第7話

翌日、母さんの運転する軽自動車が源爺の家に着いたのは11時頃だった。

父さんは朝4時ごろから母さんに叩き起こされて、川で鮎と格闘していたらしい。今は寝ているけど、生粋の釣りバカだから起きたら直ぐに釣りにいくだろう。


「源爺いるー!?」

母さんは俺を連れて玄関で叫んだ。

源爺はまさか俺の母さんまで来るとは思っておらずビックリしていたが、俺から瞳ちゃんのことを聞いて駆けつけたんだろうってことぐらいは察していたようだ。


「今日は光司の展覧会をするって聞いて、全部の絵を持ってきたわ。1枚でもなくしたり破ったり汚したりしたら承知しないからね!」

「わかった、わかった。」

源爺は母さんが苦手だ。何も起きてないうちから臨戦態勢の母さんに対して、困り顔でなだめていた。


「それと、うちの釣りバカが採れたての鮎を持っていけって言うから…、はい、これ。」

いやいや、母さんが釣ってこいって朝4時に叩き起こしたんじゃないか。

そう思ったけど、黙っていた。

「たまには七輪で焼いて、みんなに食べさせてあげて。」

ぐいっと突き出された鮎は大きかった。父さん、ありがとう。


「それから…。」

「まだ何かあるんかい。」

源爺はタジタジだった。

「今日は光司が泊まっていくので、宜しくお願いします。リュックに寝間着と着替え持たせたから。」

言いたいことだけ一方的に言うと、車からダンボールを運ぶ。

その数6箱。年代順に綺麗に整理されている。

箱の外にはいつ頃の絵かマジックで書いてあった。


「じゃぁね、楽しんでらっしゃい。」

俺と源爺は台風が過ぎ去ったような気持ちで、帰っていく軽自動車を見えなくなるまで目で追った。

「やれやれ、お前のお袋さんだけは苦手だ。」


 家の中に入ると、瞳ちゃんが待っていてくれてた。

「昨日はごめんね。」

顔を合わせた瞬間、彼女はそう言ってきた。

「こちらこそごめんね。」

俺も謝った。彼女は、俺は悪くないって言おうとしたけど、その言葉を遮る。


「今日は俺の個展をやれと母さんに言われて、保育園の時の絵から今までの分、全部持ってきたよ。」

そう言いながら保育園~小学校2年生とかかれたダンボールを開ける。

記念すべき1枚目、例の保育園の時の母さんの似顔絵。

彼女は食い入るように見ている。なんだか恥ずかしい。


「そうかぁ…。光司君はこの頃から絵に想いを載せていたのね。」

何のことか直ぐには分からなかった。

「小学校前でこの画力も凄いけど、何というか…、そうね、お母さんが大好きってのが絵から伝わってくる。」

「そ…、そうかな?」

「だって、こんな素敵な笑顔を絵にしたんだもん。普通の顔じゃなくて笑顔。それもはにかんだ感じの。」

「もう、その頃の記憶は曖昧なんだけど、母さんが言うには、料理したり洗濯してる時にまとわりついて、ジロジロ顔を見ていて、何をしているのと聞いたら母の日の絵を描くって言った時の自然に出来た笑顔みたいだよ。」

「うん、きっと照れたと思う。その時の瞬間がここに描かれてる。その照れた顔を見た時の光司君の気持ちまでも込めて…。」

彼女は涙が溢れていた。

「絵で感動出来るって…、とっても素敵。」

そして笑った。俺はハッとすると直ぐにスケッチブックに今の瞳ちゃんを描き始めた。

「フフッ。私は絵を見てるね。」


 ひたすらスケッチブックとにらめっこしている光司君を時々見ながら、私は古いアルバムを見ているかのようにスケッチブックをめくっていった。

保育園時代のはアニメのキャラクターが表紙の落書帳もあった。結構な枚数があるけども、色々な絵があった。

今と違って風景はほとんど無くて、コップだったり靴だったり。クレヨンや色鉛筆で描いたのもあったり。

後半からは鉛筆になり、影を付けたり対象の周囲だけ景色が書いてあったりと、色々な書き方が残っている。


まるで、どうしたら自分が納得出来る方法なのか、どんな絵を描きたいのか試行錯誤しているかのようだった。犬や蝉、柿の木や野苺、家や車、目に映る全てを絵にしているようだった。

