第53話

 家の前に到着した私は、今までに感じがことがないぐらい緊張している。

「ありえない…。」

鼓動が強く、早くなっているのが分かる。


家は、半球体の薄っすらと輝く、青い光に包まれている。

「何なのコレ…。」

そっと触れようと手を近づける。

「待て!」


聞き覚えのない、年老いた男性の声が、背後より聞こえる。

振り返ると、怪しい修行僧のようなコスプレした老人が立っている。

左手には長い錫杖しゃくじょうを持っている。


「誰?」

思いっきり怪しんだ。

だって、今時こんな格好している人なんているの?

「説明は後。今は中で起きていることを、何とかせねばならぬ。」


怪しい…。

この光といい、こいつが何か仕掛けていて、私を騙そうとしているに違いない。

「その光。中にいる妖怪による防御膜じゃ。触れればただでは済まぬ。」

やっぱり。何が妖怪よ。


「うむ…。疑っておるな。」

「悪いけど。」

私は疑っていることを隠さなかった。隠す必要がない。

向かいの家には源爺さんもいる。

いざとなれば、大声を出すことで助けを呼ぶことが出来る。


大丈夫、冷静に。

私は自分で言うのも何だけど、トラブルに強い方だと自負している。

こういう時は冷静さが大切。

慌てたり相手に流されたりしては駄目。


しかし、次の言葉に私は冷静さを失うことになる。

「おぬし、不思議な夢を見るな?」

ドキッとした。


確かに不思議な夢を見る。

小さい頃の私、そう、あれは小学3年生の時。何故か年は覚えている。

パパとママの手を握りながら高賀神社のお祭に行く夢…。

でも詳しい内容は、いつも思い出せない。

祭り会場についてからは覚えていないの。

あれから何回も見ているけど、内容はいつも忘れている不思議な夢。


「どうせ当てずっぽうでしょ、誰にだって不思議な夢の一つや二つ見るもん。」

大丈夫、まだ冷静。そう自分に言い聞かせる。

それよりも、家の中の事が気になる。

嫌な予感や胸騒ぎの原因は、家の中からだと感じるからだ。

「高賀神社で、父と母の手をつなぎ祭りに向かう。違うか?」


ドキッ!!

心臓が高鳴る。

「そして母は髪を祠へ献上する。」

えっ…。えっ…?

頭の中では映像が蘇ってきている。

そうだ、あの夢で母は髪を献上していた。

綺麗に洗われた髪を熨斗紙のしがみで縛っていた。

思い出せる…。夢の続きが…。


私はいつのまにか、修行僧のおじいさんの言葉を待ってしまっていた。

「そして手を合わせたあと、父と母が何かの会話をしていて、祠から目を話した時、祠の前の平らな石には…。」

そう、髪を献上した後、パパとママは坂下にある、丸い石の飾りが切れそうだったとかって話をしていた。

指で指しながら祠を背にした。

そう、その時…。


「鎧武者が足を組んで座っていた。」

ドキッ!!!

更に鼓動は早くなる。

そうだ…。

半透明の鎧武者が石に座りながら私を見ていた。

でも、何故か私はその人を怖いとは思わなかった。


「その武者は腰に吊るしていた、それほど長くない刀を…。」

あぁ…。記憶が蘇る…。

そう、刀を持ちだした。

「そなたの体の中に埋め込んだ。」


!!!!!


そうだ…。それだ…。

アッと思った時には武者の姿は消えていた。

これが夢の正体だ。

私の身体の中には刀が埋め込まれている…。

そう思うと、怖くて怖くて、その日の夜は寝られなかった。

だから無理やりにでも記憶から消したんだと思う。


「どうしてそれを…。」

ここは隠しても、とぼけても仕方ない。

これだけ正確に指摘されては反論出来ない。

私は冷静になれと再び自分に言い聞かせた。


「つまり、そなたの体には『妖刀 朱雀すざく』が埋め込まれている。思い出したか?」

「それは夢であって…。」

「本当にか?」


!?


本当に?


いやいやいや…。

現実的にありえないでしょ。

鎧武者?刀?銃刀法違反だよ?

いやいやいや、そうじゃなくて、そんなファンタジー、夢に決まっているでしょ。


「それは夢ではない。現実に起こった出来事じゃ。だから夢なのに正確に、何回も何回も見ることが出来る。何故そう思わんかった?」

「そ…、そんなわけ…。」

「剛情な娘じゃ。ならば試してみるがよい。そなたの体の中にある刀を取り出せば良い。その刀であれば、その防御膜を斬ることは出来るじゃろう。」


私は混乱の中にいた。

動悸が苦しい…。

あぁ…、私は今、混乱している。

夢と現実がごっちゃになって訳が分からなくなっている。


あれ?もしかしたらこの青い光みたいなのも…夢?

このおじいちゃんも夢が作った人?

「夢ではない!目を覚ませ!!」

まるで、私の心のなかを見透かされているような発言が続く。

それが私を更に混乱させる。


「時間はない。急げ、間に合わなくなるぞ!」

その言葉は私の心に響いた。

そうだ、夢なら夢でいい。

こんなこと起きてはならないのだから。

兎に角パパとママの無事を確認する、それだけでいいじゃない。


私は右手を胸に当てる。

あの時、鎧武者に貰った刀をイメージした。

刀身はそれほど長くない。

柄もシンプル…。


コツン…。


右手に何かが触れる。

自分の体じゃない…。


ガッ!


それを思い切って握る。

硬い…、その感触からは重厚な感じはするのに、重さはさほど感じない。

それをそっと体から取り出した。

「マジで…?」

本当に刀が現れた。手が震える。

鞘に左手をかける。


「その刀は誰かを守る時だけ抜ける。今はどうじゃ?」

修行僧を見る。

彼は真剣な眼差しを私に向けている。

遊びじゃない、そんな緊張感と迫力が伝わり伝染する。


そして今は…、パパとママを守る!


スゥーーーーーーッ


ゆっくりと刀を抜いた。

「刀が…、燃えている…。」

薄っすらと、半透明の炎が刀身にまとわりついていた。

「その刀は妖怪を斬った、現存する数少ないひと振り。妖怪を斬った刀は、斬った妖怪の妖力が付与され妖刀となる。」


平常心なら、テレビの見過ぎじゃない?とか言いそうなセリフだった。

だけど、手から伝わる安心感、絶対的な信頼感、そして強大さや、刀の威信すら感じ取れてしまう今は、素直に受け入れることが出来た。


「そして、その刀が斬った妖怪は、高賀山さるとらへび。平安時代より生き延び、当時は京にまで名を轟かせた、妖怪の中でも強大なもの。つまりその妖刀 朱雀の力の源。」


その言葉に私は震えが止まらない。

だって…、だって…、その話は…。

「その斬った人物は藤原の高光様…。」

お伽話じゃないの…?

「いや、違う。」


えっ!?


「斬ったのは…。」

待って、その名前を言わないで…。

「お主の母君じゃ…。」


…………………。


それじゃぁ…、あの絵本の話は…、あの話は…。







本当だったの!?


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