第31話
光司が奇跡の1枚を描き上げてから翌日。
彼のお母さんが、泣きながら病室に飛び込んできたことを後から聞いた。
そうだよね。誰もが彼は絵を嫌い、二度と描くことはないと思っていたから。
彼は目が見えないという、絵描きとして致命的な、絶対的な欠点を持ちながら信じられないほどの精度で絵を描いた。
それはもう、あの中学の時に描いてもらった時と遜色はないほど。
お母さんは直ぐに美大の吉川理事長へと電話した。
今直ぐ見にてくださいと、超多忙な先生に突然そう言ったみたい。
先生はキョトンとしていたが、光司が何かをした、それはつまり今の状況で絵を描いたと直ぐに想像出来たらしい。
だけど、そのらしいという想像だけで新幹線に飛び乗り岐阜へとやってきた。
でも想像だけでここに来たというのは少し大袈裟で、絵については吉川先生に相談していたの。
そしたら光司は、一度見た映像をいつまでも覚えていられるスキルがあるから、それを上手く活用して、まずは手で触れた物を映像化しそして、それから絵にしていってはどうかと教えてくれた。
これは絵の精度はそれほど重要ではなくて、視覚が奪われた状態でも正確に物の質感や形を意識し理解した上で絵にするという、中学の時に30年前の学校を描いた時の指導の延長だったみたい。
だけど彼は根っからの絵描き。
もう既に、触れた物を脳内で映像化することを繰り返し行なっていて、十分にその能力を磨いていた。
そこへ、先生のヒントで試したことが上手く重なって、見えないのに絵が描けるという奇跡を起こしてみせた。
吉川先生が訪ねてくると、光司は感激のあまり大泣きしてしまった。
さっそく私を描いた絵を見てもらう。
今度は先生が大泣きしてしまった。
「光司君がね、絵を嫌いにならなくて良かったね…。」
毎年夏休みには合宿と称して高賀山自然の家にきていることを告げ、今度、うちの生徒達と絵を描こうと言ってくれた。
光司の絵の才能は既に学校には知られていて、目が見えなくなったという報告に多くの学生や関係者が落胆したらしい。
けど彼は蘇った。
致命的な欠点を背負ってでも復活した。
そして光司は変わった。
水を得た魚とは、まさに今の光司のことを現している。
病室内の3人と聡美ちゃんを絵にしてみせると、やってくる医師や看護師までも次々と描いていく。
行動力は今まで以上に高まり、歩いて色んな所にいって、色んな物を触りながら、色んな物を絵にしていった。
看護師としての私、つまり、めぐみの時まで絵にしようとしたから、それは丁重に断った。
女性の中では顔を触れられるのに抵抗がある人がいる。
本人に悪気は無いし、言われた女性もそれは分かっているが、さすがに照れる。
逆に似顔絵感覚で挑戦する人もいたけどね。
看護師としての役目はほぼ終わったと思った。
後は、決戦の時までに酷く落ち込んだり不安定になったりする事があれば助けにいくぐらいかも。
類君まで描かれて、彼も光司が絵に前向きになったことを喜んでくれた。
中学の時、3人で川へ行ったことを思い出した。
あの時と違うのは、絵も描けるのだけど目が見えないとうだけだと思った。
そんなふうに思えるほど、彼は回復したと実感出来た。
病院内では結構話題にはなったけども、彼は一時的な退院も出来るほどになる。
病院と自宅を行ったり来たりしたころには、病院内で絵を描く時間も減った。
そしていつの間にか騒がれなくなった。
これで良かったと思う。
検査で一時入院する時は前と同じ部屋だったので、伊達おじさんや、菊池おばあさん、そして山本君と、懐かしい会話を楽しんだりした。
3人共回復に向かっていき笑顔が耐えなかった。
特に山本君は、あれほど拒否していた手術に踏み切り、無事成功した。
彼は退院する時に私に告白してきた。
茶化さないで丁寧に断った。
だけど彼は知っていたかのように悔しがったりしなかった。
「でもあいつが瞳さんを泣かすような事をしたら絶対にゆるさないし、その時は俺が守るから。」
と言ってくれた時はちょっと嬉しかった。
「あいつ」もこのぐらい強引でも良いんだけどなぁ。
菊池おばあさんも、通院は必要だけども帰宅出来ることになる。
「安藤さんに描いてもらった笑う自分の絵に、どれだけ励まされたか…。」
そう言って薄っすらうかべた涙に私も感動した。
