第8話

午後からもたった一人のための個展は続く。

結局、全部見終わる前に夕食にってしまった。

源爺は、蔵から七輪を出すと、洗って埃を落とした。

そして墨を準備したりと、鮎を焼く準備を始める。俺達も手伝う。

交代でパタパタとうちわで風を送ったり、瞳ちゃんは台所にいって梅婆さんの料理の手伝いをする。


焼き魚特有の美味しそうな匂いがするころ、ちゃぶ台にはご飯や味噌汁、その他のおかずが並び始めた。

魚が焼きあがると長方形の皿に移し替えて夕食が始まった。

「いただきまーす。」

梅婆さんがニコニコしている。

「ホホッ、賑やかでいいですね。」


俺はさっそく鮎の背中を上にして立てて、箸で軽く背中を押していく。

すると鮎は背骨を中心に、左右にパカッと綺麗に割れた。

「すごーい。」

瞳ちゃんが感心していた。さっそく真似すると簡単に割れる。

そして背骨だけを取り除くと身を取り頬張る。

「美味しいー!」

彼女の、本当に美味しそうな声が響く。


源爺は、鮎を頭から丸かじりして骨ごと食べている。あのまま尻尾まで全部食べちゃうだろう。

まぁ、俺もいつもはああなんだけどね。

「おじいちゃん、頭も食べちゃうの?」

「鮎に食えない場所なんかないぞ。」

「うそー!?」

彼女は色んなことに一喜一憂していた。

「そう言えば、魚の体の中には浮き袋っていうのがあるんだ。

泳げなかった時は、早く泳げるようになりますようにって祈りながらそれだけ食べさせられて、ちょっと嫌だったよ。」

「へー。」


俺はナスの味噌和えに箸を伸ばす。

母さんもそうだけど、近所の家庭料理では取り敢えず味噌を使った料理が多い。

野菜と和えたり魚にぶっかけたり味噌さえ使っていれば何でもアリだ。

ちなみにこの辺では赤味噌を使う。味噌カツや味噌田楽なんかと同じイメージだ。

味噌汁も出ていた。勿論赤味噌。


そこへ小さなお皿に盛ってあった、赤くて柔らかくて大きな梅干しを1つ取ると、おもむろに味噌汁の中に入れる。

「光司君!味噌汁の中に梅干し落ちちゃったよ!」

瞳ちゃんが慌てて指摘した。

「いいんだよ。」

そう言って梅干しを潰して混ぜる。種をすくって舐めてから鮎の乗っている皿の端っこに置いた。

そして梅干し入りの味噌汁を飲む。

「うまい!」

「えー!?」

彼女の驚いた顔も可愛かった。

「味見してみる?」

恐る恐る梅干し入り味噌汁の入っているお椀を受け取ると、そっと少しだけ飲んている。

「不思議な味ね。」

まずくはなかったのか俺の真似をして梅干しを味噌汁の中に入れていた。同じように種を出してグイッといく。

「フフフッ。変わった味!でも、結構好きかも!」

どうやら気に入ったようだ。


梅干しや味噌といった保存の効く食材は重宝されたし、色んな食べ方があるのかもしれない。

今でこそ、冷凍車で新鮮な食材がどんなところにも届くけど、昔は叶わぬ話しだっただろう。それこそ、海が隣接していない岐阜県だと、海魚の刺身なんて食べることも無かったと思う。

