第32話

 「あのー。高賀山自然の家に行きたいのですけどー。場所教えてもらってもいいですかー?」

私は美波みなみと一緒に避暑地で秘境だと教えてもらった、関市洞戸ほらど地区にやってきた。

この高賀山自然の家はとても宿泊料金が安いし、古い廃校を再利用したとあってレトロな雰囲気がとても良いよと勧められた。


だけど場所がいちまち分からない。

この辺のはずなのに校舎なんて見かけないし、どうなってるの、もう。

そこで近くに古めかしい交番があるのを見つけて訪ねてきたの。

ゆかり、今は居ないのかもよ?こんな暇そうな交番だもん、たまにしかお巡りさんいないんだよ。」


美波の意見には同意せざるを得ない。

さっきから車すら走らないこの部落で交番があること自体奇跡だよ。

「あー、ちょっと中で待ってて。」

そんな時、交番の奥の部屋から声をかけられた。意外と若い声だった。


「良かった、いるみたい。」

美波は純粋に喜んで、交番の中に入り日差しから身を避ける。

私は何だか交番に入る行為自体が怖くてやめた。

悪いことは何もしていないけどね。


ガチャッ

交番から奥へ続く扉が開く。

「わーい、ありがとー。」

そこからは子供達が出てくると、軽くパニックになる。

なんで子供?

無邪気な子供達が交番からかけ出していくと、中から背の高い無精髭を生やしたお巡りさんだと思われる人が出てくる。


思われると言ったのは服装がそうだったからだけど、見た目は清潔感が無くて想像と違ったから。

お巡りさんってビシッとしてるイメージじゃん?


「あー、ごめんね。近所の子供らがオモチャが壊れたから直してくれって言うからさ。で、なんだっけ?」

「あ、あの、高賀山自然の家を探しているのです。」

美波が答えた。

私はちょっと好みだったけど、清潔感ないのはちょっとパスとばかりに、彼女に対応を丸投げした。

「直ぐ近くだから案内するよ。」

「え、でも…。」

「見ての通り暇だしさ。」

ニーッと笑った笑顔はちょっと爽やかで格好良かったかも。

でも、その程度の感想しかなかった。


車が十分通れる幅の坂の前に連れてこられると、「この上だよ。」と教えてもらう。こんなの聞いてないよー。

登り始めるとコンクリート製の坂はガタガタしていて、トランクケースのキャスターが上手く回らず大変だしで、ちょっと萎えた。


「俺が持っていこうか。」

そう言って手を伸ばしてくれたので、私も美波も大きなトランクケースを渡す。

彼はキャスターは使わず片手で一個ずつ持ち上げるとヒョイヒョイ坂を登っていく。

遅れまいとパタパタと小走りで付いていった。


坂を登り切ると、そこにはレトロ調の校舎があった。

「凄い凄いー。」

私は急にテンションが上ってはしゃいだ。

美波がクスクスと笑っている。

さっきまで萎えていたくせにと。


でも、そんなのは関係ない。

こういうのを待っていたんだもん。

大自然の中に静かに佇む校舎。

こんなところに泊まれれうなんて、面白そうじゃない。


「お巡りさんは、この学校に通っていたのですか?」

ちょっと聞いてみた。

「いやー、俺らのころはもう廃校だったよ。こういう学校いいよな。風情っていうの?そういうのがあって。」

「ですよねー。」


いつの間にか会話もはずみながら道路をすすむ。

グランドや体育館らしき建物まで残っている。

「二人は観光かな?」

「はい!避暑地だとか秘境だとかって聞いたので、ゆっくりと自然を楽しみたいと思っています。」

彼の反応は鈍かった。

その答えは直ぐにわかった。

「見るところなんて何もないぞ。笑っちゃうぐらい自然しかないからね。」

「いいんです。のんびり散歩とかしたいんです。」

「そっかー、それなら日焼け対策と、虫よけ対策、それから熱中症対策も忘れずにね。ここは人が少ないから、倒れてもなかなか人が捕まらないので自衛しておいた方がいざという時助かるよ。」

「えー、自然体というか、そういうのも楽しみたいんですけど。」

私はちょっと不機嫌になる。

ありのままで自然に向き合う。

そんなことが趣向だったから。


「自然をなめちゃ駄目だ。割りと人間には厳しいよ、自然は。」

「むー。」

「まぁまぁ、折角お巡りさんが助言してくれたんだもん。それに地元の人が言うんだから間違いないと思うよ。」

美波は素直に彼の意見に賛同した。

それがまた私の頑固さを引き出す。

「以前に来た観光客がいたのだけど、何の対策もしなくて結構大変な思いをしたらしいからさ、そんな未然に防げることをやらなかったせいで、ここを嫌いにならないで欲しいなって思って、だから来た人には助言しているつもり。悪く思わないでくれよ。」


