第77話

 「岩男さん、あなたには私の力が見えているはずです。それに中央地区、東地区、南地区は協力を承諾していただきました。」

そう言って岩蛇の鱗と星宮天狗ほしのみやてんぐの数珠を見せる。

俺も短剣を突き出しガマが宿っていることを見せた。


「ほう。私には死人が増えたように見えるが…。悪いが私達西地区は、静観をさせてもらう。勝った方の意に従おう。」

「何を言っているのです?さるとらへびが勝った場合、あなた達はここから駆逐されます!それどころか、多くの死人が出ます!」

「その時は、私が仲間の盾となり皆を逃がそう。」

そこまでの決意をしているのは何故だ?だったら最初から闘ってもいいだろうに…。


もちろん水樹もそこに気付いているはずだ。

「ならば、私があなたを倒し、仲間を導きます。そして高賀山を開放し、どの地区も平穏に暮らせる世界を作ってみせる!」

ドンッ!!!


水樹は本気だ。

一気に溢れかえった霊力は今までの比ではない。

目は燃え上がるように真っ赤になっていた。


「水樹殿の器はどこまで大きくなるんじゃ…。千年に一度という言葉が虚しくなるほどじゃ…。」

黒爺の言葉に納得せざるを得ない。ちょっと怖いくらいだ。

だが、さるとらへびと比べるとなんとも言い難い。

あいつの悪魔的な恐怖感、威圧感は圧倒的で絶対的だ。


とは言え、他の妖怪達と協力して立ち向かうとなると信憑性が増してくるほどの力を水樹は持っている。

もちろん向こうもさるとらへびだけじゃない。


烏天狗のように向こう側の妖怪も多数いるだろう。

状況は均衡していると思う。

だからこそ、西地区、北地区が仲間になってくれれば勝算は十分あるだろう。

逆に敵に回ったら辛いかも知れない。

その辺は岩男も分かっているのかも知れない。


そんな岩男は誘いに乗ってこないな。

「口は達者だな。ならば、力を誇示してみせよ!」

岩男はふわりと飛ぶと、水樹の目の前に着地する。

ドスンッッッ…


意外と身が軽い。

雛さんも俺も身構えた。

「これは一対一の決闘。誰も手出ししちゃダメだよ。」

そう言って妖刀 朱雀を抜く。


剣先を左上から右下へ振り下ろすと、ブォンという音と共に2倍ぐらいの長さになった。

今までよりも更に長くなったな…。

「見事じゃ…。」

「あらあら素敵…。」

仲間達も驚いている。


水辺で見守る西地区の妖怪達も、顔を出しながら様子を伺っていた。

静かに対峙する二人。

サーッと風がなびいたのが決闘の合図となった。


一瞬で間合いを詰める水樹の放つ一閃。

岩男の上半身と下半身が切り離される。

何だよ、水樹が圧勝じゃないか…。


そう思ったのもつかの間。

磁石で引き寄せるかのように元に戻る。

そうか、黒爺が言っていたように核を破壊しないといけないんだな。

水樹は気付いていて、敢えて斬ったような感じがする。


恐らく、これが力を誇示するということなのだろう。

案の定、向こうの妖怪達もざわめき始めている。

さっきの一太刀は、素人の俺が見ても見事というしかない。


「なるほど、岩をものともせず私を斬れるか…。口だけではないようだな。だが、知識がなさすぎる。ただ強いだけでは認めることはできん。」

「そう?いいの?」

やはり水樹は核の破壊をしないといけないことを理解している。


だが、あんな岩だらけの体のどこに核が…。

それに、彼女の言葉に核の存在を知っていることは岩男にも分かっているはず。

なのにあの余裕は…。

水樹は岩男から少し離れ様子を見ると、直ぐに駈け出した。


「おい!」

俺が叫んだのは、岩男とはまったく関係ない所へ走っていったからだ。

池の周囲沿いに進むと、一本の杉の木の裏に隠れる小さな女の子の妖怪に向けて朱雀を振り上げた。

キンッ!!

