第76話
俺は全員を水樹の家に連れて帰り、倒れた雛さんと、疲れきっている水樹を寝かせて、とりあえず一息つくことにした。
黒爺もそうしようと言ってくれた。
何だか疲れた…。
岩蛇との誓い、
今日だけでどれだけの事が起きたことか。
あっという間の出来事で、一々驚いたりしている暇すらねぇ。
すっかり慣れてしまった自分に乾いた笑いすらこぼれる。
「何が可笑しい?」
黒爺が気にしてくれた。
「いやね、妖怪だの霊術だの巫女だの、そんなのにすっかり慣れちまったなぁって思ってさ。」
「これが普通のことだと思えば良い。それだけのことだ。現に巫女も妖怪も存在し、霊術も使われておるじゃろ。」
「まぁ、そう思うしかねぇーよな。俺は雛さんみたいに悩むことはないけどな。突然力が使えることがわかって、そのまま突っ走ってきたってのもあるし。」
「それで良い。一瞬の迷いが死を招くこともある。迷わず進め、若人よ。」
その時、不意に玄関のチャイムが鳴った。
ピンポーン
タタタッと玄関に走り寄り、小さな覗き窓から外を見ると、そこには見知った顔があった。
ガチャっと鍵を解除し玄関の扉を開ける。
「
そこにはお袋が居た。
手には大量の食材を持っていた。
野菜、お米、魚や肉。最後に大きな鍋を持ってくる。
「中には豚汁が作ってあるよ。熱い夜だけど、簡単に栄養が取れる。後で温めなおして食べなさい。つけうどんにしてもいいわね。こぼさずに持ってくるの大変だったんだからぁ。それに水樹ちゃんは料理上手だから、食材があれば何とかなるでしょ。あんたもカレーぐらい作れるようになりなさい。まったく、あんたはいつもボーっとしているんだから。そんなんじゃ駄目よ。分かってる?失敗したら大怪我じゃ済まされないんだから。本当に分かっているの?もう、しっかりしなさいよ。それと…。」
俺が呆気に取られている間にマシンガンのように話してきた。
「腹が減っては戦は出来ぬ!でしょ?」
お袋は黒爺の顔を見て同意を求めた。
「ありがたい…。助かりますわ…。」
黒爺は手を合わせていた。
大袈裟に思えたけど、お袋が言ったように腹が減っては戦えない。
何だか急に腹が減ってきた。
「調子はどう?怪我はない?」
「あぁ。大丈夫だよ。それに、俺の足は何も移動や攻撃のためだけじゃない。逃げ足にだって使えるんだ。だから危なくなったら全員捕まえて地球の裏側にでも逃げるさ。」
冗談のつもりで笑ったけど、お袋は笑っていなかった。ちょっと寂しげで悲しげな顔をしていた。
「黒兵衛さん、どうか…、息子や水樹ちゃん達を…、どうか宜しくお願いします。」
「ワシの名に賭けて誓おう。必ずや連れて帰るとな。」
「………。」
深々と頭を下げていた。
ごめんな、心配かけちまって…。
でももう引き返せない。それはお袋もわかってくれていると思う。
「じゃぁね、天大。しっかり頑張りなさい!」
ドンッと背中を叩き、そのまま帰っていった。
「良いお袋さんだな。この闘いが終わったら孝行しなさい。」
「ちぇっ…、そんなの分かっているよ。」
「ほれ、皆を起こして飯にしようぞ。腹が減っては戦は出来ぬ、じゃ。」
「へいへい。」
俺は二人を起こした。
水樹は事情を把握すると豚汁を温めてご飯を炊いた。
その間に風呂も済ませて明日の闘いに備える。
食事中にはその作戦会議をした。
「残りは北と西だけど、どっちにいったら良い?」
水樹はこういう会議の進行が上手い。
要点や議題をハッキリさせてまとめていく。
そして問題点があれば直ぐに調整するってパターンだ。
