第20話

 俺は源爺に連れられ、久しぶりにこーちゃんの入院する総合病院へと来ている。

「類。光司は今かなり追い込まれておる。少しでも何とかしてやってくれや。」

そうは言われたものの、何をどうすれば良いかはサッパリ。

まぁ、やれることをやっていくしかないんや。


瞳ちゃんとも一度話をしていて、彼女は全てを話してくれた。

とてもじゃないが信じられない内容だった。

だけど、彼女の病気が完治していたり、こーちゃんの眼球自体がなくなっている状況を考えると完全否定はできないだろう。


こーちゃんのは特に、先天性でも無い限り有り得ない状況とまで言われたそうだ。

それに、あの小さなボロクソの祠に、1000年以上いるという生き霊?だかで平安時代の人がいるとか…。

何も無い時に聞いたら変な宗教にでも騙されたんか?とか思っちゃうかもな。


兎にも角にも、こーちゃんの状態は悪い。

悪いというのは精神的にってことだ。

今まで見えていたという現実が、ちょっとした不都合を大袈裟にしていた。

段差や床に無造作に置かれた荷物など、それらと遭遇するたびに苛立っている。


とは言え、これは彼が望んだ状況だ。

誰かに文句を言う筋合いはなかった。

その望んだ原因である瞳ちゃんは、実家の源爺のところから引っ越しをして、再び親戚のおばさんの家に居候しているようだ。

居候ということだが、現実的には家賃や光熱費として月々数万円だが納めているらしい。

風呂やトイレは掃除をするという約束で使っているが、ご飯は別々というかなり厳しい状況だ。

お金は少しだが両親が亡くなった時の保険金だかが残っていると言っていた。

それにしても親戚とは思えない待遇について源爺が怒鳴り込みに行ったけど、話にもなっらなかったというのを後から聞いた。


 「後、半年の辛抱だから。」

彼女はそういって、受験勉強に励んでいる。

あれから1年が経った。

今だ手すりがないと歩くこともままならないこーちゃんと比べて、瞳ちゃんは色んなことに挑戦している。


寝る間も惜しんで猛勉強し、今では学年トップどころろか県内でもトップ10に入る成績を収めた。

いや、マジで勉強してたぜ。

休み時間も、移動中も、ご飯の時も、お風呂の時も、それこそ起きている間中、勉強してた。

文字通り、鬼気迫るものがあった。

その成果は、今、確実に現れてきている。


部活は剣道部に入部し、県で五位という凄まじい成績だった。

勉強の合間には、素振りやランニングをしていると聞いたことがある。

部活では死に物狂いで取り組んでいたのを知っている。

二年生なのに先輩達に挑み続け、何度も何度も倒されながらも、その度に立ち上がって竹刀を振るってきた。

時には気絶するほど、その内容は凄かった。

俺から言わせれば、それこそ何かに取り憑かれているようにも見える。

何気なく流行りの歌の話題を振ったけども、知らないと言っていた。

テレビを見る時間があったら勉強か竹刀の素振りをしているらしい。


大袈裟にも見えるけども、彼女にとっては11年後に妖怪を退治するという、昔話のような現実に向けて必死に努力しているだけなのだ。

人を好きになるという想いは、こんなにも力が出るのだろうか?


