第46話

 病院に到着するなり、慣れた手つきで緊急用の搬入口から瞳が連れ込まれていった。

俺は手術室の前まで付いていき「宜しくお願いします。」とだけ伝え、深く頭を下げるとドアが閉まる。

少し経つと手術中という赤い表示灯が点灯した。

ヨロヨロっとし、廊下の長椅子に座る。


今日一日色々とありすぎた。

交渉相手は神様じゃなくてさるとらへびだったこと。

その妖怪を倒さないと村人までもが被害を受けたこと。

俺の目がさるとらへびに渡り、妖怪は力をつけてしまったこと。

そして、あの鎧武者は?


目を奪われたのがさるとらへびだったとすると、瞳の心臓はどうやって…?

疑問は付きなかったけど、いくつかの事が意味あることだったと分かる。

例えば妖怪を退治する為となると、あれだけ必死に剣道に打ち込んでいたのも理由がつく。

だけど訳が分からないことだらけだ。

いや、それは後でゆっくり聞こう。

今は手術の成功を待つんだ。


静かな廊下は時間が長く感じる。

時計を見る度に5分ぐらいしか経っていないことに気付く。

感覚では1時間は経っているかと思っているだけに、どっと疲れが出る。

そんな事を何度も繰り返す。

手術開始から1時間弱が経ったころ、俺が来た方から複数の足音が聞こえてきた。


「光司!」

聞き慣れた母さんの声がした。

視線を移すと、母さんが小走りに近寄ってきた。

そしておもむろに抱きついてきた。

両手で俺の頬を持ち、強制的に母さんの顔の方に向けられた。


「目は治ったのね…。よく頑張ったね…。お帰り…。」

その言葉に涙が溢れる。

どれだけ心配かけたか、どれだけ苦労をかけたか…。

だけど…。


「だけど、まだ終わっていない。」

「そうね、瞳ちゃんの無事を祈りましょう。」

源爺と梅婆さんも来ている。

「瞳の様子はどうだったんじゃ?」

「それが…。よく分からないのだけど、最初は苦しそうだったのに途中で急に落ち着いてて…。」

「心臓は動いていたのか?」

「うん。ゆっくりとだけど…。」

「そうか…。」

この言葉からは、あまり希望は見えなかったかもしれない。

ただ、嘘を言うつもりはなかった。


全員が椅子に座る。

父さんは俺の隣に座った。

「落ち着きがないぞ、光司。」

俺は無意識のうちに何度も時計を見たり、頭を抱えたりしていたようだ。

「でも…。心配で…。」

「ばかたれ。そんなのここにいる全員が同じだ。」


俺は父さんの顔を見た。

真っ直ぐ前を見据え腕組をしている。

その様子は堂々としていた。


「類と彼女さんは外で待っている。あいつパトカーまで持ち出しやがって。何でパトカーに乗ってきたのかって聞いたら、今日の事も含めて警官になったから、とか言いやがって…。」

父さんは少し声を震わせた。

「ホントにお前も含めてバカ者ばっかだ。バカ過ぎてバカ正直で…。バカはバカなりに堂々としてろ。」

「何だよそれ…。」

でも父さんも貧乏揺すりしていた。

心配しまくりじゃん…。


でもそれがちょっと可笑しくて、少し緊張がほぐれ、冷静さを取り戻した。

そうだよな、俺達が信じて待ってやらないとな。


手術開始から4時間が経った。

午前0時をまわり、源爺と梅婆さんは寄り添いながらウトウトしている。

途中何度か看護師が走りすぎて行くのを見た。

その度に緊張が走り、父さんは飲み物を買ってきたりして場を和ませてくれたりした。


予定手術時間を聞いておくんだった…。

ずっとモヤモヤして時々吐き気すらする。

そんな時だった。


そしてそれは、突然訪れた。

手術中の表示ランプが消えたのだ。

俺と父さんは同時に立ち上がった。

母さんはもう涙目になりながら、源爺と梅婆さんを起こした。


ドンッ!


手術室への扉に大きな衝撃音が響く。

誰かが扉にぶつかったようだ。

とても嫌な予感がする。


ゴゴゴゴ…


ゆっくりと引き戸が開く。

そこには担当医の山岡先生がいた。

その顔を見て俺は絶望した。


先生は大粒の涙を流していたからだ。

そのまま廊下に倒れこみ、四つん這いになる。土下座しているようにも見える。




やめてくれ…。




やめてくれ…。




言わないでくれ…。




ドンッ!!

先生は激しく廊下の床を殴った。


ドンッドンッドンッドンッ…


何度も何度も何度も…。


その姿を見て、俺は無我夢中で走りだした。


その場に居たくなかった。


先生の言葉を聞くことから逃げた。


外にいた類を見つけ、そして彼の目の前で座り込んだ。


視界は歪み、突然虚無感に襲われ、そして思いっきり叫んだ。


ウワァァァアアアアァァァァッァァァアァァァァァァアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!

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