第75話

 あらあら、どうしましょう~?

大蛙のガマさんから大量の黒いゾンビのような人達が吐き出されていきます。

「雛ちゃん!下がって!!」

水樹ちゃんが私を心配してくれています。

素直に後ろに下がります。


だけど、それほど怖くはありません。

確かに見た目はグロいけども、動きも遅く、倒そうと思えば私でさえ何とかなりそうな気もします。


「雛殿、油断は大敵じゃ。傷を負えばただでは済まされぬ。」

「はーい!」

ダメダメ。私ったら、つい調子に乗っちゃって…。


韋駄天さんが前衛に陣取り、右手に短剣を持ちながら、腕を広げてゆっくり下がってきます。

大量の怨霊さん達は吐き出され起き上がると、近くの動く者に反応して向かってきてるようです。


「韋駄天!」

水樹ちゃんと韋駄天さんがアイコンタクトを取っています。

どうゆうことなのでしょう?


韋駄天さんは理解したのか、広げていた手を狭めて、体の前で短剣を両手で握ります。

あれは突撃する構えです。

私は不足の事態に備えましょう。


「ヤアアアァァァァァァァァァアアァ!!!」

水樹ちゃんの掛け声で韋駄天さんも走り出します。

ドンッ!!!


もの凄い水飛沫と共に彼の姿が消えると、一直線に黒い亡者達の中を駆け抜けます。水樹ちゃんはさるとらへびに攻撃を仕掛けますが、烏天狗からの暴風で思うように近づけないように思えます。


「え゛え゛い゛!!」

黒爺さんからも遠距離攻撃が飛びます。

だけど、全員の隙を付くかのように烏天狗から弓の攻撃です!


「そーれぃ!」

私は直ぐに透明の壁を張ります。

キンッ!キンッ!と敵の攻撃を凌ぐと、手にその振動が伝わってきます。


「何て悪意なの…。」

私の隣では蒼狐さんが傘でさるとらへびを隠しながら震えていました。

「私の後ろにいてください。」

声を掛けると、彼女は素直に従ってくれました。


「あなたは怖くないの?目が合っただけで殺されそうな猛獣が…。」

私は敵の動きに注意しながら答えます。

「もちろん怖いです。夢ではいつも殺されかけています。しかし理不尽な力に困っている人が居ます。私はおっちょこちょいで、鈍いし、行動力もあまりありません…。だけど、神様はこんな私に治癒の力を授けてくださいました。だから、その不思議な力に応えたいと思っています。」

「応える?」


「はい。普通の人間なら諦めちゃうことも、私には挑戦することができます。だったら、思う存分、この力を使ってみたいのです。そして、その先に何があるのか、私は見てみたいのです。これは普通の人には見ることが出来ないことなのです。」

「殺されてしまうかも知れないのですよ?」

「それも一つの答えです。」

「なっ………。」

蒼狐さんは酷くショックを受けたようです。

だけど、これが私の決意なのです。

そして覚悟なのです。


「この不思議な力の恩恵に預かりながらも、どうして私は普通に産まれなかったのか、ずっと悩んでいました。その答えが見つかるかもしれません。だから、私は戦いたいのです。」

「あなたは強いのね…。」

「いえ…。私は弱いです。一人じゃ何も出来ませんでしたから…。けど、同じ境遇の人達に幸運にも出会うことが出来ました。その人達の強い強い決意を見ていると私も奮い立つことができます。」