寸前のところで岩男の腕が吹っ飛んできて少女を守る。


「続ける?」

「ぬぅ…。何故分かった?」

「私は父から『真実の目』の力を受け継いでいます。」

「なるほど。ならば核を破壊し、皆を連れていくが良い。」

「いいえ。あなたも一緒に闘ってください。」

「成らぬ。」

「理由を教えてください。あなたほどの実力者がここを離れない理由を。今までの動きで、岩蛇さんの呼びかけに、岩の体だから来られなかったというのは嘘ですよね?」

「ぬぅ…。」


さすが水樹だわ。

言われてみれば、見た目は岩だが移動に関しては軽やかだった。

重さを感じさせない動きだったしな。

そうなると動けないんじゃなくて離れられないんだ。

感心していると水樹は名も無き透明な池を見た。


「そういう事なのね…。」

「『真実の目』の前では隠し事は出来ぬな…。察した通りだ。この池には河童が棲んでおる。そやつに最愛の妻を拉致されていて動けぬ。」

「なるほどのぉ…。岩だけに泳ぎは出来ぬな。」

黒爺の解説は分り易い。

というか、俺らが知らなさすぎるんだな、妖怪というものに…。


「泳ぎが得意なお仲間さんは居ないのかな?」

雛さんの意見だが、パッと見、泳ぎが巧そうで河童に勝てそうなのはいない。

つか、河童ってそんなに強いんか?


「ならば私が行って説得してみる。」

「ならぬ。」

水樹は直ぐに池に飛び込もうとしたけど、黒爺に止められた。

「なんで?」

「流石に河童と水の中で闘うのは無理じゃ。せめて水にゆかりのある妖怪でないと刃が立たぬ。というか、泳ぎだけに関して言えば河童は最高峰。そして奴に捕まれば水中深く引きずり込まれて溺れ死ぬ。」

「おいおい、こんな浅い池で溺れ死ぬなんてあんのかよ?」

俺の突っ込みに冷静に返す黒爺。


「うむ。河童ほどの妖怪ならば水の中に自分の空間を作り出すことは出来る。つまり、この池を見た目以上に深くする事は可能じゃ。」

「ちょっと待ってください。それでは岩男さんの奥さんも溺れているんじゃ…。」

「それは心配しなくて良い。彼女もまた、水や氷に縁がある妖怪である。」

雛さんの疑問に岩男が答えた。

なるほどねぇ。特徴だけ見れば河童の方が相性が良いじゃねーか…。


「河童は悪戯好きじゃ。最初は軽い気持ちで悪戯したのかも知れぬ。じゃがそれが岩男殿の逆鱗に触れてしまった。故に引っ込みがつかなくなった、というのが事の顛末じゃろう…。」

「おいおい、そんなしょうもない理由で、とんでもない事になってんじゃねーか…。」

「まぁ、よくあることじゃ。力を持っているからこそ、ちょっとしたことで大きな騒ぎになってしまう。」


「兎に角、岩男さんの奥さんを助けましょう。」

「しかし誰が行くんだよ…。」

「韋駄天!」

「おいちょっと待てよ!俺も泳ぎは得意だが河童と張り合おうとは思わないぞ。」

「大丈夫。」

ニシシーッと笑う水樹。

俺のところに移動してくると背後に周り、思いっきり背中を押された。


「おい!」

ドッボーーーン!

大きな水飛沫を立てて池に突き落とされた。

目を開けると、まるでガラスの中に閉じ込められたかのような、綺麗な水中の景色が広がる。

目の前を鯉が泳いでいる。間違いなく水中だ。


息苦しくなって水上に顔を出そうとすると、どこからともなく声が聞こえる。

『小僧。息継ぎは不要だ。』

「ん?」

『まずは口を小さく開けて少しずつゆっくり息を吸ってみろ』

浅い池だし、騙されたと思って試してみる。

駄目なら顔を出せばいいと思った。


ス…スゥーーーー………。

「!?」

息が吸える!

『上出来だ。今度はゆっくり泳いでみろ。ゆっくりだぞ。』

言われるがまま平泳ぎで一掻きする。


!!??

水中の景色が一気に飛んだ。

『ゆっくりだと言っただろ。たわけが。』

「ごめんごめん。こんなに速いと思わなかったからさ。」


声の正体が分かった。ガマだ。

短剣を取り出すと、確かにそこから妖力を感じる。

『うむ。ワシの力をそなたに憑依させた。これで水中でも何とかなるだろう。それにお主の足は水中でも生きる。今、速く泳げたようにな。』

「なるほど。状況は把握した。で、河童はどっちだ?」

『下じゃ。』

「下?」


『目で見える物だけに囚われるな。つべこべ言わず下へ行ってみろ』

えーい!こうなったら破れかぶれだ。

水中の土に向かって一掻きすると、景色は飛び更に深い水中へと進んだ。

上を見上げると小さく空が見える。


やべぇ…。

妖怪やべぇよ。

こんなドが付くほどの田舎に、こんなおもしれー事があったなんて。

俺は興奮状態で更に下へと潜る。

この先にどんなことが待っているのか楽しみで仕方がなかった。

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