第4話
初めての大自然探索は、壮大な感動と、絵に込められたラブレターを貰うこととなった。
「明日は川に入るから水着を着ておいてね。」
光司君はそう言って帰っていった。
「変な奴だろ。」
源五郎おじいちゃんがニヤニヤしながら言ってきた。
「そうかもね。」
そう言ってニヤけてしまった。
自分でも滅多にこんな顔をしないのだけど、すっかりおじいちゃんのペースにはまっていたのかも。
でもそれは、彼との出会いが素敵だったからって事もあるかも。
家に上がり、もらった絵をテーブルに置いて、まじまじと見てみた。
絵のどこにも消しゴムを使った痕はない。無駄な線が一本もないということ…なのかな…?
それに景色を一度見ただけで、一気にこれだけ描けるってことも凄いと思った。
ちょっとまって…。
そんなことって本当に出来るの…?
おばあちゃんが覗きこんできた。
「あら…。素敵な絵ね。とてもドキドキする感じねぇ。」
意味ありげな言葉に、おばあちゃんもこの絵のメッセージに気付いたのだと思った。
「うん。とっても嬉しかった。」
ニシシーと笑う。
また笑顔になった。
「私にもしもがあったら…、この絵と一緒に眠りたい。」
おばあちゃんはニッコリしながらゆっくり頷いた。
そんな不吉な事を言いながらも、病気が発覚してからこんなに素直に笑顔になったことがないことも思い出した。
その日は、貰った絵を枕元に置いて、寝るまで見ていた。
何だか照れくさくて恥ずかしくて、でも嬉しくて嬉しくて、いつまでも見ていたかった。
しかし、瞳の言葉を梅から聞いた源五郎は、年齢よりも老けた表情でうなだれるしかなかった。
二人は病気が原因で出会えたが、だけどその病気のせいで引き裂かれる運命しかないことを、ただただ呪うことしか出来なかった。
せめて最後までしっかりと二人を見守っていこうと、二人は話しあっていた。
俺は海パンにTシャツと帽子、そしてスケッチブックを持って源爺の家に向かう。
「こんにちわー。」
開きっぱなしの玄関に向かって誰かを呼ぶ。
直ぐに瞳ちゃんが来た。彼女はスクール水着の上から白いTシャツを着て、昨日と同じ大きめの麦わら帽子と、小さなランチボックスと、赤い水筒を持ってきていた。
「梅婆ちゃん、買い物カゴ借りるね。」
土間の隅に置いてある、古びて埃を被ったボロボロのプラスチック製の買い物カゴに、俺と瞳ちゃんが持ってきた荷物を入れる。量の割にそれほど重くはない。
「じゃあ行こうか。」
「おばあちゃん、行ってくるね。」
二人で玄関を出る。サンダルで歩いていたため、パタパタとした音が二人分響く。
「今日はさ、親友を呼んでるんだ。会ってくれると嬉しいのだけど…。」
「うん、いいよ。」
そんな会話をしつつ源爺が居ないことに気が付いたが、多分出かけているのだろう。いつも乗っている軽トラックもない。
そう思っていると、彼女はそっと俺の手を握ってきた。俺は瞳ちゃんに意識を集中する。今日もしっかりとエスコートしなくっちゃ。
今日は昨日行ったルートではなく、来た道を戻っていく。つまり、俺の家の方へ戻っていく。
新高賀橋を渡り、昨日最初に一人で川へ降り立った階段をくだる。
ゆっくりと川辺に向かいながら、これから行く場所を説明した。
「あそこに平べったくて大きな岩があるでしょ。今日はあそこに行くよ。」
俺が指差した先には、川に浮かぶ平べったい一枚岩がある。大きさは10m四方ぐらいあるかな。
その岩の上流側には縦に大きな岩があり、男子ならば一度はこの岩に登ることを挑戦をする場所だ。
その縦に大きな岩の下流側に、今から行く大きくて平らな岩がある。
上流側の岩のせいで、平らな岩は日陰になる。ここなら瞳ちゃんの体への負担が少ないと思った。この付近で泳いでいる時もこの平らな岩で休憩することが多いぐらい、休憩にはもってこいの場所だ。
この岩は川幅の3分の2ぐらい行ったところにあるけども、手前側は腰ぐらいまでの深さしかない。
逆に岩の向こう側は足が届かないほど深くなっている。これから向かう二つの大きな岩が流れを一度止めているせいか、深いところほど流れが緩くなっている。橋の上からなら、この深いエリアで魚の姿が見られることは珍しくない。
ただし、手前の浅い方は少し流れが速い。
「私、行けるかな。」
彼女は不安になっているようだ。プールとは違い川には常に流れがある。
腰ぐらいの深さとはいえ、それなりに流れが強いのは見た目にも分かったからだ。
「大丈夫。しっかり掴まってて。」
ゆっくりと川に入っていく。途中でカゴを頭の上に乗せてバランスを取り左手で抑えた。右手は瞳ちゃんの手をしっかりと握っている。
少しずつ深くなっていく。流れも強くなってくる。彼女は必死に俺の手と腕を握っていた。
「滑りやすいから気を付けて。後、サンダル脱げないようにね。」
アドバイスを送ると、瞳ちゃんは一歩一歩ゆっくりと踏みしめながらついてきた。
彼女のペースに合わせて時間をかけて川を渡る。
冷たい水が体をすり抜けていく。
目指す平らな岩の直ぐ下流側は、水の流れのせいか川底に小石が積み上がり浅くなっている。
一度腰ぐらいまで浸かった水位も、目的地に近づくにつれて膝ぐらいの水深になっていった。
その浅瀬になっている部分を選び上流側へ移動し、平べったい岩に到着した。
まずはカゴを岩の上に乗せる。左手で岩の窪みを掴み一気に上に登った。
