第41話

 祭り囃子に乗せて、さるとらへび役の目を潰された獅子舞と、藤原 高光役の踊り手が華麗に舞っている。


今、こうして色々と知ってから見ると考え深いものがあるかも。

舞を継承している人達は、さるとらへびを討ってくれた高光様に感謝を告げる舞だと言っていた。

だけど高光様は、今度こそさるとらへびを倒せと舞を通じて言われていると思っていた。


高光様は倒しきれなかった事を1000年以上後悔し続けているにも関わらず、この舞を毎年見せつけられている。


どちらの意図で舞うようになったかは今では分からない。

踊り手の人達も、感謝の意だと思っているだけで、正確には理解していなかった。

祭りが何回か途切れてしまっているからだ。


でも私は、こんな素敵な所に住む人々が、嫌味混じりな舞を選ぶ訳がないと思う。

事実平穏は取り戻した訳だし、今もこうして平和は続いている。


だけどさるとらへびは、光司の純粋な願いを利用し、一瞬の隙を突いて妖怪は目覚めてしまった。

目を取り戻し、12年間霊力が高まるのを待ちながら、力を蓄えていたに違いない。


もちろん私達も指を加えて待っていた訳ではない。

そんな事を考えながら、私は意外と冷静に、そして純粋に祭りを楽しんでいる。

隣にいる光司も、音を頼りに記憶を蘇らせながら楽しんでいるようね。

相変わらずお爺ちゃんは祭りの指揮を取り、お母さんは裏方として手伝っている。

勿論光司のお父さんは釣りを楽しんでいた。


だけど今年は、いつもの祭りとは段取りが違う。

お母さんは祭りの片付けが粗方終わると光司を連れて帰る。

私はお爺ちゃんが時間を見つつ帰ってくるのを待つ。

待っている間、最後の献上を済ませておくことにする。

光司には、神様に髪を献上することで、ご機嫌を取っていると伝えてある。

これは一人でやらないといけないという嘘を言って、彼は境内の方で待っていてもらうことにした。


一人、祭り会場の祠に、今朝切った髪を献上する。

「高光様、今晩の打ち合わせをしたいのですが…、いかがでしょう?」

私は小さく見窄みすぼらしい祠に向かって話しかけた。

すると、半透明の鎧武者姿で高光様が現れる。

相変わらず祠の前の平らな石に足を組んで腰掛けていた。


「うむ。まずは礼を言おう。長い間の奉納、ご苦労であった。しかと受け取った。」

学生の間は時間もあって特に問題はなかったのだけども、社会人になってからはなかなか休みが合わず、仕事から帰宅後に自分で髪を切ってそのまま献上なんて年もあった。


「おかげでかなりの力を取り戻した事を実感出来る。」

「良かった。でも私は、正直不安が大きいです。」

「うむ。その気持は十分に理解しておる。ワシも戦った時は何度も死ぬかと思ったし、どう倒して良いかなど知りもせんかった。」

高光様の言葉は生々しいところもある。

「仲間が食いちぎられ、腹わたを撒き散らし、地面が真っ赤になっても、ワシらは戦った。そういった多くの犠牲の上に、ようやく封じ込めたって訳じゃ。」

ゴクリ…。想像出来ない。


「相手はどういった攻撃をしてくるのでしょう?そもそも刀は通じるのですか?」

「そこは心配せんでもええ。刀どころかくわだって、棒きれだって武器になる。鋼のようには固くはない。とはいえ、確実に敵を葬るには、ワシの愛刀じゃないと駄目じゃろう。何せ巫女の血を引く者にしか扱えぬ代物。それは巫女の力を引き出すためだけに作られたからじゃ。」

高光様は遠くを見るような素振りをし、そして再び私を見た。

あの刀を作るのにも苦労があったのだろう。


「アヤツは、少しばかり素早い。一瞬消えたようになる時がある。それだけは気を付けねばならぬ。直後、鉄槌てっついのような攻撃がくるからの。それを食らえば肉の塊に豹変するじゃろう。後は、牙と爪。まぁ、これは言わずもかな。」

ブルブルッと震えが襲う。

恐怖?それとも武者震い?いやいや、正直に怖いよ。


12年前は無我夢中でさるとらへびの前に飛び出したものの、後から思い出すと恐怖感に襲われる。

夢に見たこともある、その夢の中では無残にも…。


ダメダメ。


弱気になったら勝てる物も勝てなくなっちゃう。

それは剣道の試合で散々経験したでしょ。


「私は、12年修行を積んできました。だけど、とてもじゃないけど高光様ほどの腕はありません。なので、一撃に賭けたいと思っています。いかがですか?」

彼は顎に手を当て少しの間考えている素振りを見せた。


「ふむ。悪くない。敵に手の内を見せないうちに勝負をかける。常套手段ではあるな。では必然的に、その隙を作るのはワシの役目となる。まぁ、ワシも似たような事を考えてはおった。」

