第33話

 俺はケッタ自転車を乗り回しながら、担当地区の見回りをしている。

まぁ、毎日やるっていうと面倒…、いや大変だから週に2回ぐらい、気が向いたら…じゃなくて定期的に行なっている。


パトカーで行けば楽だろって?

いやいや、アレはいざって時に使うもんだし、皆の税金を簡単にガソリンに変える訳にはいかない。と、勝手に思っている。

それにケッタ自転車だと小回り効いて便利だし、のんびり景色見ながら見回りするのもいいもんだ。


車だと一瞬で過ぎるけど、自転車ならゆっくり確認出来るってな。

巡回ルートは交番から南地区、旧洞戸村役場の方を午前中に、午後は高賀神社方面と決めている。


午前中は特に何もなく、いつも実家が経営している喫茶店で昼飯を食べる。

まぁ、売上に貢献ってやつだ。

親父は自炊しろっていつも言うけどな。


俺が勝手に警察官の道を選んだのも気に入らないみたいだけど、自分で決めた事ならやり通せって言ってったっけ。

店は妹に任せるわ。

どう考えても俺には向いてねぇしよ。


道中、森と川に挟まれた道路を通る。

ここに来ると、いつも道が狭くて危ないと思っている。

年に1回、洞戸小学校で開催される交通安全教育では、こういう道路を特に気を付けるように指導しているつもりだ。

やっぱ自分で走ると細かい部分まで指導出来ていいよな。


んで、午後は高賀神社まで行くのだけども、行きは坂が続いて自転車にはきっつい。

柔道で鍛えた体もすっかり衰えてきたしな。

鍛錬も兼ねて一生懸命ペダルを回すけど、これがなかなか。

ぶっちゃけ歩いた方が速い坂もある。


道中は一人暮らしの老人に声をかけることを忘れない。

旧役場地区はそれなりに人がいるし、旧洞戸村では唯一の信号があるぐらいだけども、北部は家もまばらだし、住民のほとんどは老人だしで、気が付いたら病気になってたとか、そういうのを防ぐ意味がある。


そのついでに困っていること、例えば雨漏りだの、扉の閉まりが悪いだの、流し台の排水管がつまり気味だのを直してたりしている。

お巡りは便利屋じゃねーけど、まぁ、いいだろう。

暇だし。


今日も窓ガラスが割れて修理したいと聞いた。

流石に俺もガラスまでは直せないから、業者に電話して見積もりさせる。

お巡りから電話くるとボッタクることもできねーしな。

極端に値切るつもりはねーけど、一声ぐらいは協力してもらおう。

持ちつ持たれつってやつだ。


まだまだ日差しは強い。

暑さのピークが少し過ぎた頃、巡回もほぼ終わり新高賀橋へと到着する。

ここまで来れば交番までは目と鼻の先だ。

こーちゃんの家にもちょっと顔を出してみるかな。この先だし。


確か今日は瞳ちゃんもいたはずだ。

彼女はますます可愛くなっていくし、活発で笑顔が絶えない。

まぁ、奴にはぴったりというか、ちょっと勿体無いぐらいだ。

彼女を泣かしたら俺が奴を怒ってやらないとな。

まぁ、そんなことにはならないか。


奴はガキの頃から、どちらかというとおとなしめで、いつもスケッチブック持ち歩いてて絵ばっか描いてた。

その絵も半端ねーし俺もファンの一人だと自負している。…つもりだ。

協力もしてきた。…つもりだ。うん。


最近は目が治ってないはずなのに、手に触れられるものなら何でも絵にしちまう。

まったくとんでもねぇな。

絵への執念だとか言う奴もいるけど、それは違うな。

こーちゃんは絵が好きというだけなんだよ。

そこらへんが分かってないとは、もいいところだ。


俺も似顔絵を描いてもらって駐在所の私室に飾ってある。

あいつが有名になっても絶対に売る気はねぇ。俺の宝物だからな。

奴が苦しみから産んだ傑作だと思っている。

というか、俺はあんな顔で笑っていたのかと気付かされるその絵は、いつ見ても嫌な事を忘れさせてくれる。

そう言えば似顔絵はどれも笑顔ばかりだなぁ。

まぁ、奴のこだわりなんだろ。


新高賀橋の下では女性が二人、川辺で遊んでいた。

昨日の観光客のようだ。

水着なところを見ると水浴びでもしていたのだろう。

川の中央付近にある平たい大きな石に座って休憩しているようだ。

声をかけようかと思ったけど、まぁ、俺は好かれてなかったみたいだし、無粋だわな。

そのまま通り過ぎることにする。


キャーーーーーーーーーーーーッ

橋を渡りきろうとした時、後ろから悲鳴が聞こえた。

ゆかりゆかり!」

俺は自転車のスタンドを立て、走って橋の中央付近に移動し、ポリスハットを押さえながら下をのぞき込んだ。

女性の一人が川の深い方で溺れていた。


選択肢は二つ。

橋の右側、交番方面へ行き、少し進んだ先にある河原に降りる階段から助けにいく、もう一つは橋から飛び込んで助けに行く。


こんなの選択肢にもなりゃしねー。

そりゃぁ、飛び込むっきゃねーだろ!

