第68話

 グラウンドは一気に混乱へと導かれた。

「おいおい!どうなってんだ!?」

俺もどうして良いかわからない。

水樹は…、水樹はどこだ…!?


「おい!韋駄天!水樹殿を補佐するぞい!!」

彼女は既にさるとらへびへ突撃している。

敵に先に動かれると被害が大きくなるからか?


さっきよりも水樹から溢れ出る霊力が増えている。更に力を開放しているのが分かる。


ドンッッッッッ!!!!!

地響きがするほどの、鋭く強烈な一撃を問答無用でさるとらへびに入れる。

小石が飛び散るほどの攻撃だったが、奴は猿の口で妖刀 水樹を咥えて止めた。

なんて奴だ…。


グォォォッ!!

左、右と水樹ごと朱雀を振り回す。

彼女の足は地に着いていないほどの勢いだ。

そして宿の方へ放り投げられた。


「水樹!」

俺は一気に加速し彼女を受け止める。

そして飛ばされてきた方へと走る力を加え、投げられた力と相殺する。

「韋駄天!速く!さるとらへびのところへ!!」

彼女の赤く光る目は、常にさるとらへびを捉えている。

「任せろ!!」


俺は言われるがままに最大出力で加速する。

景色は流れるというより一瞬で移り変わる。

さるとらへびの真横から突撃し、少し手前で水樹を離すと俺はそのまま奴に突っ込んだ。


グニャッ

肉を潰すような感触が肩から伝わり、奴は3メートルほど吹っ飛んだ。

体勢を立て直す前に水樹が追い打ちをかける。

ザンッ!!

胴体ごと斬ったかに見えた。


だが、奴は鋭く高くジャンブし攻撃を交わしていた。速い…。

今までのどの妖怪よりも素早い。

着地と同時に突撃してくる。


南無八幡大菩薩なむはちまんだいぼさつ!!え゛え゛い゛!!!」

後方から黒爺の声が響くと、ナイフのような光の矢が弧を描きながら奴へと向かっていく。

素早い移動がかえって交わしにくくしていたのか、そのうちの一本が奴の胴体を削った。

それでも奴は速度を落とすこと無く突撃する。

「韋駄天下がって!」

水樹の叫びに無条件で従う。

後方へ移動し、危ない時は彼女を逃がせるよう準備しておく。


彼女は腰を深く落とし、右横後方へ大きく朱雀を振りかぶる。

「アアァアァァァアァアァァァ!!!!」

タイミングを測り、叫びながら朱雀を振りぬく!


ザンッッッッ!!


何かの手応えはあったのか、水樹は油断すること無く、彼女の脇をすり抜けたさるとらへびを目で追う。

奴の尾は一本になっている!


「今だ!かかれーーーー!!!」

星宮天狗ほしのみやてんぐの号令だ。

動揺していた妖怪達は、水樹が有利になるとみるや勢い良く襲いかかってきた。

しかし、先ほどの剣豪の攻撃も、天狗の攻撃も、岩蛇の体当たりも、矢や妖気による遠距離攻撃さえも、どれもこれもそれも全て交わし、一人噛み殺され、一人は鋭い爪で致命傷を追う。


何て奴だ…。

この状況下でもまったく力が衰えることはない。

むしろ、うさぎが大量にいる小屋の中に入れられたライオンのようだ。

奴の爪を振りぬけば、何人もの妖怪が倒れていく。

中には、傷ひとつ付けられないで死んでいく仲間もいた。

これではいくら数がいようが関係ない。

被害が大きくなるばかりだ。


水樹は月弓を構えると、10本ほどの矢を周囲に浮遊させた。

躊躇ちゅうちょなく放たれた矢は、仲間の背後より鋭く弧を描きさるとらへびを襲う。

そのうちの一本が奴の右後ろ足にヒットした。これはチャンス。

明らかに動きが鈍くなる。


俺も高速移動からの体当たりを仕掛け、踏ん張りが効かないところへ仲間たちが一斉に襲いかかる。これはいい流れだ!

水樹も妖刀 朱雀に持ち替え攻撃に参加する。


「皆どいて!!」

大きく振り被りながら渾身の一撃をぶちこんだ!


ドンッ!!!


しかし、飛ばされたのは水樹や仲間の妖怪達だった。

さるとらへびは妖力を爆発させ、その威力で周囲の土砂ごと吹き飛ばした。

あ…、あぶねぇ…。突っ込んでいたらただでは済まされない。

水樹が片膝を付き立ち上がろうとしているところへ、奴が突っ込んでくる。


「ほいさ!!」

黒爺が再び光のナイフを飛ばす。

今度は見切られるが、奴の足を一瞬止めた。

そこへ俺が突撃をかます!


ドンッ!

鈍い音と共に奴がふわりと吹っ飛ぶが、その時尾である蛇から水樹に向けて何かが発射された。


シュッ!

「!?」

毒針のようだ!マズい!

直ぐに水樹に駆け寄ろうとするが、二発目が発射される。

シュッ!!

一発目は水樹がのけぞりギリギリ交わすが、懐から、あの鏡が飛び出した。

その鏡に向けて二発目がヒットする!!


俺は、まるでスローモーションのように映像がゆっくり動いているように見えた。

鏡が割れ、その破片が水樹の姿を映しだすと、鏡の中の世界へ彼女を引きずり込んだ!


そうだ、あの鏡を割ると、一番近くにいる者を、鏡の中に捕らえられてしまうと黒爺が言っていた!

俺は無意識に駆け出し、粉々になっていく鏡の破片の中の水樹を探した。


『韋駄天!!』

小さな声が、小さな破片から聞こえると、一瞬で目の前まで移動し、直ぐに右手を突っ込んだ!

「間に合え!!!!」

何かを掴むと直ぐに引っこ抜く。


ドサッ…。

彼女はギリギリで鏡の中から抜け出し、鏡の破片はパラパラと地面へと落ちていく。

「水樹殿!」

黒爺が駆け寄る。

俺は荒い息でまともに会話も出来ない。

なんとか目を開けて見た彼女の姿は、ボロボロの服にいたるところが血まみれで苦しそうに細かく震えていた。


「み…、水樹ーーー!!!」

そこへ猛然とさるとらへびが襲いかかってきた!

ドコォォォォッッッッ…。

岩蛇が口から50センチぐらいの岩を勢い良く吐き出すと、その塊が奴の胴に当たり、そのまま遥か彼方へと飛ばされていった。

そしてそのまま姿を消した。


周囲を見渡すとまともに立っているのは後方支援をしていた妖怪だけで、前線で闘っていた仲間はみな傷つき倒れ込んでいる。

岩蛇も胴の一部が食い破られ、口から血を流しながら悔しそうに地面の中へと消えていく。


それを見た他の妖怪達も各々消えていった。

真っ暗なグラウンドには俺達三人だけが取り残された。


「これはマズい…。早く治療をしないと…。」

「そ…そんなこと…ハァ…ハァ…、言ったってよぉ…ハァ…ハァ…。」

万事休す…。

そんな言葉が頭をよぎったその時。


「大丈夫ですか!?」

突如背後から女性の声が聞こえたのだった。

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