仕留める為に一番確実性のある武器を私が使う以上、私がしっかりしないといけない。

だけど、もしもダメそうなら…。

「もしも私では倒せないと判断したら、遠慮なく心臓を交換し、高光様が止めを刺してください。その為に、私が囮になっても構いません。」

「瞳殿…。」

「その代わり、光司の目だけは取り返してください。お願いします…。」

「ならぬ。」

「でも…。」

「それはならぬ。ワシもさるとらへびを封じ込めた時、苦楽を共にしてきた伴侶がおった。じゃが、ワシを助ける為に其奴そやつは死んだ…。ワシは悔いておる。1000年以上悔いておる。お主達にまでこのような思いをさせるわけにはいかぬ。」

彼は真剣な眼差しをし、そして直ぐに悲しげな顔をしていた。

妖怪退治は彼にとっては敵討ちにもなるのね。


「高光様…。」

「もう過ぎた話じゃ。それにな、最初に言った通り、ワシだけでは倒せんのだ。瞳殿の力が必須。ワシは頼りにしているつもりじゃ。お主の目を見れば分かる。この12年、一切妥協せず突き進んできたという自信のある目じゃ。」

「でも私は…、最初に言った通り、正直自信がありません…。失敗は村人達の命にも関わります…。とても大きな責任感も感じています。」

「なーに、自信なんてもんは他人から貰うものじゃぁないぞ。自分でしっかり持つものじゃ。瞳殿は自信を持て。そなたの力、思いっきりぶつけてやるのじゃ。」


私はすくみそうになる気持ちを振り払う。

私がやらなきゃ…。いろんな人の笑顔を思い出した。

その笑顔は、私がやらなきゃ守れない。


「いい顔じゃ、それでこそ現代の巫女よ。恐れるものは何もない。」

「はい!」

夜8時ごろを集合時間とし、一度帰ることにした。丁度お爺ちゃんもやってきた。


 俺は類と合流し瞳を迎えに行く。時刻は夜の7時ごろだった。

ゆかりちゃんもやってきて、何かと弱音を吐く類の尻を叩いていた。

何だか可笑しい。


「笑い事じゃねーぞ。」

類はそう言いながらもまんざらではなかった。ドMという意味ではない。

自分を叱咤激励してくれる存在の心強さを感じているのだろう。

その気持ち、俺にも理解出来る。


「念には念を入れてパトカー持ってきた。」

その言葉にビックリしたけども、結果的に病人を運ぶことになるので、職権乱用じゃない…、はず。

静かな夜の森の中を、ピカピカのパトカーが静かに走る。

源爺の家に着くと瞳は外で待っていた。

後部座席の隣に座った彼女は、Tシャツにジャージのズボンという、いたって軽装だった。


「動きやすい服装がいいと思って。」

と言ったけども、別に動きまわる訳じゃないのに…、とは思った。

まぁ、お洒落する必要もないのだけど、所謂いわゆる部屋着ってやつかな?とも思った。

その後病院に行くことになるし、だからそんな格好なのかな?と、その時は大して気にしなかった。


「よし、それじゃ行くぞ。」

類の言葉で車が動き出す。

そんな中、俺は車内の微妙な雰囲気を感じ取っていた。

なんだろう、この異常なまでの緊張感は…。

だって、貰った物を返し、そして渡したものを返してもらうだけだろ?


その事を指摘すると、瞳は頭を俺の肩に乗せながら答えた。

「神様に失礼があったら、お願い聞いてくれないかもしれないでしょ?だからちょっと緊張してるだけだよ。」

その言葉に嘘はないかもしれない。


だけど俺は、嫌な空気をヒシヒシと感じ取っていた。

右に左に車が揺れ、しばらく走った後に、一旦止まるとバックする。

そしてゆっくりと停車した。


「着いたぞ。」

類は目の見えない俺に気を使ってか、状況を説明してくれている。

急に手を握られる。この感じは瞳だ。

「光司、よく聞いて。これから神様と交渉してくるのだけど、絶対に車から降りちゃ駄目だよ。そして、交渉が終わったら直ぐに私を病院に連れていってね。山岡先生が準備して待っているから。」

「うん。」

「目が見えるようになったら、一番に私の絵を描いてね。」

軽く唇を重ねる。


彼女はスッと俺の傍から離れていった。

いつもとちょっと違う瞳の行動や雰囲気を感じ取った。


俺の嫌な勘は最高潮に達していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る