第74話

 「で、根城ってどこ?」

そうじゃな。説明しておらんかったな。

「板取川じゃ。岩蛇殿がいる場所から少し南じゃ。」

「ん?」

「とりあえず、旧高賀橋より南側の川辺にいってみろ。」

「了解!」

ストンッといった感じで、直ぐに川辺に付く。


サラサラと流れる透明度の高い水と、川の両側に生い茂る木々が迫ってくるような場所じゃな。

ここはゆっくりと大きく川が曲がっていて、川幅が広く水深は浅い。


「うーむ、妖気はこの辺からするの。」

全員の移動が終わると、皆が妖怪を探す。

すると、向こうからやってきおった。


「なんの用だ。ここは我らの縄張り。用が無いなら帰れ。」

「まぁ、見れば分かるが、そなたがガマ殿じゃな。」

「左様。」


ガマ殿は名前のごとく蛙だが、体はとてつもなく大きい。

この川幅の広がっている板取川の半分を埋めているほどじゃ。

縦も横も二十尺約6メートルはあろうか。

いや、もっとあるかも知れん。

腹が異常に膨れているが、これには訳がある。


「一度は失敗したが、再度ワシらと共に打倒さるとらへびに向け協力してはくれまいか?」

「うむ…。知っての通り、ワシはここを離れられぬ。故に二人の代理人を立てたいが…。まぁ、とりあえず話してみなされ。」

「うむ…。確か、狐女こじょじゃったと思ったが…。」

ガマ殿には重要な任務がある。

それももはや400年以上続いておる。


まずこの場所に関係がある。戦国時代のことじゃ。

ここは修行僧が集う場所として栄えておった。

その数、実に数千人とも言われておる。


そこへ仏教を学ぶ修行僧に化けて、激しく抵抗してくる輩を排除しようとした織田信長が攻めてきた。

そして高賀山自然の家のある地域、木作きつくりと呼ばれる場所で激しく衝突した。

結果、三千人の坊主達が皆殺しとなり、板取川の淵へ沈められ、この川は真っ赤に染まったという。


地元ではその様子から、三千淵さんぜんふちと呼ばれているそうじゃ。

そこより少し下流へ下ったこの場所は、その時の怨霊が集まり、わだかまりを作っておった。

このままでは無関係の人達が巻き込まれ殺されてしまうと危惧したガマ殿が、三千という怨霊を全て飲み込みおった。


それ故、腹は膨らみ身動きが取れなくなっておるという訳じゃ。

しかし、彼もまた高賀山から溢れる霊力で何とかなっておった。

それが崩れ四苦八苦していると思っておる。


彼を支えるのは二人の狐女こじょ

長女は朱狐あかぎつね、次女が蒼狐あおぎつねと呼ばれておるはずじゃ。

朱狐は攻撃的な妖術が、蒼狐は治癒的な妖術が得意と聞く。

その二人が他の地域から襲ってくる妖怪や魔物を追い返し、ガマ殿を守ってきた。


「………ん?」

しかし現れたのは、青い傘を持ち、美しい着物を羽織り、綺羅きらびやかな髪飾りを付けた蒼狐殿の方だけじゃった。


「朱狐殿はどうした?」

ギュッと唇を噛み、厳しい視線をワシに向けてきた。

「姉者は今、瀕死の状態にある故…。」

それは、先のさるとらへびとの闘いでの傷を指しておるじゃろう。

想像以上に各地区の損害が大きいぞよ。

急ぐ必要がある…。


じゃが…。この様子では協力は厳しいか…。

「あんなくだらないいくさに巻き込まれ、我ら姉妹どころかガマ様も苦労なされておる。どうするつもりじゃ?」


ワシが反論しようとすると、水樹殿が前に進みでた。

「ごめんなさい…。私が至らなかったばかりに…。」

そして深々と頭を下げた。

それを見た蒼狐殿はワナワナと震えながら怒りを抑えている。


「けど…、今立ち上がらないと、高賀山周辺は地獄となります!」

顔を上げた水樹殿からは赤い霊力が溢れ、目も真っ赤になっておる。

「それは承知しております!」

蒼狐殿は悔しそうに下を向いた。

そして不敵な笑みをこぼす。


「よって、我らはこの地を放棄しようと思っています。」

「なんと!?」

ワシは驚いた。妖怪はその土地に棲む。

どこでも良いと言うわけではない。

自分達に適した土地に棲むことにより長く反映することを望む。


ガマ殿が腹に三千の怨霊を抱えておる以上、もはや移動は困難。まさか…。

「三千もの怨霊を長年封じ込めてきたというのに、この地の人間どもは祠一つ建てぬ。感謝の意も無し。ならば怨霊をこの地に吐き出し、そして我らは他の平穏な場所へ移動いたしまする。」

やはり…。流石に三千の怨霊というのはマズいのぉ。

皆でかかれば数日で消滅させることも出来るかも知れぬが、その時間と労力が勿体無い。

今は時間がないのじゃ。


「ほぉ、それは良いことを聞いた。」

突如、川の上空から声が響く。

この低く威圧感のある声は…。


「さるとらへび!!」

水樹殿が指差す方に、悠々と空中を歩くさるとらへびがおった。

ニヤリと笑う猿の顔からは邪気が溢れておる。

水樹殿が斬って一本となっておった蛇の尾は二本に増えておる…。

奴は、高賀山の霊力を目一杯使って回復に専念しておった。

直ぐに仲間達に緊張が走る。


南地区の妖怪達は、ガマ殿と蒼狐殿を除いて近くの森へと逃げ込みおった。

元々、ここに棲まう妖怪達はガマ殿を慕って集まった温和な者が多いと聞いておる。逃げ出すのは仕方あるまい。

ワシは直ぐに霊力を高め遠距離攻撃の準備をする。

じゃが、いかんせん距離がある。

攻撃の機会を待つ。


「蘭ちゃん!」

ボンッと蘭丸を呼び出した水樹殿は、式神である蘭丸にまたがり空を駆け上がる。

「隙を見て援護をお願い!雛ちゃんは蒼狐さんとガマさんを守ってあげて!!」

いつの間にか指示も的確になってきておる。

こんな時に何じゃが、まこと頼りになる巫女殿じゃ。


しかし、さるとらへびは素早く天を翔けると、一直線にガマ殿の真上に移動し、二本の尾である蛇を伸ばし巨大なガマ殿を巻きつけおった。

「いかん!!尾を斬れ!!」

水樹殿が蘭丸に乗ったまま突撃する。

が、突如巻き起こった突風により押し返される。


カラスの大群を従えた烏天狗が二人。先ほどの奴らじゃ。

その間にもガマ殿は蛇の尾によって締め付けられていく。

このままでは…。


「オオオオオオオオォォォォォォオオオォオオォオオォォォ!!!!!!」

ガマ殿の悲痛な叫びが響き渡った瞬間、板取川には真っ黒な怨霊で溢れかえった。

その数およそ三千…。


最悪の事態を目の前に、ワシらは何もすることが出来んかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る