第6話
日差しもかなり傾いた道端で慌てふためく俺と
「瞳ちゃん!」
彼女は息苦しそうにしていた。弱々しく悲しげな表情を俺に向けているが、声にはならない。
「類!
「分かった!」
彼は自転車にまたがると自慢の脚力でこぎだす。どんどん小さくなる類の姿を追いながら、今自分はどうしたら良いか検討もついてない事に気付く。
そこへ軽トラックが後ろからやってきた。
「どうした!」
源爺の声だ。出掛けていたが、タイミングよく帰ってきてくれた。救われた気がした。
「急にうずくまっちゃって…。」
言葉が終わるか終わらないうちに瞳ちゃんを抱きかかえ車に乗せた。
そのまま後を追いかける。
走って向かっていると、先に着いた車から彼女が家の中へ連れてかれていくのが見えた。
類もどうして良いかわからず、ただただ心配そうに眺めていた。
玄関先で類と待っていると、暫らくしてから源爺が戻ってきた。
その表情は険しい。
「軽い貧血のようだ。最近よく出掛けるようになったし、疲れもたまっていたのかもしれん。」
源爺の言葉は、俺達が悪い訳じゃないってことも言いたかったのかもしれない。
だけど俺は納得いかなかった。
彼女を守ると言いながらも、ちょっと体調を崩しただけなのに何もできなかったからだ。
「源爺、俺を殴ってくれ。」
「は?」
源爺は俺が何を言っているか分からなかったようだ。
「俺は源爺との約束を破った。だから殴ってくれ。」
「だけどおまえ…。」
「頼む…。」
二人のちぐはぐな会話の後、意を決したかのように源爺は平手打ちしてきた。
バッシーン!
痛そうな音と共に俺は吹っ飛んで倒れた。手加減無しだ。
「大丈夫か?」
類が心配してくれた。
「けじめはちゃんとつけなきゃ。」
俺は精一杯の笑顔を向けたつもりだけど、たぶん辛そうな顔をしていたと思う。
何も出来なかった自分が悔しくて悔しくて悔しくて仕方がなかった。
「明日は外出禁止だ。」
源爺の言葉。そうなっても仕方がない。
「だけど瞳はお前の絵がもっと見たいと言っていた。だからたくさん持ってこい。」
そう言って家の中に入っていく。
明日また会うことが出来る望みが残されただけでも良かった。
俺達は帰りの途につくことにした。
トボトボと歩く二つの長い影がメインと呼ぶには心細い道路へぶつかるころ、俺は涙が溢れて止まらなくなっていた。
「類…。俺、どうしたら良い?」
溢れんばかりの愛情が行き場を失っている。
中学生に出来ることは何もない事を痛感している。類もつられて泣いてくれていた。
「瞳ちゃんにはさ、笑顔でいてもらおうぜ。その為に俺らがやれることを頑張るしかねーよ。」
彼の言葉は胸に響いた。そうだよな、俺が泣いてちゃ駄目だよな。
「それなら俺にも出来る。」
類もニンマリ笑っている。
「明日は外出禁止だけどさ、明後日のお祭りに行けるよう源爺と相談してみるよ。」
「駄目だったら俺が付き合ってやるさ。」
類は本当にいいやつだ。
「そんで、神様にお願いしてみる。」
「神頼みかー。それしかねーよなー。」
「神様いっぱいいるじゃん。川の神様、山の神様、空の神様、太陽の神様、月の神様、星の神様、森の神様、風の神様、水の神様、土の神様…。まだまだいっぱいいる。誰か一人くらい願いを聞いてくれるかもしれないじゃん。」
「だよな。俺も家に帰ったらさ、カブトムシの神様にお願いしてみるわ。」
二人の帰る方向は逆のため、ここで別れた。また何かあったら連絡するとだけ伝えた。
家に帰ると母さんが夕食の準備をしている。あざとく俺を見つけた。
「あら、おかえり。」
そう言って再び料理をし始めたが、不意に手を止める。火も止めて直ぐに俺のところにやってきた。
「何かあったでしょ。」
やばいと思った。視線が泳ぐ。
疑問を解決しないと気が済まない母さんにバレてしまっている。
俺は軽くため息をつくと、瞳ちゃんのことを話し始めた。
病気のこと、両親のこと、川へ遊びにいったこと、そして今日倒れたこと。
母さんは静かに、そして真剣に聞いてくれた。
「俺、どうしたら良いのかな…。」
「瞳ちゃんのこと、好きなのね。」
「な!?」
相変わらず鋭い。母さんには隠し事はできない。
「悩むことなんて無いのよ。いっぱい、いーっぱい瞳ちゃんと会ってあげなさい。」