今よりもちょっと若く見える源五郎おじいちゃんや梅おばあちゃんの絵もあった。二人共縁側でくつろいでいる。


知らない大人達は近所の人かな。

小さい子供は友達かな。

類君に似ている子もいた。

兎にも角にも、かたっぱしから描いている印象を受けた。


画力の方も少しずつ少しずつ、だけど確実に上がっていっていた。最初は消しゴムを使って線を修正している箇所もあったけども、小学校低学年後半には、既に一発書きのようになっていたし、線の強弱や太さ濃さで色々と表現していってるのが分かる。


小学校2年生の夏休みの宿題だと思われる環境保全のポスターには「森を守ろう」と題して、木に梟がとまっているけど、今にもこっちに飛んできそうな気配すらする。

確かにこの絵を大人が描いたと判断してもおかしくはない。

どんなラフや落書きですらどれもこれも小学生が描く絵じゃなかった。


2つ目のダンボールを開ける。

この箱には今使っている大きめのスケッチブックばかりが入っている。何枚か画用紙がある。

開いてみると少しずつ風景画が増えていってる。その中の一枚はビリビリに破いた後にセロハンテープで貼りつけて補修した絵もあった。

その絵を見ていると、スケッチブックに向かっていた光司君が教えてくれた。

「その絵はね、どうしても納得がいかなくて破っちゃったの。そしたら母さんが凄く怒っちゃってさ。どんな作品だって最後まで描き通しなさいってね。」

光司君のお母さんは、本当に不思議な人だ。

ファン第1号ってのも伊達じゃないって思った。

こうやって彼の才能はどんどん伸ばしていったんだなって感じた。


この一度破かれた絵は古い学校のようだった。

「そこはね、お父さんが通った小学校なんだ。今は洞戸ほらど地区の中心の学校と統合しちゃって廃校なんだけど、宿として改築して使ってるんだ。俺の家からすぐそこだよ。」

「行ってみたい!」

「明日行ってもいいか後で源爺に聞いてみよ。」

私は「うん!」と勢い良く頷いた。


絵には木造2階建ての古い校舎が描かれている。これのどこが気に入らなかったのかが知ってみたいというのもあったし、廃校になっちゃった学校も見てみたいと思った。

「古い建物でさ、おばあちゃんも通ってたんだって…。出来た。」

出来上がった絵には私の上半身ぐらいを中心にして描かれていた。さっき絵を見て感じた感動がそこには蘇っていた。

「そろそろお昼ごはんにしますよ。」

梅婆さんの声が台所の方から聞こえてきた。


 お昼ごはんは源爺達が育てている野菜を使った野菜炒めと、他にもこれでもかと山菜料理が並んだ。

「鮎は夕食で食べましょうかね。」

そんなことを梅婆さんが言ってた。俺は明日と明後日の予定の確認を、無言で食べる源爺に聞いてみた。

「源爺、明日は瞳ちゃんと北小に行って、明後日は高賀神社のお祭りに連れていって欲しいけど駄目?」

お茶を飲んでいた源爺が、心配そうにしている瞳ちゃんをチラッと見てから答えた。

「いいだろう。」

予想に反して直ぐに許可を出してくれた。

「北小に行ってもいいが、何かあったら直ぐに電話してこい。白井ばあさんには言っておく。」


北小とはさっき話していた、廃校になった学校のことで洞戸北小学校と呼ばれていた。だから通称が北小。

その学校は今は改装されて高賀山自然の家という名前で宿になっている。

教室が部屋として使われ、黒板も残されていたりと面白い作りになっている。

部屋は広く、小さいながらも体育館とグランドもあるから、部活の合宿や合奏の練習なんかにも人気だ。


北小は給食センターも併設していたので、屋内で料理することも出来るし、グランドの片隅に作られたバーベキュー用の釜もあって、アウトドアを楽しむにはもってこいらしい。

特に夏は宿泊客がちょいちょい来ているのを知っている。


その宿の管理をしているのが白井ばあさんだ。注文があれば夕食を作ったり、掃除をしたりと忙しいようだ。

旧職員室が今は管理室になっている。そこには電話もあるから、いざという時はそこから連絡するということだ。

「おじいちゃん、ありがとう。」

瞳ちゃんは本当に嬉しそうにしていた。

やったね、とか言いながら振りまく笑顔で、ご飯3杯はいけそうだ。

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