伊達おじいさんはリハビリ中だったけども、無事全過程をクリアし退院する。
聡美ちゃんとの笑顔が眩しいツーショットの絵は、彼の一生の宝物にすると言ってくれた。
聡美ちゃんも絵のなかで無邪気に笑う自分がちょっと気恥ずかしいけど、こんな風に自分は笑えるんだと励まされたようだ。
学校での人間関係に疲れていたようだったけれど、自分を取り戻せたみたい。
光司も1ヶ月に一度、定期健診する程度となり、自宅にいる事の方が多かった。
そう言えば、結局募金は光司の意向で県内の盲導犬協会へと寄付された。
その額、なんと1000万円強。
宣伝も何もしていない、尋ねた人が偶然善意で行なってくれた募金。
それがこんなに集まるとは思ってもみなかった。
ただ、この金額の中には美大の吉川先生の分も含まれている。
学校で集めてくれたようだ。
やはり芸術家同士、光司の痛みも分かるし共感も出来たのかも。
ゆっくりと、しかし確実に時は流れていく。
決戦の日に向かって。
こーちゃんと瞳ちゃんが一段落して、俺も肩の力が少し抜けた。
まぁ、瞳ちゃんが病院にこれた時点で、俺の役目は半減したわな。
そんなこんなで、毎日交番でぷらぷらしているように見られているけど、これが案外忙しい。
というか自分で忙しくしている、が正解だな。
交番勤務だけだと、マジ暇だわ。
パトロールして、半年に一回程度道案内するぐらい。
後は書類ばっか。
その書類も何もない事を書かないといけない。
何もないのに何を書けってんだよ。
なので、他に自分で出来ることはないかと思い始めた。
高校までの俺ならこんなことは考えなかったかも知れない。
だけど親友達の頑張りを見て刺激されたのかもな。
光司は目が見えないってのに、手に触れられる物なら絵にしてしまう。
昔聞いたことがあるけど、一度見た映像は忘れない、つか思い出せるってのが正しいらしい。
で、それを思いだしスケッチブックに投影してなぞれば、何枚でも同じ絵が描けるとかなんとか。
んなバカなって初めは思ったけど、だけど出来ちゃうんだな、これが。
マジでビビったけど、まぁ、こんな能力があっても俺なら使いこなせないとも思った。あいつだからこそ出来るんだよ、きっと。
というか服が透けて見えるとか、透明人間になれるとか、そっちの方が嬉しいわ。
こーちゃん曰く、コピーした絵は、やはりというか出来は悪いらしい。
勿論、心を込めて描けば違うらしいのだけど、一番最初に描いた絵には敵わないらしい。
よくわかんねーけど。
だからあまり意味はないよ、なーんて言ってやがった。
そんな事を言っていたけど、結局この能力が今、役にたっているという訳だ。
兎に角、奴がやる気を出してくれて良かった。
闇堕ち期間、長かったもんなー。
で、瞳ちゃんだが、鬼出勤してこーちゃんが退院すると通常業務に戻り、奴の看病の為に居た一般病棟から精神科に移動して、いよいよカウンセラーとして頑張ってるみたいだ。
正直よくやるよ。愛の力ってすげーな。いやほんとマジで。
6年間脇目も振らず勉強して、なんせ流行りの遊びすらやったことないぐらい努力して、その成果こーちゃんを救えた。
彼女の直近11年間、全部奴の為だけじゃねぇか。
後はなんも残ってねー。
仕事が休みだと二人でデートしてるけど、いつもこの辺で見かける。
俺のところに顔を出すこともあるけど、こんなど田舎で何が楽しいのか知らねーけど、二人共終始笑顔だ。
初めて食べた野苺が美味しかったとか、蛇に追いかけられて大変だったとか、そんな他人から見たらどうでも良いことが二人には新鮮だった。
まぁ、なんつーか、失われた時間?とか言うのを、少しずつ埋めていってるように見えるな。
大雑把に言えば、二人は出会った中学生の頃のまんまなんだよな。
幼稚と言えば幼稚なのかもしれん。
だけど俺には純粋って言葉が一番ピッタリくると思った。
まぁ、俺の柄じゃねーわな。
二人共、相手の為に努力してきたし、それがちょっと報われてきている。
問題は1年後の決戦だろうな。
ここで、あのさるとらへびを倒さないといけない。
この事はこーちゃんには言っていないのがちょっと不安でもあるな。
奴には、あくまでも返してもらうだけだと言ってある。
そう言わないと彼は現状維持を選択してしまうだろう、いや、間違いなくそうなる。
