第60話

 「そう言えば、私の働いている自然の家で、最近小さな地震みたいな揺れを感じるのよね。」


韋駄天のお母さんである、ゆかりおばさんの証言を元に、さるとらへびの居場所が、意外にも高賀山自然の家じゃないかという疑惑が起こり、黒爺と韋駄天と3人で訪れることとなった。


紫おばさんは自然が大好きで、大学卒業後、関市の市役所へ高賀山自然の家の管理人をやりたいと直談判したみたい。

最初は断られたらしいのだけど、前管理人である白井お婆ちゃんの体調が崩れ人手が足りず、連絡を受けた紫おばさんはその日の夜に吹っ飛んできてそのまま管理人を引き継いだ。


今では逆に、宿泊客が多い時は白井お婆ちゃんが手伝いにきているみたい。

だけど、お婆ちゃんもだいぶ高齢だしね。

それに紫おばさんもすっかり仕事に慣れてテキパキとこなしている。

管理人室には、パパが描いた白井お婆ちゃんと、紫おばさんの笑顔の似顔絵が二人並んで飾られている。

ああやって、似顔絵や写真が増えていき、歴史が刻まれていくんだなぁなんて思った。


数十年前までは小学校として使われていた校舎を改築して宿にしている。

校舎の面影の残ったこの宿は、独特な雰囲気を持っていて私も好き。

それに小さなグランドと体育館もあるしね。

宿というより合宿での利用客も多いみたい。


道路からそれなりに勾配のある、アスファルトじゃなくてコンクリートで作られた坂を登り宿へと到着する。

坂の途中で振り返ると、山間を縫うように流れる板取川が見えて、いかにも大自然って感じの風景が見える。


坂を登りきり一歩踏み出した瞬間、何か違和感を感じる。

「グラウンドに何か…いる…。」

グラウンドの中心から強い妖気を発している何かがいる。

向こうも私達が、来たことを察知している。


私は宿である旧校舎を傷付けたくないと思い、坂から右回りでグラウンドを回る。

何かが出現し、何か攻撃してきても、被害はフェンスぐらいで済む。

高台なのも幸いで、他の建物に被害が及ぶ心配もない。

強いて言えば川向うの山ぐらい。


強い妖気は更に強まる。

「来る!」

ぬぅっと現れたのは、岩で覆われた大きな、とてつもなく大きな蛇だった。

「巫女だと…。この地の果てに…、巫女だと…?」

確かに聞こえるその声は、喋って発せられた声ではなさそう。


「なんと…。こやつは岩蛇いわへびじゃ…。これはまたとんでもない者を起こしてしまったようじゃ…。」

黒爺が珍しく怯んだ。


「岩蛇は石垣みたいな岩の集まるところにまう妖怪で、普段は特に害はないのだが、機嫌を損ねると暴れだし何もかも吹き飛ばしてしまう。そういった意味でやっかいじゃ…。難攻不落の城なんかの石垣には必ずいると噂されておる。岩蛇が、巣である石垣を守ろうと抵抗するからの。」

そう言われれば、この自然の家の高台になっている部分は、古い石垣で出来ていた。


「なら問題ないんじゃ…。」

岩蛇は体のほとんどを現すと、その大きさは2階建ての宿を軽く超える。

「その機嫌が…、悪いかも知れぬ…。」

見上げた先の岩蛇の表情は見えない。

見れても無表情っぽいから分からないだろうけど。


「巫女を最後に見たのは何百年前だったか…。その巫女はあろうことかワシを倒そうとした。よって粛清した。お主も同じか!」

「私はそのようなことはいたしませぬ。どうか静まってください。」

「聞けぬわ!幾百年もの恨み、晴らさんでか!!」

交渉の余地はまったくない。


前に来たという巫女は、どれだけ酷いことしたのよ。

大きさに似合わず、鋭く噛み付こうとしてくる。

いや、噛み付くというより食べようとしている勢いだ。

大きな口は、近くのジャングルジムすら軽く食べられそう。


「韋駄天!黒爺を安全なところへ!それと蘭ちゃん!」

ポンッと煙と共に白猫蘭丸が現れる。

「協力して頂戴。だけど危害を加えては駄目。この御方の恨みを解決するの。」

「しかし、水樹様。お言葉ですがどうやって…。」

「んー。」


私は数百年も恨み続けるには理由があると思った。

前の巫女は粛清された。つまり殺されてしまったということだと思う。

ならばその時点で恨みは晴らしているのでは?


