第64話
山鬼は不敵に笑いながら間合いを測っている。
「まさか、この俺と互角の巫女がいるとはな。世の中捨てたもんじゃねーな。」
私は少しずつ彼の目的が分かってきてしまった。
「あなたは…。あなたは死のうとしている…。死んで、最愛の人のところへ行こうとしている…。」
「ふん…。そんなこと、とうに諦めたわ。鬼になった俺に、そんな事が叶う訳なかろう。」
「いいえ、私が必ずあなたを成仏させてあげる。」
「小賢しい。俺はあいつに約束した。この国で一番の侍になると。今からでもなってやろうじゃないか!この国で一番の
---執念
千年以上続いた執念の鬼。
彼は
「私だって!絶対に負けない!!あなたも救ってみせる!!!」
心の奥から、止めど無く力が溢れてくる。
トクン、トクン、トクン…。
大丈夫、まだ人間…まだいける…。
「かかってこいやー!!!」
山鬼が叫ぶ。
「推して参いる!!!!」
山鬼の拳と私の朱雀が激しくぶつかる。
ドンッッッッッッ!!!!
周囲の落ち葉も土も小石も吹っ飛ぶ。
大木が揺れ大気を震わせた。
グシャ…
鈍い音がした。
山鬼の右拳が潰れ、体液が噴き出る。
油断せず右回転しながら水平に薙ぎ払う。
ザンッ!!
彼の左手の肘から下が落ちる。
切り口からドバッと体液が溢れでた。
山鬼はヨロヨロしながら後退し、そして糸が切れた操り人形の様に、だらんと倒れた。
ハァ…、ハァ…。
私は急ぎ力を鎮める。
これ以上は、湧きでてくる力を止めておけなくなりそうだったから。
このまま続けていたら私も鬼になっちゃう…。
ハァ…、ハァ…、スゥーーーーーーー…、ハァァァァァァァァーーーーー………。
息を整え、山鬼のところへ向かう。
彼は小刻みに震えながら弱々しく私を見つめる。
「とどめを刺せ…。」
私は朱雀を鞘に収める。
「あなたは直に消えます…。」
「ふ、ふんっ…。偉そうに…人間風情が…。」
「あなたも人間です。ちょっと負の力が止まらなくなり鬼になっただけ。ただそれだけ。」
「俺は…、朝廷に復讐する…。それだけが…、千年という時間を…、耐える原動力だった…。」
「復讐しても最愛の人は帰ってきません。」
「ほざけっ…。」
「だけど、最愛の人の元に行くことはできます。私に会えたのだから。」
そして空を見上げた。
そこには木漏れ日から差し込む一筋の光が、山鬼を照らしている。
彼には見えたと思う。
彼を支え、命尽きるその時まで彼の傍にいた最愛の女性が…。
「あぁ…。」
彼は痛みを忘れ、一筋の涙を零す。
幸せそうな顔をしながら、細かい光の粒となって空へと消えていった。
山鬼のいた場所には、小振りの弓が残っていた。
そこへ一筋の光から矢が一本落ちてきた。
私はその場にへたり込む。
色んな感情が溢れでて、誰にはばかることなく泣いた。
ウワァァァァァァァァァァアァアアァァァァッ!!!!!
大声で泣いた。
「水樹…。」
やり取りを見ていた韋駄天が、後ろからそっと抱きしめてくれる。
黒爺は二人が無事に成仏するよう念仏を唱えてくれた。
「人は千年も人を愛することが出来るの?その先には修羅になるほど苦しい現実しかないの?」
涙声の私の問いに、二人は答えなかった。
答えられなかった。
そんなことはないと、軽々しく言える気持ちにはなれなかったからだと思う。
「だけど、二人が再び出会えたのは、水樹のおかげなんじゃないかな。今は、それでいいじゃん。後は二人が解決するさ。」
韋駄天の言葉にちょっとだけ救われた。
「人の強い情は、向いた方向によっては鬼にも修羅にもなる。じゃが、神にも仏にもなることもあるじゃろう。そう捨てたもんじゃなかろうて。」
黒爺が珍しく詩的なことを言った。
「うん…。」
「体調はどうじゃ?」
「それは大丈夫。ちょっと疲れたけど…。」
立ち上がろうとしてよろめく。
直ぐに韋駄天が支えてくれた。
「うむ、少し休め。岩蛇殿にはワシから報告しておく。明日改めて行くとな。」
「お願いします…。」
私は家に連れていかれ、そしてベッドで
その日の夜。
俺は黒爺を抱えて高賀山自然の家に移動している。
水樹はベッドに寝かせると同時に、深い眠りについていた。
「心配はいらぬ。高賀山から溢れる霊力が直に彼女を回復させるじゃろうて。」
「それならいいけど…。」
俺は心配だったけど、彼女を置いていくことにした。
それにしても黒爺は相変わらず軽すぎる。
高賀山自然の家に着くと、直ぐに違和感を感じる。
そして岩蛇が姿を現した。
「俺も何だかんだ言って、妖気だの霊気だの得体の知れなかったもんが、少しは気付くようになっちまった。」
「ふむ。お主はちと特別じゃからの。
「慣れるってのも、何だかなぁ…。」
水樹が自分が化け物になっていくって言っていた意味が、ちょっとだけ理解出来た。
岩蛇が全身を現したが沈黙している。
水樹が居ないことが不安のようだ。
「岩蛇殿、報告じゃ。山鬼は討った。水樹殿一人でな。」
「なんと…。アレを討ったか…。して、本人は?」
「怪我は無い。じゃが、疲労が激しく今は寝ておる。」
「………、無傷で倒したと申すのか?」
そう言えばと、言われて初めて気付いた。
激戦ではあったけども、結局水樹は傷らしい傷は負っていない。
ただ、何度か激しく撃ち合ったから、見えないだけで負担は大きかったと思うけど。
「そいうことに…、なるのぉ…。」
黒爺も気付いた。結局無傷だったことに。
「上等過ぎる結果である。高賀山に棲まう妖怪共に声をかけよう。千年に一度しか現れぬ巫女が来たとな。そしてさるとらへび討伐に向けて、皆の力を借りようではないか。」
「なるほどのぉ。じゃが、賛成してくれるばかりではないと予想するが、いかがじゃ?」
「もちろん反対派もいるであろう。だがこれは、永く高賀山を占拠され霊気を独り占めしてきた、さるとらへびへの復讐でもある。賛同者の方が多いはずだ。」
なかなか良い展開じゃんって思ったけど、黒爺はあまり乗り気ではなさそうだった。
「中立の立場を取るものもいるはずじゃ。なかなか難しい問題であろう。一歩間違えると、全員を敵に回してしまう可能性すらあるの。とはいえ…、選択肢は少ないのかもしれぬ。」
「そういうことじゃ。先に宣言しておく。例えワシ一人になってもお主らと共にしようぞ。」
「なんとも心強い…。ありがとう…。」
「この
岩蛇は空を見上げ、何か小さい者をを口から飛ばした。
小石のようにも見えたそれは、各地に飛んでいく。
あれはきっと他の妖怪への集合の合図となるのだろう。
「明日夜、再びここに来い。待っておるぞ。」
二人の会話が終わり、岩蛇が姿を消すと水樹の家に帰った。
黒爺も岩蛇も、どちらかというと悲壮感の方が強かったように見える。
水樹が強くなったとはいえ、状況はあまり良くないのだと実感し始めてきた。
そんなことになっているとは知らず、今だ深く眠る彼女の寝顔は、穏やかだったけど、一筋の涙が零れていた。
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