第39話

 季節は巡り、梅雨直前のゴールデンウィークに入った。

3ヶ月後には、再び神様と会い俺の目が帰ってくる。

だけどそれは同時に瞳の心臓も帰ってくることも意味する。


彼女の元の心臓の状態は酷く悪いと思う。

恐らく一刻を争うことになる。

俺は瞳と類を交えて、当日の打ち合わせを繰り返し行った。


3人で高賀神社へ行き、瞳が交渉する。

俺は目が見えないので、どのみち誰かに連れていってもらわなければならない。

それに俺は目を奪われてからどうなったかは覚えていない。

激痛と真っ暗な視界の中、気を失ってしまったからだ。


その時の状況を瞳は知っていると言う。

俺の帰りが遅いことから源爺と探しにきてくれていて、倒れている俺を発見した。

その時に神様を見ている。会話も少しだけどしたらしい。

ならば瞳に任せるのも手ではある。

どうしても神様が現れない時は俺も行くことになっている。


だが、なぜだか二人は俺を交渉の場には連れて行きたがらない。

まぁ、夜道だし、見えないしで、何かトラブって交渉が決裂、又は出来ないことだけは避けたいみたいな事を言っている。

それは理解出来るけど、二人共ちょっと過剰な反応なのが気になった。


とはいえ、俺も出しゃばって不測の事態を招くのは気が引ける。

瞳に心臓が返ってきたら、直ぐに類と一緒に病院に運ぶ。

俺は免許を持ってないから…。


車は類が当日までに準備する。

順調に行けば、1時間弱程度で病院に着くだろう。

間に合えば俺達の勝ちだ。

類とはドライブも兼ねて、何回か病院までのルートを走っている。


お盆の時期だし、夜ということもあって、恐らく道は空いているだろう。

近くの郡上八幡でお祭りがあるのが気がかりだけど、毎年夜は道は空いているそうだ。

昼間は観光客の車で渋滞らしいけどね。

渋滞すると言っても郡上八幡に向かう方の車線であって、俺達が走るのとは逆方向になる。


ルートの選択肢はあまりない。

なので、8月15日の二、三日前に、道路工事をやっていないか等の最終確認をすることになっている。

俺的には準備が整い、気持ち的にちょっとホッとしている。


瞳が休みの時は近場に出掛けデートを重ねている。

目が見えるようになったら、車の免許を取って二人で旅行に行きたい。

そんな些細な夢も現実的になってきているのを実感している。


そんな時、珍しく父さんが釣りに誘ってきた。

俺はあんまり釣りが好きじゃない。

小さい頃は、よく連れていってもらったのだけども退屈で、つい石を川に投げて魚を逃がしては怒られていた。

竿をまたいじゃ駄目だとか、迷信じみた言いつけが多くてウンザリしたのが原因だ。


最近では釣りからも遠ざかっていたし、たまにはいいかなと思って着いていくことにした。

釣り場は直ぐそこの川だ。歩いて10分。

到着すると適当にポイントを探し、二人で腰を降ろした。

流石に足場が悪く何度も転びそうになったけども、そこは父さんがしっかり支えてくれたお陰で助かった。


無言で釣りをする父さんを横に、俺は暖かくなった日差しを浴びながらノンビリと日光浴をする。

川のせせらぎ、野鳥の鳴き声、魚が跳ねる音、ゆるやかな風。

それらが懐かしいし、気持ちが良かった。

目が見えていたならきっと絵を描いていただろう。


「光司。」

「ん?」

「この際だからハッキリ言っておくが、最悪の事態も考えておけよ。」

最悪の事態とは、瞳が死ぬことを指す。

そんなことにならないよう入念な準備をしてきているつもりだし、それこそ最悪現状維持を保てるようにすればいい。


「わかってる。その時は現状維持でいいじゃん。」

「そうならなかった時の事を言っている。」

「…。」


考えたくはなかった。

現実逃避と罵られたっていい。もう、あんな想いは嫌だ。

出会った時から未来がなくて、辛うじて時間が伸びた後も村田によって、瞳に関する精神的攻撃を受け続けた。それこそ6年間も…。


その中で瞳は、何度も何度も死に、何度も何度も裏切られ、何度も何度も滅茶苦茶にされた。

もうあんな思いをするのは嫌だ。


「お前たちはもう、奇跡ってやつを一回起こしている。」

ドキッとした。

そうだ、だから俺は最初反対した。

また神様と交渉することを。

だけど…。だけど…。


「父さん、今度は奇跡なんかじゃない。全員が成功という現実に向けて努力している。」

父さんは何かを言おうとしてやめた。

それが何だったかは後日知ることになる。


軽いため息をつく父さん。

「瞳ちゃんはお前に心臓を貰って、そして何を願った?それを忘れるなと言いたいだけだ。」

俺に絵を書き続けること、それが瞳の願いだ。

そんな事は分かっているし、だったら尚更今度の作戦を成功させるしかない。

俺は瞳が居なかったら絵は描けなくなると思っている。


「わかってるけど…。」

その言葉に父さんは大きなため息をついた。

「そうじゃねーんだよ。お前は彼女に出会って何を貰った?」

「何って…、愛情…とか、優しさ…とか?」

「全然違う。」


父さんはムスーッとした顔をする。

何だよ勿体ぶりやがって。

「色だ。」

「!?」

「いーろ!」

「なんだよそれ?」

「おまえの絵はな、確かに上手かったし、同級生と比べても飛び抜けていた。まぁ、それ自体も凄いこととは思っていたけど、瞳ちゃんに会ってからの絵は別物だ。それは彼女からいろんな色を教えてもらったからだ。」

「…。」

「まぁ、思い当たる節もあるだろ。そういうこった。だからお前は彼女から貰った大切な色を伝えていかないといけない。」

「伝える?」

「そうだ。いろんな人にな。その成果は募金でも証明されただろ。」


そうか…。そうだったんだ…。

「瞳ちゃんから貰った、おまえだけの鮮やかな色、大切にしろよ。」

「うん。」

きっと父さんはドヤ顔だろう。ちょっと悔しい。

「たまには良い事言うな。」

「おっ!キタキタキター!」

今日も大物がかかったようだ。

バシャバシャと魚が暴れる音が近づいてくる。


「光司!網!網!」

網って言ったってどこに魚がいるかわからないだろ!

そう思いつつ、俺の直ぐ脇に置いたあった網を手探りで手に持つと、直ぐに重量を感じた。

もう釣り上げたのかよ。

「重いな。」

「ふっふっふ。流石俺様。」

「それだけは認めるよ。」

「俺はな、釣りプロになるチャンスもあったんだ。だけど諦めた。悔いはないが、お前にも自分の意思でしっかりと考えて欲しいと思っている。悔いだけは残すな。絶対にな。」

「ありがとな…、父さん…。」

「だから心構えだけはしっかり持ってろ。」

「うん。」

今日の釣りは、人生で初めて楽しいと感じられた釣りとなった。


家に帰ってからも父さんの言葉が頭から離れなかった。

最悪の自体は考えるけども、でもやっぱり瞳が傍にいて欲しい気持ちに変わりはない。


もしも彼女に何か起きそうになった時、俺には何が出来るだろうか…。

この見えない世界から彼女を救う事が出来るだろうか…。

何も出来ない自分が容易に想像出来る。

だけど、それじゃ駄目だ。


俺は決心する。

絶対に瞳を守ってみせる、と。


その為ならどんなことだってしてみせる。


そんな決意を胸に、そろそろ梅雨がやってくる。

決戦の時は確実に近づいてきていた。

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