第14話

 俺は、源爺と瞳を乗せた軽自動車が、神社から遠ざかるのを見送り、母さんのところではなく坂を登り、今日のお祭り会場だった広場へ向かう。

この場所からも祭りの打ち上げの騒ぎが、風に乗って時々聞こえてくる。

辺りはゆっくりと暗くなっていく。山に囲まれたこの地域は、日が沈むのも早い。夜になると星は綺麗だけど、水平線近くに見える星座は山のせいで見ることは出来ないよ。


俺は小さな祠の前にくると、静かに手を合わせた。

そして、何度も、何度も何度も何度も何度も何度何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度お願いした。


瞳を助けてください…。瞳の病気を治してください…。


お願いします…。お願いします…。


お願い…、助けて…。助けて…、助けて助けて助けて助けて…。


このままじゃ、瞳が死んじゃう…。


瞳という色を俺から奪わないで…。


素敵な色を持っている彼女を消さないで…。


俺はいつのまにかボロボロ泣いていた。

涙が次々と生まれ落ちていく。

そして大声で泣き叫んだ。


ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァ…


やまびことなって幾重にも聞こえた自分の声。


ハァハァと荒い呼吸が止まらない。


大切な人を失う恐怖。


まだ出会って1周間も経ってないのに、

どの友達よりも身近に感じ、

どの友達よりも最初に思い浮かべ、

絵を描いていても、

ご飯を食べていても、

風呂に入っていても、

寝る時も、

夢の中でも彼女のことを考えている。


俺は…、どうしたらいいんだ…。


不安。拭い切れない不安。

俺はいつの間にかその場でうずくまり、彼女と出会ってからのことを何回も何回も何回も思い出していた。


 どのぐらい時間が経っただろうか。

陽は沈み真っ暗になっている。

俺の願いは神様に届いただろうか…。

明日、瞳に会ったら、病気が治ったって報告が聞けるだろうか…。

もしも会えなかったら…。

今、この時、彼女は生きているだろうか…。


そろそろ帰らないとヤバい。

何時かわからないけど、もしも夜遅くなれば大騒ぎになってしまう。

田舎は情報が早いから、瞳と会うのも難しくなっては困る。


でも、ここから歩いて帰っても1時間はかからないだろう。

トボトボと肩を落としながら坂を下り始めた。

もしも…、もしもこの時振り返ったならば、俺の運命は変わっていたかも知れない。そこには一人の青年が、純粋な少年の悲痛な願いを聞いて、いてもたっても居られず出現していたからだ。


青年は声をかける訳にはいかず、悲しげな少年の背中を、そっと見守り姿を消した。

坂の下までくると駐車場の外灯が弱々しく灯っていた。

この時間帯まで人がいることはないので、必要最低限しか外灯はないし深夜を待たず自動で消えると聞いたことがある。


急がないと…。

俺は気持ちを切り替えられずに足を速めることはできなかった。

その時である。


「少年。お前の願い、叶えてやろうか?」

ハッとうなだれていた頭をあげる。

周囲に人影はいない。

あまりにも願いを求めたから幻聴でも聞こえたのかと思った。

「こっちだ。丸石のところまで来い。」


足を止め、駐車場付近にある締縄を飾られた大きな丸い石を見る。

少し怪しく光っているようにも見える。

まるで地上に落ちてきた月のようだ。


幻聴かどうか確かめるため、ゆっくりと石に近づいた。

よく見ると締縄が切れて落ちていた。

昼間は繋がっていたから、祭りが終わった後に切れたのかもしれない。

明日締縄を交換する予定になっている。


「お前が想う娘の病気、我が治してやろうか?」

石から声が聞こえる。

石の裏側を見てみたが人影はない。これが悪ふざけなら絶対に許せない。

「どうだ?」

石は更に問う。

「治して…ください…。」

「ほぉ、願うか。ならば、お前の大切な物を貰うが良いか?」

俺は一瞬戸惑った。

もしも命を取られたら、結局、瞳には会えなくなるからだ。

「命までは取るまい。」

「じゃぁ、何を取るの…?」

恐る恐る尋ねた。

「お前の…!!!」

刹那、一瞬だけ石は強く光りだし視界を奪われた。


 「おじいちゃん!光司が帰ってきてないって!!」

電話に出た私は、ウトウトしているおじいちゃんに向かって叫んだ。

お母さんと帰るって言っていた光司は、お母さんには私達と帰ると伝えていて、未だに帰ってきてないという連絡が入った。


「え?なんだって??」

おじいちゃんがアクビをしながら受話器を受け取る。

電話からは声が漏れてきて、光司のお母さんの叫びに近い、悲鳴めいた言葉が聞こえてきた。


何か事故があったとかも考えられたけど、やっぱり神社に残っていて、私の為に祈ってくれていると考えるのが自然だと思った。

「おじいちゃん!高賀神社に行こう!光司はそこにいる!!」

すれ違いや、もうすぐ帰ってくる可能性も考えて、光司のお母さんとおばあちゃんには家に残っててもらうことにして、おじいちゃんと急いで車に乗り込む。

良かった、おじいちゃんが帰ってきてからもお酒を飲んでなくて。


急いで神社に向かうものの、道は狭いし、道路沿いに明かりは少なく、車のヘッドライトだけでは暗く感じる。

スピードを上げたいけど、歩いている光司を轢いいてしまう可能性を考えると、そんなに飛ばせなかった。


何だか嫌な予感がする…。

それほど彼は昼間も思い込んでいる節があったし、時折悲しそうに遠くを見ているのを見逃さなかった。

相当に思い込んでいる…。

私のせいで悩み苦しんでいる…。

それが許せなかったけど、それも彼の優しさ故だということも分かっている。


モヤモヤしながら大きな鳥居をくぐる。

ここまで人影は見ていない。境内付近の休憩後屋のある駐車場へ向かう。

「おじいちゃん!あれ見て!」

「なんだぁ?」


確か、昼間教えてもらった妖怪を封じ込めているとか、あの石の下に埋めてあるとかいう、大きな丸い石がぼんやり光っているように見える。

車のヘッドライトの光か、外灯の光か、月の光を反射しているのか、そもそも石が光っているのかは分からない。

けど、苔が生えた古臭い石が光を反射するとも思えなかった。


ますます嫌な予感が高まる。

かなり近づいた時、石の前に誰かがいるのが見えた。光司だ!

急いで手動タイプの車のウィンドウを下げる。

「コージー!!!」

その声と同時に石が強く光った。

「うぉ!?」

おじいちゃんはビックリして車を止めた。

私は急いで車を降りて、破裂しそうな心臓を気にもせずに彼に向かって走りだした。


彼は薄暗い中、ふわりと飛ばされ、そのまま駐車場のアスファルトの上に叩き付けられて倒れる。


「!?」


彼の姿が大きくなるほど近づいた時、私の視界が歪がみ足が止まる。


心臓が…、心臓が痛い…。


胸が苦しくなり、まるで脳みそを直接ゆっくりと大きく揺さぶられているかのようにかき乱され、呼吸が辛く、視界は揺れて、歪み、立っていられない。


キーンと耳鳴りがし、他の音が聞こえない。





あぁ…、こんな時に…、こんな所で…。





私は、死ぬんだ…。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る