「そうじゃのぉ。北は確か、温泉に集まった落ち武者達の地区じゃ。統括者は戦国時代の有名な者らしいが、どうにもひねくれ者での。まともに話し合ってくれれば良いが…。協力してくれるなら、これほど心強い援軍はおらんじゃろう。西は
「岩男?」
俺は聞き慣れないキーワードが気になった。何だよ岩男って…。
「うむ、岩蛇殿は岩を纏った蛇であるが、岩男は岩が人の形を作っていると言われておる。ワシも会った事はない。」
「ゴーレムみたいなのかな?」
「ごー…、れ?」
「西洋にもそんな感じのがいて、ゴーレムと言われているよ。」
水樹がフォローしてくれた。
「ふむ。こういった
「へー。」
そんな奴もいるんだ。
「彼を慕って武闘派が集まる集団であるから、こちらも仲間になってくれるなら心強いじゃろう。じゃが、やはり変わり者らしくての。いや、今までが、まだ話の通じる相手じゃったと言う方が正しいかも知れぬ。」
「おいおい、そんなんじゃこの先大変なんじゃねーの?今までだって素直に協力してくれたのって岩蛇だけじゃん。」
「そうなるのぉ。」
「やるだけやってみようよ。今まで話してきて思ったけど、力が欲しいなら力を、勇気が欲しいなら勇気を、知恵が欲しいなら知恵を示せばいいんだよ。まずは私達が信用されること。そして相手が欲しがる要素、つまり不安要素を超える力を見せて、これならいけると納得してもらうこと。これが重要だと思ったよ。」
流石水樹だな。
ちゃんと今までの状況を分析しているし、何が最善で、これからどうしたら良いかを、あんな戦闘をしていてもしっかり把握している。
今までは、勝手な想像で水樹はまとめるのが上手だと思っていたけど、こうやって見ると巫女だからこそのリーダーシップだとも見えた。
「こうなるとどっちに行っても一緒かもね。ならば先に西に行きましょ。そして最後に北。北の武者達の説得に成功したとしても、ひねくれ者ならば、心変わりする前にさるとらへびへ闘いを挑むのが良いと思うけど、どうかな?」
「うむ、それで良かろう。」
黒爺も納得したところで、明日の行き先が決まったようだ。
その夜、終始ひたすらニコニコしていた雛さんが、水樹のベッドに忍び込んで大騒ぎになったけども、何やかんやで朝を迎えた。
朝食を済ませ、根道神社とやらへ向かう。
スマホの地図アプリを開き、行き先の方角と距離を確認する。
闇雲に走ると、通り過ぎちゃうからな。
到着してみると、神社はちょっとした高台にある。
高台の麓にある池は、透明度が高く、池の底が見えるほどだ。
泳いでいる鯉が、まるで宙に浮いているように見えた。
「すっげー。」
綺麗な川は見慣れているけど、池がこれほど綺麗なのは初めてだった。
「私、雑誌やネットで見たことがあります。有名な絵画に似ていることや、山から湧き水が
そう言えば雛ちゃんはカメラが趣味だっけ。
「それにしても綺麗だな…。」
ついつい見惚れてしまうほどだ。
そのガラスのような池に波紋が広がる。
ドスンッ…、ドスンッ…。
そこへ、背丈が3mはあろうかという岩男が現れた。
「噂は聞いておる。再びさるとらへびと闘うとか言っているらしいな。」
これはさすがにとんでもねぇ奴だ…。
でもこんな奴、前のさるとらへびとの闘いの時にいたっけ?
「私はこんな体な故、岩蛇殿の集合には行けなかった。だが、娘より報告は聞いておる。散々だったらしいじゃないか。」
おいおい、最初から雲行きが怪しいな…。
取り敢えず一歩前へ出て説得を始める水樹。
俺達は彼等の反応を見守るしかなかった。
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