帽子と警察手帳と携帯電話を橋の上に放り投げると、手摺の上から川へ飛び込んだ。

「おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

ドッッッボーーーーーーーン


大きな水柱と共に着水。ケツが痛てぇ。

直ぐに浮上し彼女を抱きかかえる。

足の届く方へ移動し、彼女の友達に手伝ってもらい、平たい石の上に持ち上げる。

ケツ触っちまったけど勘弁な。


俺も石の上に登る。

彼女は…、意識もなければ心臓も動いてねぇし息もしてねぇ!?

これはかなりヤバい。

俺は迷うこと無く蘇生処置を行う。ちなみに研修で習っている。


「救急車呼んでくれ!」

そう友達に叫ぶと、心臓マッサージと人工呼吸を行う。

こういう時はとにかく肺に空気を送り込まないといけない。

「1、2、3、4…フゥーーーーーーーー。」

救急車が来るまで時間がかかる。俺がやらねーと…。


蘇生処置が続く。ヤバい。焦る。

「あれから何分経った?」

「3分!」

友達が答えてくれる。

これ以上時間が伸びると、どんどん生存率が下がっていく。

心臓マッサージをしながら叫んだ。

「目を覚ませーーーーーーーーーー!」

ゲホッゲホッ…。

声が届いたのか、咳込み、そして大きく息を吸う。

直後水を吐き出した。


「ハァ…、ハァ…。」

苦しそうだが、取り敢えずは生き返った。

良かった…。マジで良かった…。

俺がここの交番勤務のうちは誰も死なせない、寿命だって迎えさせねぇ…。

それが俺の信念だってえの!


「よし、救急車が来るまでに道路に連れて行こう。俺がおぶっていく。荷物を頼む。」

そう言って彼女をおんぶし川を渡る。

その途中、助けた彼女が耳元で囁いた。

「ごめんなさい…。あなたの助言を聞かなかったから…。」

「助かったんだからいいんだ。次は気をつければいい。」

「ありがとう…ございます…。」

階段を上がり道路まで来ると、こーちゃんと瞳ちゃんがやってきた。

「悲鳴が聞こえたから…。」


瞳ちゃんは奴が乗っている車椅子を押しながら訪ねてきた。

簡単に経緯を話すと、橋に行って帽子、警察手帳と携帯電話を持ってきてくれた。

「サンキュー。」

帽子をキリッと被る。

すると、ようやく救急車が来た。


救急医に簡単に説明し、友達が一緒に乗り込んで病院に向かう。

そこへ、いつも村人の状況を書き込んでいる手帳の1枚を破り携帯電話番号を書込み渡す。

何かあったら電話するように伝えた。


救急車が病院へと向かっていくと、急に脱力感に襲われる。

その場にへたり込んでしまった。

瞳ちゃんが自転車を持ってきてくれた。

彼女はこういった気遣いが凄いなぁ。


「俺の家で休んでいきなよ。」

こーちゃんの誘いにのって、彼の家に行き縁側で寝転ぶ。

奴のおばあちゃんが冷たい麦茶を持ってきてくれた。

キューッと飲み干しひなたぼっこしているうちに軽く寝てしまっていた。


そして軽くのつもりが熟睡し、そろそろ晩飯という時間に起こされた。

「類君も食べてくかい?」

こーちゃんのお袋さんからの誘いを「昨日の残り物があるんで…。」と言って断り、ボチボチ帰った。


まぁ、ご馳走になってもいいけど、あいつらは決戦を1年後に控え今を一生懸命に生きてる。

それが凄く分かる俺は、ちょっとだけ引いておく。

色々と決着がついたら、そしたら遠慮無く輪の中に入っていくさ。

良い結果でも悪い結果でもな。


自転車で3分もかからない交番へと帰る。

そこには一人の女声が立っている。迷子…かな?

近くに来て直ぐに分かった。

昼間助けた娘だ。


「あ、あの…。」

「もう大丈夫か?」

「あっ…、は、はい。」

彼女は深くお辞儀をする。

「助けていただいて、ありがとうございました!」

「いや、いいって。そういうのが仕事みたいなもんだし。」

「そ、そういう訳には…。」

「無事でなにより。うん。ただ、あんな事があったからって、ここを嫌いにはならないで欲しいかな。」

「嫌いになるなんて…、そんな、逆に大好きになりました。」

「!?」


あんな目にあったというのに大好き?この娘大丈夫か?

「だって、こんな素敵な人が育つ場所なんですもの。」

「言ってる意味が良くわからねぇが…。」

俺は思わず頭をポリポリ掻いてしまった。

「と、とにかくお礼がしたいのです!」

「いや、いいって。」

「そういう訳には…。私の気が収まらないのです。」

あー、めんどくせぇ。

俺はそういうの求めてないんだよなぁ…。


「友達は?」

「宿でゆっくりしています。」

「飯は?」

「あんな事があって、まだ食べていません。」

「じゃ、飯でも食いにいくか?おごってくれよ。」

「は…、はい!喜んで!」

「準備すっから、待ってて。」

しかし、これがいけなかった。

いや、良かったのか…?

今の俺にはわからなかった。

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