第17話

 「やぁ、瞳ちゃん。調子はどうだい?」

白衣の男は、私の心臓病の件でお世話になった、山岡先生だった。

「お世話になっております。」

おじいちゃんがお辞儀をする。

光司の両親も軽く会釈した。


「私は…、その…。治っちゃいました。」

少し迷ったけど正直に話した。

検査すれば直ぐにバレてしまうからだ。

「…。」

山岡先生は変な顔をした。

先生らしい変顔だった。


「瞳ちゃんは、そういう冗談を言う子ではないと思っていたのだけどな。」

「信じてもらえないかも知れませんが、本当です。」

「おいおい、からかってもらっちゃぁ困るなぁ。」

「…。」

先生は私の真剣な眼差しをジッと見ていた。


「ん?まさか…、本当なのかい?」

大きく頷く。

先生は白衣のポケットより聴診器を取出し、おじいちゃんと光司のお父さんに後ろを向けと手で合図する。

ワンピースの胸元を軽くはだけると、聴診器を潜り込ませた。

「…。」


口をへの字にしつつ、左上の方を見ながら診察している。

いつもは直ぐに終わるのに、妙に長く調べていた。

「あー。こりゃたまげた。」

聴診器をポケットにしまう。

手でお手上げみたいなポーズをとっておちゃらけていた。


「今だからハッキリ言わさせてもらうが、瞳ちゃんは今日、いや、今死んでしまっても不思議じゃない状態だったのだよ?いったいどんな裏ワザを使ったんだい?」

私は軽く頷く。

さすがにハッキリ言われると恐怖が蘇るし、良い気分ではなかった。

だけど、これが現実だ。


「あの…、えっと…。」

「何か、言い難いのかい?」

周囲の大人達も顔を見合わせながら、何と言っていいか迷っている素振りを見せる。

「いえ…、信じてもらえるかどうか…。」

先生はいつものように左上を見あげた。

何かを考えているようだ。

「おーけー、おーけー。正直、瞳ちゃんは奇跡が起きない限り…って思ってたが、あー、それが起きたってことだ。取り敢えず話を聞こうじゃないか。例え、神様が助けてくれたって言っても最後まで聞くぞ。」


相変わらず勘が鋭い…。

「その、まさにそんな感じです。」

先生の表情は豊かだ。

本当に呆れつつビックリしたような顔をしている。

咳払いを一つすると、近くの椅子に座る。

足と腕を組んで静かに聞く体勢をとった。


そして話した。

1000年以上続く妖怪との戦いに巻き込まれたという話を…。

聴き終わっても先生は少しの間無言だった。

「あー、医者が奇跡だの夢だの語っちゃぁマズいと思うが…。」

そりゃそうだ。

先生達は常に現実と戦っている。

死という現実と。


「まぁ、そういうこともあるさ。」

そう言って、ニーっと笑った。

「とは言え、一応けじめはつけないといかん。今装置が空いてるうちに確認検査だけやらせてくれ。」

私は小さく頷いて立ち上がる。

先生は、やはりまだ吹っ切れてないのか、両膝をバンっと叩いて立ち上がる。

ゆっくりと歩き出したその後ろをついていった。


 検査は直ぐに終わった。

緊急患者が少なかったのも幸いしたかも。

おじいちゃんと診査室で先生の話を聞く。

資料を見て頭をボリボリ掻きながら認めざるを得ないといった表情だ。


「ちょっと心臓が大きいが、結合部分は完璧で動きもまったく問題ない。」

そう結論付けると、大きくため息をついた。

「あー、良いことなんだけどね。治ったんだから。とはいえ、ちょっと悲しいなぁ。俺達が出来なかったことが、たった1日でやられちゃうと。」

先生らしい感想だった。


「でも、12年後、元に戻り私は死にます。」

彼はポカンとしている。直ぐに真顔になる。

私の伝えた話では12年後、病気を抱えたままの心臓が帰ってくることを思い出したのかもしれない。

「そうとも限らんぞ。瞳ちゃんと同じ症状の手術が海外で続々と成功している。直に日本でも認可が降りる可能性は極めて高い。」

今度は私がポカンとした。


「12年という月日が、瞳ちゃんを助ける時間になるかも知れん。」

「あぁ…、あぁ…。」

神様…。

神様は本当にいるのかもしれない…。


ありがとう…。


私はまた涙が溢れ、うつむきながら涙をこぼした。


「ただ一つ問題がある。」

スッと頭をあげる。

先生は目を逸らしながら、また頭をボリボリと掻いている。

「例え認可が降りたとしても、その…、治療費がな…。」

高額だと言いたいのだろう。

「覚悟のうえです!現役で大学出たとしても3年あるし…。」

あれ?意外と短い…。私は金額的なことに不安が生じた。


「先生…、ちなみにいくらぐらいになるのでしょう…?」

「最低でも五百万から一千万…、ってところかな…。」

「…。」

想像以上に高かった。

3年で一千万なんて絶対無理…。五百万だっていけるかどうか…。


私は少しずつ現実的な問題に直面してきていると実感する。

「でも、12年というタイムリミットは変わりません。やれることは全部やります!だから、12年後の8月15日の夜…、先生を予約します!」


山岡先生はカッカッカッと笑った。

それも遠慮なく。

「いやはや、瞳ちゃん!実に面白いよ!俺も久々に燃えてきた!絶対にスケジュールを開けておこう、約束する。つか、契約書書いておいて。」


 ロビーに戻り、光司の両親に診察の結果と、私の治療について伝えた。

先生も説明してくれた。

「そうね…。瞳ちゃんのように前向きに進まないといけないのかもね。」

光司のお母さんは、そう言って少し微笑んだ。

雑談も交えて色んな対策についての会話がされるもの、やはりどうにも妖怪だの1000年以上前の人だのを信用するには無理がある。

どうしても具体案が出ないでいた。


「提案があります。」

そう感じた私は大人達を納得させる方法を考えた。

「明日、藤原の高光様に会ってみませんか?」

全員が私を注目する。

「会える保障はありませんが…。」


「俺はパス。会ってもやることには変わりねぇ。それに、瞳ちゃんの病気が完治したり、光司の目が、突然外傷もなく見えなくなったり、そんなのありえないのはわかりきってる。それはつまり、俺達じゃ理解出来ないことが起きているってことだろう?それでいいじゃないか。」

光司のお父さんの意見だ。

彼は普段ふわふわしているような印象だったけど、意外と割りきっていて迷いがない。


「私は会うわ。」

光司のお母さんは、私の意見に賛同してくれた。

「俺も会ってみようかな。」

意外にも先生も会うという。

ちなみに、おじいちゃんは遠慮すると答えた。思い出したくないってのもあるかも。


結局3人で、先生の夜勤が終わる明朝より出かけることにした。

お父さんが残り光司の様子を見ることになり、その間におじいちゃんに連れられて高賀神社へと向かうこととなった。

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