とも手を組むだろう…。」

「魔物…。」

もう話し合う余地すら無い存在なのね…。

その代わり得た力は強大だと…。

確かにこれは厄介ね…。だけど…。




「「「朱雀に斬れぬもの無しにゃ!!!」」」




烏天狗リーダーが怯んだ。

魔物であろうとも、ことちからは通用する。

彼はさっそく毒の霧を吐いてくる。

目の前が真っ黒になるほどの濃い霧へ向かって一閃する!


スパンッ!!

星宮天狗さんには、空間ごと斬ったように見えたかもしれない。

斬られた毒の霧は四散した。

私の赤く光る目は、斬れた空間の先の烏天狗リーダーを捉えている。いける!

ブォンッ!!!


突風!?不意の攻撃に飛ばされながらも、蘭ちゃんの身体能力を利用して、木々を飛び回りながら地面へと着地する。

敵は…。


「いなくなっちまったな。」

韋駄天の声だ。

振り返ると、地上で闘っていた仲間がいた。


「皆!怪我は…、怪我は無い?大丈夫にゃ?」

ん?右手を頭に、左手をお尻に回して確認する。

そうだった。


「蘭ちゃん、ありがとう。」

ポンッと蘭ちゃんとの憑依を解除する。

憑依していないと、ちょっと体が重い気もする。

脚力の差なのかな?


剣士さんが、小さな狸の妖怪を抱えている。

「怪我をしたの?」

「いや、もう手遅れだ…。敵の天狗の扇子が真っ黒になったかと思うと、それで触れられた者は即、死んでしまった…。無念でござる…。」

私は彼の腕の中でぐったりと眠る、けれど満足そうな顔をした狸さんに向かって手を合わせ祈った。

どうか、安らかに眠ってください…。


「彼らの犠牲を無駄にしない為に、私達と一緒に闘いましょう!」

私は皆に聞こえるように大きく叫んだ。

その言葉を聞いた妖怪さん達は、力強くうなずいてくれた。


けれど心配は付きない。

こうやって刺客を送られたり、各個撃破されては何の意味もない。

そこで私は提案してみたよ。


「一度ここを放棄して、中央地区に集結するのはどうかな?皆には心苦しいところだと思うけど…。」

この言葉は東地区の妖怪達のプライドを深く傷つけたと思う。

私に対して敵意を向ける妖怪もいたから…。だけど…。


「ごめんね、皆…。辛いけど、今はもっと重要なことがあると思うの。一時の感情に流されないで…。お願いします!」

深く頭を下げた。

みんなの命を守る為にはこれしかないと思う。


「うむ。ワシからも協力を願う。」

応援してくれたのは、意外にも星宮天狗さんだった。

「星宮天狗!あんた、ここの生まれで…、言ってみれば故郷だろ!それでいいのかよ!」

誰かが叫んだ。


「そうだな。だけどな、さるとらへびに負けたら結局故郷も何もかもなくなるんだ。そうだろう?」

「いや…、まぁ…、そうだけどよ…。」

「それにな、俺はこの巫女殿に賭けてみたいと思った。強さだけじゃない。諦めない心、そう、信念や情熱、それに古い常識に捕われない行動力や発想力。今まで見てきたどの巫女に無いものばかりだ。今までは、なし崩し的に高賀山から零れてくる霊力だけにすがってきた。しかし、攻勢に出てきたからには、向かい撃たねばならぬ。ここいらで決心しようではないか!」

彼の言葉に、まっさきに剣士さんが片膝を付いた。

「御意に!」


すると他の妖怪達も反論する者はいなかった。

「最後に問おう。さるとらへびに付くものは遠慮なくこの場から去れ。最後の警告である。」

しかし誰も消える妖怪はいなかった。

私は緊張感を持って彼等の意志を受け取った。


彼らが一大決心した要因の一つには、私の力も含まれているからだ。

どんどん大きくなる責任感…。

だけど逃げだしたいとは思わない。


「中央地区の高賀山自然の家に集合しましょう。あそこには岩蛇さんも居ます。」

ポケットから岩蛇さんに貰った鱗を取り出す。

「岩蛇さんは私の意思に従ってくれると言ってくれました。」

おぉー、という驚きの声があがる。

もしかして、これって凄いことなの?


「己の一部を巫女に預けるということは、生死を共にするのと同じ意義。岩蛇殿の覚悟、確かに見せてもらった。」

そう言って星宮天狗さんは腕に巻いていた数珠を私にくれた。

「これを手首に巻いておくといい。岩蛇殿の鱗と同じ意味を持つ。」

そして私に対して片膝をついた。


「我ら東地区の妖怪は、巫女殿に付いていく。どうか我らを導いてくれ!」

他の妖怪も彼に習った。

「共に…、共に闘いましょう!!」


オオオオォォオォォオォォォォォォォ!!!!

大きな歓声が響く。

そして妖怪達は姿を消していく。

岩蛇さんと合流するためだ。


「どれ、ワシらも行くかの。」

「どこに?」

「そうじゃのう、とりあえず近場の南地区に行こうとするかの。南地区まで抑えれば、高賀山から見て南側はほぼワシらの同盟側で固めることが出来る。それに、南地区の代表者はちと風変わりだしの。この辺で、片を付けておいた方がよかろう。」

「わかった。韋駄天!頼んだよ!」

「あいよー!」


こうして私達は南地区の妖怪達の根城へ移動することにした。

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