奴が入院中に、いわゆる家族会議ってやつを関係者でやったのだけど、あ、俺も呼ばれて行ったのだけど、全会一致で瞳ちゃんを応援することになった。
彼女本人に直接プラスになるようなことは出来ないのだけど、奴に対して絵の志を失わないように保って、彼女が妖怪退治の準備に専念出来るようにはできるわな。
知り合いを徹底的に洗って、剣術に関する人を探し出し、その人を訪ね特訓をしてもらったり、真剣も振らさせてもらったり、何事も経験とばかりに手を出しては学んでいる。
なんせ妖怪退治だからよ。
どれが正解なのか正直わからない部分は否定できないよな。
結局毎日コツコツ訓練しているのが一番重要なのかもとは思っている。
早朝のランニングに始まり、ただでさえハードな仕事なのに、終わってから道場で一汗かき、夜も筋トレとかしてるみたいだ。
そんな忙しい仲、彼女にはもう一つ重要な問題もある。
それは手術費用の捻出だ。
俺はこーちゃんの為に集まった金を一旦彼に渡し、彼から瞳ちゃんの手術費用として渡してあげればいいじゃん、みたいな事を適当に言って怒られた。
ですよねー、とは思ったけど、それ以外に1000万近い大金なんてポンッと出ないぞ。これが現実だろ。
とは言え、現状かなりの金額が貯まったそうだ。
給料のほとんどを貯金し、私服は数着、食べる物は源爺の畑で自家栽培、田植えを手伝ってお米貰ったり。
もちろん俺も協力して、朝晩の送迎が出来るときはしている。
何せ彼女、車どころか運転免許も持ってねぇ。
お金が勿体無いんだとよ。
人当たりの良い彼女だからこそ、そういった努力を見ている人からは応援されている。
俺が同じことやっても給料使いすぎたか?とか言って笑われるだけだしな。
まぁ、そこは否定しねぇよ。
というわけで、一番身近な奴らがこんなんだから、俺も何かやってみっかと思ったわけよ。
だけどこれが大変だった。
まず何をやるか全然考えつかねぇ。
思いつかなきゃ、何もできねー。
そんな訳で俺の出番はまだかと、交番の椅子に浅く座り足を放り投げて眠そうな顔を通行人に晒しているわけだ。
通行人なんて一日に一人いるかいないかだけどな。
そんな水曜日の午後、一日に4回走る15時頃のバスから、交番の裏の坂上に住んでいる野田ばあさんが降りて、家に帰ろうとしている。
手には買い物袋もあり、食材を買ってきたのか重そうだ。
コレだ!と閃き、ばあさんに声をかける。
「俺が持っていこうか?」
野田のばあさんはキリッと俺を睨み返し、フンッとそっぽを向く。
俺の手は借りねぇってか?
だけど見るからに大変そうだ。
通院してるのも、足腰が弱ってきたからってのを誰かに聞いたことがある。
なおさら俺の出番じゃねーかと思いたち、思い切った行動に出てみた。
ばあさんの前で背中を向けてしゃがむ。
「野田ばあさん家行き~。」
バスの真似しておぶっていこうというのだ。
「ハハハハハハッ!」
大声で笑うばあさんを久しぶりに見た。
「おまえは本当に小さい頃からおかしな子だったのぉ。」
そう言って荷持を俺の手に渡し、よっこいしょとおぶられてくれた。
おいおい、ばあさんよりも荷物の方が重いんじゃねーか?と感じるほどばあさん自体は軽かった。
一応柔道で鍛えたこともある俺は楽々持ち上げ坂を上がっていく。
「交番暇だしよ。毎週送っていってやるよ。」
「恩着せがましいぞ。」
「じゃぁ、送らせてください。」
「フフフッ、許可しようぞ。」
こんな些細なことだったけど、この始まりが半年前。
我ながらよく続いているよ。
その後は老人宅を回って困っていることを聞いては手伝った。
これが案外評判が良くて、変わりにとばかりに余り物貰ったりして俺も助かった。
料理はマジ勘弁な俺だし。
子供たちが通れば一緒に付いて行って交通安全教えたりもしたなぁ。
観光客にも軽く案内したり、地元民ならではの注意点を教えたり。
例えば虫対策とか川の危険性だとかを教えてやったりすると、親切なおまわりさんに教えてもらった~とか言われるようになった。
これらをやっているうちに何だか楽しくなってきた。
そんな時、俺の人生を変える出会いが起きた。
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