再び噛み付き攻撃がくる。

蘭ちゃんは私を乗せて素早く移動する。

あれ?何か光った。

頭の部分の岩の隙間が、太陽の光を反射して光ったように見えた。


「黒爺!岩蛇さんの頭に何かあるの見える!?」

反対側にいる黒爺に向かって叫んだ。

あそこからなら後頭部がよく見えるはず。

耳打ちされた韋駄天が一瞬で私の隣に来た。

「短剣らしき物が刺さっているってよ。」

「やっぱり…。」


私の推理は正しかった。

恐らく、前の巫女が攻撃した際に残した短剣なのだろう。

あれによって岩蛇さん自体に何かが起きていて、それが恨みの根源になっているに違いない。


「韋駄天、岩蛇さんの頭のてっぺんにある短剣を取ってこれる?」

彼は岩蛇を見上げ走りだそうとしたが、なかなか行かない。

「どうしたの?」

「あんなに動かれちゃ、登れねーよ。俺は真っ直ぐにしか走れないからな。」

あぁ、そうか…。

飛ぶように移動しても、着地地点が移動したら落ちてしまう。

相性が悪いってことね。ならば…。


「欄ちゃんはどう?」

「水樹様。」

「何?」

「どうやら私は蛇は苦手なようです…。」

蘭ちゃんの告白に私は吹き出しそうになった。


「笑い事ではありませぬ。」

「何かトラウマがあるのね。」

拾った時の怪我って、やっぱり蛇の仕業だったのかもね…。


「しかし、水樹様と一緒なら怖くはありません。」

「うん、わかった。」

これで蘭ちゃんを単騎突入させることは選択肢から無くなる。


岩蛇は力をためて、一気に鋭く攻撃しようとしている。

警戒しながら思慮を巡らせる。

私と一緒なら…。


そうか!

「蘭ちゃん!私に憑依して!」

「しかし…。式神風情が主人であるあなたに…。」

「家族だって言ったでしょ!」

「………。」


それでも欄ちゃんは躊躇ためらっているように見えた。

「早く!」

「失礼します!」

意を決したかのように、蘭ちゃんは私に飛び込み体へと吸い込まれていった。

体の芯がウズウズする。


「韋駄天!岩蛇さんの注意を逸らして!」

「そのぐらいなら…。」

彼は消えると宿の屋根の上にいた。

「岩蛇!こっちだ!」

ガッと攻撃するがそこにはすでに韋駄天はいない。

これなら相性が良い。スピードなら韋駄天は誰にも負けない。


岩蛇は周囲を見渡しながら黒爺を見つけると攻撃をしかける。

が、それも韋駄天によって避けられる。

いつの間にか黒爺を抱えて私の隣にいた。


「おい、水樹!無防備過ぎるぞ!」

その頃ようやく体のムズムズが収まる。

「心配ないにゃ。私には蘭ちゃんがいるにゃー。」

「なにふざけて………………。」


彼は私を見て動きを止めた。

ん?そこへ容赦なく岩蛇さんが襲ってくる。

「あぶねっ。」

韋駄天が間一髪全員を救う。

だけど、体当たり的に移動したため、放り投げられるように飛んだ。


受け身を取ろうとしたけど、自然と、そう極自然と無意識に体が反応して、身を反転ししっかりと足から着地する。

ザザッーーーー


フンッ!私だってやれば出来る。

でも、ヨロヨロってしてぺたんと座り込む。

あれ?何か踏んづけた…。


それを見た瞬間、私の思考は停止した。

「尻尾………?」

あ………、あぁ……………。

「あああああああああああぁあぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーー!!!!!」

まさかと思い、慌てて頭を触る。

私の頭にはピョコンと二つ何かが飛び出している。


韋駄天と黒爺を見ると、好奇な目で私を見ていた。

「韋駄天!見にゃいで!!」

彼はだらしない顔をしながら言った。

「可愛い…。」


うんんんんんんっ~~~…。

恥ずかしい…。

けど、やらなきゃ。やらなきゃ…。

やればいいのよ!


「にゃああああァァァァァァっァあぁ!!」

無我夢中で走る。

途中から四足で走っていたような気がするけど気にしない。

岩蛇さんの攻撃も難なく交わし、胴体へ飛び移るとスルスルッと登っていく。


岩蛇さんは暴れて地響きがしているけど、欄ちゃんの身体能力を侮ってはいけない。絶妙なバランス感覚であっという間に後頭部へと到着する。

岩と岩の隙間に光る短剣を見つけると、揺れ動く中サッと掴みとった。


ピタッ…。


岩蛇さんの動きが止まる。

そう、まさに岩のように動きを止めた。

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