「ちょうど水の高さのところに出っ張りがあるから、そこに足をかけて。」
瞳ちゃんはあたふたしながらも素直に従い、俺を見てきた。
両手でしっかりと彼女の手を握る。
「せーの。」
一気に手を引っ張って持ち上げる。少しよろめきながらも何とか登ることができた。
ちょうど良い感じに日陰になっていて、緩やかに流れる風も涼しい。
陽の当たっている場所と日陰のところでは岩の温度が段違いだった。
日陰を選び座ったけど、それでも暑さを感じる時もあるので、その時は川の水を岩の上に撒いてねと伝えた。彼女は小さく頷いた。
今日はメインとして新高賀橋を下からのアングルで描きつつ、周囲の風景を書き込んでいった。
彼女は俺が絵を描いているところを覗きこんだり、時々橋をわたる車を見上げたり、深いエリアで見える魚を観察したりしていた。そんな時、遠くから声が聞こえてくる。
「こーちゃーん!」
声がこだまする。
そこには、俺よりもちょっと背が高く、体格もがっちりした感じの少年が海パンとTシャツ姿でやってきた。
釣竿と全周ベコベコにへこんでいるバケツを持っている。
川を慣れた様子で渡りきり、ひょいひょいと岩の上に登ってきた。
「彼は同級生で幼馴染で親友の
「よろしくな!」
「こっちは転校生の
「瞳です。よろしくね。」
類は俺が知る限りの渾身の笑顔だったが、瞳ちゃんは彼女のの想像と違ったのか動揺していたように見えた。
類もそこが気になったみたいだけど、直ぐに自分のペースに戻っていく。
元々相手に合わせるような器用なことはしない奴だ。
「こいつが絵を描いている時は暇だろ?だからさ、釣竿持ってきたんだ。やってみなよ!」
瞳ちゃんは、類のグイグイ来る感じがちょっと苦手なようだった。
時々俺に助けを求めるような視線を送ってきている。
そんなことはお構いなしに、竿を伸ばし先端に糸を縛り付けた。糸の先には釣り針と重り、そして浮きが既に取り付けられている。準備はバッチリといった感じだ。
バケツの中に入れてあったプラスチックケースから練りエサを一摘み取出し、指先でまるめてから釣り針につける。
練りエサは魚の餌を少量の水で溶かして練り固めたようなものだ。
ケースから更に餌を手に取ると、無造作に流れの緩い深いエリアに向けて投げ込んだ。
川底の方では黒い魚影がゆっくり落ちていく餌につられて動き出しているように見えた。
「ささ、やってみよ!」
ぐいっと長い釣竿を渡された瞳ちゃんのキョトンとした顔も可愛かった。ついクスクスと笑いが溢れる。
「光司君、どうしたらいいの?」
あからさまに困った顔をしながら、俺に助けを求めてきた。絵を描く手を止めると、彼女の左にしゃがみながら左手で竿を支え、右手で浮きより少し上の辺りを持ちそっと川へ投げ込んだ。
「適当で大丈夫だからね。」
そう説明すると、ポチャンと音がして釣り針は重りに引っ張られてゆっくり沈んでいく。類が撒いた餌に釣られた魚が、今投下した釣り針付きの餌にも寄ってきているように見える。
「釣竿をしっかり握ってて。」
彼女は必死に竿を握りながら川底を覗きこんでいた。俺の左手は竿を支え続けている。
その左手からは、クンックンッと軽い反応があった。
「食い付くかもよ。浮きに書いてある赤いラインまで沈んだら釣竿を引き上げるんだ。」
小声で伝える。
彼女は小さく頷きながら、真剣な眼差しで浮きの動きを見ていた。
グィッ!
その時浮きが強く沈む。目安にしていた赤いラインよりも沈み始めた。
「今だ!」
類が叫んだ。瞳ちゃんは無我夢中で竿を引き上げる。
釣竿は信じられないぐらいしなりながら曲がった。そして糸は右に左に大きく振れながら、今までに感じたことのない強さで引っ張られていく。
グググググググッ
久しぶりの強い引きだ。類に目配せすると、彼も右手で竿を支える。
「一気にいくぞ!それっ!」
彼の号令で俺達は更に竿を引き上げる。
グワッと引かれた釣竿は、しなりながらも一匹の大きなウグイを釣り上げた。
岩の上でピチピチと跳ねている。
俺は糸を掴んで川に逃げないようにすると類に向かって「水!」と叫ぶ。
彼は急いでベコベコのバケツで川の水を汲むと、瞳ちゃんの隣に置いた。
バケツの丁度真ん中くらいのへこんだ所から、ちょっとずつ水が漏れているのに気付いたけど、魚を掴み針を丁寧に取り除き、バケツの中に入れた。
チャプンッ
暴れていたウグイは元気に泳ぎ始める。こげ茶色を帯びた銀色で、横腹に黒っぽいラインが入っている。
何回も見たことはあるけど、実は食べたことがない。
父さんは釣りバカで、鮎を大量に釣ってくる。途中ウグイやニジマスなんかも釣れるらしいのだけど、それらはリリースするらしい。
何故ならば、父さん曰く、鮎が断トツで旨いらしい。食べたことないんだから分かるわけないよね。
「釣れたね。」
俺はバケツを覗きこみながら、同じく魚をのぞき込んでいる瞳ちゃんの横顔を見た。彼女は目をキラキラさせながら初めての釣果に興奮していた。
「本当に釣れた…。凄い凄い!」
目を細めながら口元を手で抑えながらも喜びを隠さなかった。
「な、釣りっておもしれーだろ?」
類がドヤ顔で言った。俺達は顔を見合わせてケラケラと笑った。
何故ならば、誰も釣りが面白くないとは言ってなかったからだ。
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