第13話
軽快な祭り
まるで妖怪退治を現しているような情景でした。
私は光司に寄り添いながら大きめの石に二人で座って見ている。
そう言えば境内の入り口付近に、妖怪さるとらへびを退治した時を模した銅像があったので説明の看板も読んでみた。
ただの言い伝えさ、と彼は言っていた。
でも、そのただの言い伝えを、祭り囃子に乗せて舞うっていうのが粋だと思った。
退治役の藤原
ちょっとまばらな拍手は、そもそも人が少ないからであって、舞いに不満があるとか、そういうものではないかな。私はもちろん精一杯拍手した。
さっきから良い匂いがしているので周囲を見渡すと、舞台とは反対側で女手達が料理を作っていた。
どこかで炊いてきたご飯と赤味噌汁、そして鮎の塩焼きを準備している。
紙の器や皿に盛られ次々と並べられていく。
最初に作られた料理は、高賀神社の宮司とおもわれる衣装を身にまとった老人が、立派なお盆に乗せ小さな祠へと持っていく。
祠は石が積み重なった場所に作られていて、目の前には平たい石が置いてあり、そこにお盆ごと料理を置いた。
お神酒を盃にそそぎ、
その中に藤原の高光大明神みたいな言葉が聞こえたから、案外舞いは妖怪退治で合っていたのかも知れないと思った。
古い言葉でお礼をしているよう。
終わるとゆっくり振り返る。村人達は一斉に頭を下げ、何人かは手を合わせている人もいた。
お祓いが始まり、
相変わらず何を言っているのかは理解できなかったけど、蝉の鳴き声に負けず大きな声が静かな山に響いた。
私だけかもしれないが、誰かがみんなを見ているような気がした。
この山の雰囲気がそう思わせているのかも。
神様はみんなを見ているのだと。
光司が神様にお願いすると言った時は子供っぽいとも思ったけど、私もこの山の神様を信じてみようと思った。
祝詞が終わると一気にざわつき、昼食となった。
梅おばあちゃんといると、源五郎おじいちゃんが合流し、そこへ光司のお母さんが料理を持ってきてくれた。
「あら?この前より仲良くなってるんじゃな~い?」
などと、鋭く突っ込まれて顔が火照っているのがわかった。
光司はフンッと照れ隠ししていたけど、これじゃぁバレバレだよね。
この前教えてもらった食べ方で鮎を食べていく。
高い山の中腹で食べる鮎は格別に美味しかった。
「さっきの演舞は妖怪退治なの?」
おじいちゃんに聞いてみた。
「そうだ。よく分かったな。古くから、何回か途切れながらも今に伝わっているそうな。古くからここに住んでる家には妖怪『さるとらへび』にまつわる言い伝えみたいなのもあるみたいだぞ。まぁ、何というか、おまじないや家訓みたいなのばかりだけどな。」
「案外本当にいたのかもね。」
茶化してみた。
「ほれ、そこの坂の下、駐車場の手前の銅像がある近くに丸い大きな石があるだろ。
確かに丸い石があった。苔がまとわりつき、古臭い締縄が巻いてある。締縄自体は祭りが終わると新しいのに変えるみたい。
「口笛を吹くと、さるとらへびがやってくるとかなもあったな。」
「それは蛇とか蜘蛛とかだろ。」
光司が突っ込んだ。そんな会話で盛り上がりながら昼食は終わる。
小じんまりとした部落のお祭りなだけに出店もないし、きらびやかさもない。午後からは地元の太鼓打ち達によるパフォーマンスがあった。
腹に響く音が凄かったし迫力もあった。
最後にお
祭りで使われた道具や料理の後片付けが始まる。
私は妖怪役の獅子舞に興味が出て近くで見てみた。
初老の男の人が、獅子の胴体の方をたたみながら片付けている。
獅子頭をよく見ると、目の部分に切れ目がいれられている。
両目とも横一文字に切られていた。
木製なので最初は裂けてしまったのかなとも思ったけど、どうやらわざと入っているよう。
片付け中の男の人に聞いてみた。
「目のところが切られているんですね。」
彼はニッコリしながら答えてくれた。
「これはね、さるとらへびは高光様に討ち取られたとなっているのだけど、地元の言い伝えでは、両目を切っただけで倒せなかったというのも根強く残っているのだよ。坂下の丸い石に封じ込めるのが精一杯だったとね。舞いはそっちの伝承を演じているらしいよ。」