その言葉に私は恥ずかしくなった。

彼はただ助言しただけじゃなくて、この場所が好きだからこその助言だったのだと。

でも、恥ずかしくて逆に素直にはなれなかった。


お巡りさんは受付まで連れていってくれると、いつでも案内しますからと言ってくれた。

もう頼りませんからって内心思いながらも、分かれる頃には第一印象よりは格好良く見えてた。


宿は想像以上に気に入っちゃった。

木造でレトロな部屋には、綺麗なベッドが置いてある。

そのギャップが堪らない。

何だかタイムスリップして、昔の学校に泊まっているような感覚で、色々と想像がはかどる設定だった。

料理は地元産で、シンプルで飾り気もないけど自然を匂わす感じが良かった。

洒落た料理もいいのだけれど、ちょっと面倒くさい。

何というか、ドンッと出されて、さぁ、自然を召し上がれ!的な感じが良かった。

管理人のおばあちゃんも人柄が良く色々と話し込んじゃった。


お巡りさんに案内してもらった話をしたら、地元の子でやんちゃだったみたい。

今では部落の老人達の手助けをしたりしながら、ここの自然も守ってるみたいなこと言ってて、そんな話を聞いたらちょっと興味が沸いてきちゃった。

派手な格好良さよりも、地味な格好良さって直ぐには出来ないじゃん。


そのお巡りさんの幼馴染で、親友が描いたという校舎の絵と管理人のおばちゃんの似顔絵が飾ってあった。

私はその絵に引き込まれた。

題名は30年前の校舎。

鉛筆書きだったけど生き生きとしていて、本当に30年前まで行って見てきたかのような絵。

だけどこれを当時中学生だった人が描いたという。

信じられなかった。


似顔絵の中のおばちゃんは笑っていて、こっちまで笑顔になるような絵だ。

これは最近描かれたらしい。

でも私は正直怖かった。

この絵を描いた人に、何もかも見透かされてしまうのではないか、と。


そのぐらい絵は忠実に対象を描きだしている。

人物ならその人の性格や内面まで、風景ならその場にいるかのような臨場感まで。

そうして描かれた絵は、確かに感動するし凄いと思ったけど、その半面、やっぱりちょっと怖かった。

美波は素直に感動していた。

まぁ、彼女はカメラマン志望だし、同じ芸術系の人から見れば凄い絵なのかもね。


夜は信じられないほどぐっすり寝られた。

最初は静かすぎて怖かった。

だけど慣れてしまえばこれほど完璧な睡眠状況はないかもね。

車が走る音も、誰かの話し声も、騒音や雑音もない。


集中すれば川のせせらぎが聞こえるんじゃないかと思うぐらいの静けさ。

ここから川まではは少し距離があるけどね。

学校で寝泊まりする、そんな特殊でちょっとやってみたかったような感じに酔いしれているうちに眠りに落ちていた。


翌朝、私達は金庫に貴重品を入れて、必要最低限の手荷物で散歩に出かけた。

少し狭い道路をゆっくりと高賀山こうかざんに向かって歩く。

午前中は日差しが強すぎず順調に進んでいけた。

途中、神水とかいう冷たくて美味しい水をいただいたり、少しずつ山深くなっていく景色や透き通った綺麗な川を眺める。

神秘的で素敵すぎる。


空気もひんやりしてきて、何だかヤバい所に来たみたいな感覚に陥る。

これ以上進んだら帰れなくなるとか、高賀山の神様が現れたりとか…。

私は、こういう自然が作った景色が好き。

誰かが作った物は、その人の意思が見えてしまって、それ以上想像が捗らないじゃん。


だけど自然は違う。

見た人によって印象が全然違うから。

美波は蛇が出てきそうだとか、川の水を飲んでも平気かな?とか現実的なことが多かったしね。


自分の世界が広がる。

そんな壮大な雰囲気に酔っていたのかもしれない。

大きな石の鳥居をくぐり、高賀神社でお参りをして、近くの駐車場から山々を見下ろしたとき、私はもしかして特別な存在なのかもって思った。

それほど山々が折り重なる風景は壮大だったよ。

帰り道で、そんなことはないかぁーとちょっと冷静になってみたり。


何十年も、もしかしたら百年以上もここで見守ってくれている背の高い木々が私を見下ろしている。

見守ってくれているのかな?

なんてちょっと詩的な感情が沢山感じられて、とても素敵な散歩だった。


新高賀橋という橋を渡ると、下に流れる板取川には魚が泳いでいるのが見えた。

「ねぇ、あのお魚さん達、近くで見てみようよ。」

これがいけなかった。

私はお巡りさんが言っていた通り、自然に対して警戒心なんてゼロだったから。

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