ちなみに俺は、将来警察官になろうと思っている。

そんで、二人を陰ながら支えて、無事妖怪を退治出来てお礼を言われたら、警察官の使命を果たしただけさ、とか言ってやりたい。


…。


瞳ちゃんと比べると、なんてちっぽけな目標なんだと思いながらも、やはり自分に出来ることをコツコツやっていくしかないよなって結論に達する。

というか、それしかないだろ。


 「俺だー。入るぞー。」

無造作に病室に入った。

扉の開く音に反応したこーちゃんは顔をこっちに向けてきた。

1年前とは随分変わり果てた姿だ。


髪はボサボサ、顔はやつれ、体も細い。

表情も少なく、飯を食べない時も増えているそうだ。

これじゃぁいかん。


「この前言ってた音楽持ってきたぜー。」

やはり音に敏感になっていて、最近はラジオを聞いたりCDで音楽を聞いたりしている。

というか、そのぐらいしかしていない。


リハビリは続けているけど、上手くいかない度に酷く苛立ち、そして酷く落ち込んでいる。

完全に精神的にやられちまっている。


所謂、闇堕やみおちってやつだ。

こんな時はヒロインが現れて、元気をもらって立ち直るってのがマンガのストーリーだが、現実は厳しい。

後から聞いたことだけど、東京の美大の先生に認められて推薦を貰っていた。

その先生も世界で活躍する画家さんらしく、そりゃーえらい騒ぎだったらしい。まぁ、俺もその話をその時に聞いていればすげー喜んださ。


だけど今は、それらが足かせになっている。

余計にショックはでかくなってしまっている。

ちなみに最後に描いた祭りの時の絵を送って事情を説明したら、誰かにはばかることなく大泣きされたそうな。

で、日本の宝を失ったとか言って数日寝込んでしまった。

期待も大きかったんだろうなぁ。

奴の絵は見た人の全員が感動するもんな。

俺も大好きだぜ。


一応、妖怪退治が上手くいけばこーちゃんの目は元に戻る予定なのだけども、皆が心配しているのは、それまでに絵への興味を失ってしまうのではないかってことだ。

闇堕ちして、むしろ絵を嫌いになってしまっては元も子もない。

瞳ちゃんや、こーちゃんのお袋さんが言うように彼には絵を続けて欲しい。

日本の宝とかそんなんじゃなく、単純に奴の描く絵が見たい。

俺もそう思う。

なので、彼の親友として、一肌でも二肌でも脱ぐ覚悟で来ているつもりだ。


CDをポータブルプレイヤーにセットする。

後で聞いてくれよなとだけ言った。

返事はない。抜け殻のようになっている。


肝心の瞳ちゃんは妖怪退治対策として剣道をやりつつ、進学に有利な高校へ入り、卒業後看護か精神医学を学んで、こーちゃんをサポートしたいと言っていた。

専門学校にしろ大学にしろハードルも高いし、この岐阜総合病院に就職するとなると、かなりの難題らしい。


ここは無駄に大きいし就職先として人気もあり倍率も高い。

その中で選ばれるにはコネか成績優秀ってのが近道だと考えている。

コネはないからひたすら勉強するしかないってことになる。


目標がでかすぎて俺にはついていけねぇ。

なので、瞳ちゃんがここに就職出来るかどうかは別にして、兎に角専門的な知識を得てこーちゃんをサポート出来る状態になるまで、俺が頑張るしかないと思っている。

瞳ちゃん本人もこまめに見舞いに来たいけども、勉強に部活に忙しい。


彼女の目標は生半端なことでは達成出来ない。

何せそれまで、どうせ死ぬからと何もやってきてないようなものだから。

一応結果が出つつあるけども、ちょっとでも気を抜くとあっという間に差が開くと言ってたっけ。


だけど、すげーって思うわ。こんな生活を1年も続けている。

現状でも凄いが、これを後11年続けようって言うのだから気が遠くなる。

それに、彼女がサポート出来るようになった時に、こーちゃんが廃人同然では、今までやってきたことが、ぶっちゃけ無駄になる。


それでも彼を信じて突き進んでいる。

もちろん俺らも彼女の期待にも答えないといけないよな。

俺的には、目が見えなくても何か夢中になれるものが見つかるよう、ラジオだったり音楽だったりをすすめている。


今のところ反応は鈍いが、一応「聞く」ということには熱心なようだ。

彼のお袋さんは、匂いにも注目しているけども、やはり反応は鈍い。

食欲もないしな。


(どうすりゃぁいいんだよ…。)

周りの人は色んなことを雑談として聞かせたりもしているけど、相変わらず興味を示さない。

俺から見れば、十分廃人状態だった…。

くだらない話をしつつも、学校や絵の話題はしない。


同じラジオ番組を聞いているので、その中で面白かった話題や、持ってきたCDの話題をする。

彼は俺の話を聞いているのか聞いてないのか分からない態度だけども、それでも俺は続けた。

まるで人形に向かって話をしているような状態だった。

(やべぇ…。マジやべぇ…。)

でも俺も諦めない。絶対に諦めねぇ。


 そんな状況を、帰りにこーちゃんのお袋さんに伝える。

今まで画材を買う為に続けていた内職を辞めて、今は治療費を稼ぐ為にパートに出ている。

親父さんは釣りを封印し、仕事を増やしているようだ。


そんな中、誰にも焦りが見えていた。

だけども焦っているとは誰も気が付かなかった。

肝心要の瞳ちゃんは、専門学校卒業という最短距離でも後5年はかかる。

それまでは頼りにできないし、頼って彼女の目標に遅れを作っちゃいけない。


そんなことは分かっているが、俺らは結果を求めすぎたのかも知れない。

ついに、禁断の絵を絡めて何とかしようかという提案が誰からともなく言われ始めていた。

俺は気が乗らなかったけども、やっぱりそれしかないよな、とも思った。

だけど…、その結果は…。


最悪の事態を招いてしまった。

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