ガシッと肩をつかむ。
「そして、いっぱいお話ししなさい。昔のこと、今のこと、将来のこと。そしたら瞳ちゃんのこともいーっぱい聞いてあげなさい。瞳ちゃんは人より思い出が少ないまま旅立っちゃうかもしれない。だから、あなたがいっぱい思い出を作ってあげなさい。出来ることは何でもしてあげなさい。例えそれが無理な相談でもやるって答えてきなさい!わかった?」
いつもニヤケ顔で冗談ばかり言ってる母さんが、真剣に話してくれている姿に、俺もいつまでもウジウジしてられないと思った。
「瞳ちゃんは俺の絵を見たいと言ってくれた。明日いっぱい持っていくよ。」
「わかった。光司の絵のファン第1号の私が許す。秘蔵の絵も持って行きましょ。」
母さんは俺の絵のファン第1号だといろんな人に公言している。保育園の時に書いた母の日の母さんの絵を今だに大切に保管してある。それ以降、俺が書いた絵を全て屋根裏の倉庫に保管し続けている。
保育園の時の母の絵は、誰もが人の顔の形をしていなかったのに、俺のだけは人の顔をしているどころか母の特徴を捉えてさえいた。それから年に4~5枚描いていた絵が褒められる度に好きになり、小学生に上がったころには月に1枚、小学校高学年のころには週に1枚、今では1~3日に1枚のペースで書き続けていた。
だけど学校や公的なところで賞をとったことはない。大人が書いた絵だと思われているらしく、選考からいつも外されている。去年、中学校の美術の先生が推薦してくれたのだが、やはり大人の絵だと言って誰も信じてくれず選考から落とされたというのを聞いたからだ。
俺は賞が欲しいわけではないから特に気にしてないし、家族や友達が喜んでくれさえすれば満足だった。
夕御飯が終わってからの母は、屋根裏倉庫から俺の絵を引っ張りだす作業に追われていた。
こんなにあったのかと自分でも関心するほどのスケッチブックの山が、そこにはあった。そんな時、父さんが帰ってきた。
「な、なんじゃこりゃ。光司の絵は捨てないって言っていたじゃないか。」
父さんはてっきり捨てるのかと思ったらしい。
「明日は光司の絵の展覧会なの。だから急いで準備。踏まないでよ。踏んだら離婚だから。」
「展覧会?賞はどれも取れなかったって…。」
「大切な人の為の展覧会なの。いいからどいて。」
「へいへい。」
ふてくされた父さんは残してあった夕食を食べにいった。
「もうこんなに集まったのかー。どうりで天井が下がってきたと思った。気のせいじゃなかったんだな。」
ご飯をほおばりながら喋っている。
「じゃぁ、補強しなさいよ。まだまだまだまだ増えるんだから。」
余計なことを言わなければ良かったという顔を父さんはしていた。
「それと、明日休みでしょ?10時までに鮎を4匹釣ってきてね。」
「おいおい、いくらなんでも無理だぞ。鮎だって朝方は寝ている。」
「これは命令よ!絶対に釣ってきてね。しかもプリプリのでかいやつ!」
反論を許さない迫力に父さんはそそくさとご飯を済ませ風呂場へと逃げていった。
「光司は、明日寝間着も持っていきなさい。私からも源爺にお願いするから泊まって、夜のうちに二日後の祭りに何が何でも瞳ちゃんと行けるように説得すること!いいね!失敗したら帰ってきても家に入れないからね!」
俺も風呂場へ逃げるように駆け込んでいった。
「お前も逃げてきたか。」
そう言いながらニヤけている父さん。体を洗い湯船に浸かる。
「誰が見に来るんだ?」
「見に来るんじゃなくて、瞳ちゃんって子に見せに行くの。」
そして母さんと同じように彼女のことを話した。
「ふーん。」
父さんは視線を外しながら少しのあいだ無言だった。言葉を選んでいるのかもしれない。
「そうだな、お前がしてやりたいってことは全部やってこい。後で後悔しないよう、全力でいけ。」
俺は静かに頷いた。
「鮎のことは心配するな。俺が必ず釣ってきてやる。」
そう言ってニヤけた父さんだけど、たぶん、休みの朝っぱらから堂々と釣りが出来ることを喜んでいるに違いない。
だけど、応援してくれて凄く頼もしかったし嬉しかった。
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