色々あるんだなぁって思った。
お礼を言ってから片付けの手伝いをしている光司のところへ向かう。
彼と一緒に手伝いをする。
「瞳!」
彼に呼ばれ振り向いた。何だか色んなことが楽しくて楽しくて、つい笑顔で振り向くと、そこには口を半開きにして何故か照れてる光司がいる。
「どうしたの?」
「あ…、いや…。」
「ちゃんと言って!」
「えと…、その…、可愛かったから…。つい見惚れちゃって…。」
「…。」
どう反応して良いかわからなかった。
近くでクスクス笑う光司のお母さんがいた。
片付けが終わるとさっきまでの喧騒は完全になくなり、再び蝉の声だけが響き渡る空間に戻った。
梅婆さんは近所の人と一緒に帰り、源爺は祭りの後の打ち上げに参加している。
夕方には一緒に帰る話しだけはつけてある。
母さんもそれに参加するので源爺と帰るからと伝えてある。
酒の振る舞いやら、その後の後片付けまでやるから、それなりに遅くなるだろう。
再び駐車場の隅にある休憩小屋にやってきた。
ここでさっき見惚れた振り返る瞳を描いた。
色まで乗せて完成すると彼女に見せる。
「今日の祭りの全てを込めたのね…。素敵…。」
と言ってくれた。
瞳が振り返りポニーテールがひるがえっているその後ろには妖怪退治の演舞が行われ、更にその後ろでは食事の準備がしてある。
拍手を送る村人達はぼかしてあるけど、源爺や梅婆さんや母さんらしき人が近くにいる。
出番を待つ宮司の後ろ姿も載せて、祭りの全貌を含めた絵になっている。
構図を考えた時に背景が片付けじゃぁ面白みにかけるかなと思って、自分としては珍しく変えてみた。
30年前の旧校舎を描いた時に、過去を絵にするという貴重な経験をした。
その時未来も有りえるとも思った。
今回の絵は短い過去と未来も一つにするという試みだ。
瞳の反応を見ると良かったみたいでホッとした。
自分でも構図が面白いと思ったし、絵の中の瞳が本人とは対象にどんどん生き生きとしてきていることに不安もあった。
俺はこの時、一つ決心をした。
今日は集中力もなくなっちゃったとかごまかして、絵の道具を源爺の車の中に置いておく。
そして二人でさるとらへびが埋められた、もしくは封じ込まれているという大きな丸い石を見たり、開放されていなかったけど円空が作った作品がある蔵に行ってみたりとデートにしては地味なコースを回る。
話題がなくて自分のことを話してみた。
「実は俺さ、覚えようと思った瞬間の映像が、ずっと詳細に残ってるんだよ。」
「??」
瞳は不思議そうな顔をしている。ちょっと説明が曖昧だったかな。
「例えば、瞳に会って最初に描いた絵。鉛筆でもそっくりに描けたでしょ。もう一回描いてって言われれば描けるんだよ。」
「えー!?」
驚いている彼女の目の前で、近くの土の上に枝で絵を描き始める。少し大き目の四角い枠を描いてから、川を描き木々を追加し、石を置いて二人を描いた。
「す…、凄い…。」
「俺が覚えたいって思った瞬間、その時の映像が残って、俺はスケッチブックにその映像を半透明で重ねれば、何回でも同じ絵は描けるってことさ。」
瞳は声にならないって顔をしていた。
「でもさ、そういう人って他にもいっぱいいるみたいだよ。」
「だから描き始めたら景色を見ないのね。」
あ、そう言われれば見てないかも。
確かに、細かく鮮明に覚えているから、見る必要がない。
描く前にちゃんと近くで見れば、木々の葉っぱの1枚1枚を覚えている場合もある。
「そっかー。じゃぁ、私のこともいっぱい覚えている?」
もちろん、と答える。
「私にも、思い出が欲しい…。」
そう言って瞳は目を閉じた。俺は高鳴る鼓動に突き動かされ、そっと唇を重ねた。
直後源爺が迎えにくる。
俺は、
「今日は母さんと帰るから、明日また会おうね。」
と、嘘を付いた。
長い長い、暗いトンネルへ向かう為の嘘を…。
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