今でも敢えて食べないけどね。だって魚は鮎が神様だから。


デザートには源爺が育てたスイカがでた。

「意外と甘いね。これなら塩はいらないや。」

なんて生意気な口を聞いて怒られたり笑ったり。源爺は昼間少し出かけていたけど、畑からスイカ採ってきたり、なんと花火まで買ってきてくれていた。

スイカを食べ終わると、早速二人で花火もした。

二人でロウソクを使って火を付けては綺麗な光を見せ合っていた。


色んな色に染まる彼女の顔は、やっぱり可愛くて可愛くて可愛くて、絶対忘れないと思った。そして、明後日死ぬ気で神様にお願いしてみようとも思った。


一生に一度のお願い。


そんな我儘な願いを聞いてくれるかどうかわからないけど、そのためなら…。






俺はどうなっても良いとさえ思っていた。






この笑顔が守れるなら…。



 花火も終わってお風呂も済ませると、私達は個展の続きをした。二人共パジャマ姿で見ていない最後のダンボールを開ける。

この箱には半分ほどスケッチブックが入っていた。最近描いたものばかりらしく、箱には中学2年~とだけ書かれていた。

このペースだと年が明けるころにはいっぱいになるかもしれないな。

この箱が一杯になるまで、私は光司君の絵を見ていられるかな…。


「絵のほとんどはさ、母さんしか見ていないんだ。」

彼はそんなことを言いながら、この絵はどこで描いたとか、何を描きたかったかなど色々と教えてくれた。

絵を見つめていると、まるでその場所にいるかのような感触に襲われる。

ひんやりしたそよ風や木々の葉が揺れる音、鳥の鳴き声や川のせせらぎのような、色んな情景を感じる。

ここに描かれた全ての場所に行ってみたいと思った。

光司君が絵を描く時に座ったところと同じ場所から見える景色を見てみたい。


色んな感情が湧きあがっては消える。

だって…、もう間に合わないと思ったから…。

全部見終わると、ポロポロと涙が溢れる。

「瞳ちゃん…。」

彼が心配してくれてる。

「悲しいんじゃないの…。絵に感動したの…。」

半分は本当で、半分は嘘だった。

彼は知っているかのように何も言わなかった。


絵を片付けると布団に入る。時間もそこそこ遅くなっちゃった。電気も消して昔話をしていた。

小学校高学年の時に、先輩からサッカーをやるのに奇数だから一緒にやれと命令された時、彼はどうしても描きたい絵があって断ったら、先輩達は怒りだしたのだけど、類君が

「じゃぁ、俺抜けるっす。これで偶数ですよね。」

と言って彼とその場を離れた。

天気が良く、晴れた日の紅葉を北小裏の山の中腹にある獣道から見下ろして描きたかったらしい。


その時描いた絵はご飯を食べる前に見た。

オレンジ色や赤色に染まった山々がとても綺麗で、だけどどこか嬉しく散っているような葉っぱ達が印象的だったけど、きっと類君の行動が嬉しかったんだなって思った。

類君は書き終わるまで、くだらない事を言いながら隣で寝そべっていたみたい。


私は親戚のおばさん家じゃなくて、おじちやんに引き取ってもらえば良かったと、酷いことを考えたりした。

そしたら光司君達とも幼馴染で、さっきの話の中にも自分も登場したと思う。

これがどんなに嬉しいことか。

私は二人の記憶の中で生きていけたのに…。

色んな色を持った不思議な光司君にやっと出会えたのに、別れの時は近づいていると自分でもわかっていた。


二人は喋り疲れていつの間にか寝ていたが、しっかりと握られた手の指の隙間から、二人の愛情がこぼれ落ちているようだった。

少しずつ少しずつ、知らないうちにこぼれていって、いずれは枯れて朽ちてしまう。そんな不安に駆られた。


夜中、ふと目が覚める。手はまだ握られていた。

ゆっくりと彼に近づく。

(お願いだからドキドキしないで…。)

そしてそっと唇を重ねる。一瞬だったけど、確かに彼に触れた。

(私だけの…、一生の思い出にする…。)

明日、もしかしたら目が覚めないかもしれない。

(もう…、思い残すこともない…かな…。)

ボロボロと、滝のように滴り落ちる涙。布団にしみていく。声を押し殺し唇を噛み締める。

両親を失った時も絶望を感じたけど、もっと辛い想いをするとは思ってもいなかった。




この世に神様なんていない。




彼の手をギュッと握りながら眠らないように頑張った。

眠ってしまったら彼の体温を感じなくなってしまう

少しでも長く、彼を近くに感じていたい。





生きたい!生きたい生きたい生きたい生きたい…。死にたくない…。





私の願いは…。誰にも、どこにも、届かない…。

二人のつないだ手は、朝まで解かれることはなかった。

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