そしてにっこり笑った。

彼女は一瞬驚いた後、優しく微笑んでくれました。

その時、上空のさるとらへびが動きます。

二本の蛇の尾をながーく伸ばすと、三千もの怨霊を絡めとり、ギュッと締め付けるとそのまま持ち上げて高賀山の方へ持ち去ったのです。

その後を烏天狗と大量の烏達が殿しんがりを守りながらついていきました。


直後、目の前に韋駄天さんが戻ってきます。

「雛さん、蒼狐さん、ちょっと診てくれ。」

そう言って差し出した両手の平には、小さく震える蛙さんが居ました。

さっき突撃したのは、怨霊を倒す為ではなくて、ガマさんを助ける為だったんですね。


「ガマさん、こんなにちっこくなっちまった…。大丈夫なのか?」

あの巨大な蛙だったガマさんが、怨霊を吐き出したら手の平サイズになってしまいました。

私が見た限りでは特に問題はないようです。

ただ、妖気が極端に少なくなり辛そうにみえました。

そう答えると蒼狐さんが提案しました。


「霊力が宿る物に、一時的に取り込んでもらいながら回復するのが良いと思います。」

そう言うと、彼は短剣を持ちだした。

「ガマさん、この中に入って回復出来るかい?」

するとガマさんは何も言わず煙になり、短剣の中に消えていきました。

『済まぬが暫くやっかいになる…。』

そう鞘の部分から聞こえます。

水樹ちゃんが、皿の欠片に牛鬼さんを回復させる為に宿しているのと同じ原理のようです。


「皆!大丈夫!?」

蘭丸ちゃんと共に水樹ちゃんもやってきました。

「うむ、怪我は無いが、ちとやっかいな事になってしまったのぉ。」

黒爺さんは何かを察しているようです。

「さるとらへびは、あの三千もの怨霊を手下にした。一つに練り上げ化け物を作り出すかもしれぬし、三千という兵隊を作るかもしれぬ。」


「おいおい、どうなっちまうんだよ…。」

「恐ろしいことじゃ。400年以上の恨みを抱えた悪霊を三千も集めたら…。もうワシには想像もつかぬ。」

「起きてしまった事は仕方ないよ。出会ったその場で対策を練りましょ。」


「ところで、朱狐さんの容態はどうなのでしょう?」

私は怨霊の行方よりもそっちが気になります。

「姉者は…。はらわたをエグられ瀕死です…。」

「水樹ちゃん!」

蒼狐さんの言葉に私は居ても立ってもいられませんでした。


「よし!やろう!」

えっ?という顔をした蒼狐さんに無理やり案内させて朱狐さんの元に行きます。

川を国道と反対側へ移動し、古道に出ました。

そこから更に山に入った先に少し開けたところがあり、そこには赤い傘で隠すように一人の女性が寝ていました。

覗きこむと左腹がそっくりありません…。何という事でしょう…。

この状態でもまだ息があるのは、妖怪ならではの生命力でしょうか。


私は直ぐに横に座ります。

朱狐の顔を挟んで反対側には蒼狐さんが座りました。

私は蒼狐さんの目を覗きこみました。

彼女も同じく強い決意を感じます。


二人はほぼ同時に祈り始めました。

私の脳裏には、着物を着た二人の女神が見えます。

彼女達に向かって必死に祈りました。


朱狐さんの傷口が派手に光り出し少しずつですが元に戻っていきます。

だけど…。

額から頬を伝い、顎からはボタボタと滝のように汗が落ちていきます。

私はそれでも祈りを辞めません。


「まずいのぉ…。」

黒爺が察してしまいました。

圧倒的に霊力が足りません。

蒼狐さんも私と似たり寄ったりな様です。

彼女の方が無理をしているようにも見えます。

そりゃぁそうでしょう。

最愛のお姉さんを助けるために必死なのですから。


その時、ふと右肩に暖かい手の感触を感じました。

見上げると水樹ちゃんの左手でした。

彼女は右手を蒼狐さんの左肩に置きます。


「私の霊力を使って!運良くさるとらへびと戦わずに済んだから、霊力は余っているの!」

私は驚きました。

二度目とはいえ、彼女から送られてくる洪水のような霊力に…。

「本当なら、私が未熟な為に傷付いた仲間達を、私自身の手で治療してあげたい…。だけど私にはそんな力はないから…。だからせめて…、せめて私の霊力で…。」

更に霊力は私の体に押し寄せてきます。

圧倒的でありながら、不純物が一切含まれていない真水のような霊力…。


これが水樹ちゃんの力の源…。なんて純粋なの…。

それに早く霊力を消費しないと、私の器からこぼれちゃう…。


キンッ!!


キンッ!!!


朱狐さんの傷口が更に激しく光り出します。

きっと蒼狐さんも同じように思ったのかも知れません。

二人はほぼ同時に強い光を周囲にまき散らしました。

すると、今までとは段違いの速度で回復していきます。


!!!

最後は一瞬で傷口が塞がりました…。

何という力…。

これが千年に一度現れるか現れないかと謳われる巫女の力…。


私はますます水樹ちゃんに興味を覚えます。

今日は頑張った私へのご褒美に、一緒に寝て欲しいくらいです。

そう思った時には意識が薄れ、私と蒼狐さんは同時に倒れてしまいました。

あぁ、せめておねだりしてから倒れたら良かったのに…。


こうして南地区での闘いは終わり、援軍が来るかどうかは蒼狐さん、朱狐さんの体の具合も見ながら期待することとなりました。

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