第26話
俺は晴れて警察官となった。
今はまだ研修中だが、
今の駐在さんには悪いが、あの席は譲ってもらおう。
こーちゃんは今も必死に戦っている。
村田は前以上にあいつを苦しめる。
若い看護師と顔見知りになり、少しずつ情報を引き出してはこーちゃんに伝えている。
彼は、次に自分が何をされるのか前もって分かると、少しだけど頑張れると言った。
何をされているのかも分からない恐怖ってのはあっただろう。
ただし村田は、俺が警察官になったと知ると、今までとはうって変わって警戒心を強めた時期もあった。
まぁ、そうなるわな。
とはいえ、刑事ではなく、駐在勤務希望だと知ると、少しずつ元に戻っていった。
危ない危ない。
まぁ、俺が刑事だとしても、用心深い村田の性格からすると、病室に証拠は残さないだろう。
瞳ちゃんは看護系の短大に入り、カウンセラーを目指している。
カウセリングと言っても色々あるみたいらしく、こーちゃんの症状と残された時間を考えながら検討しているようだ。
友達が出来たと嬉しそうに言っていたが、今でも付き合いがあるようで、色々と相談にのったり、のってもらったりしているらしい。
以前より前向きになったみたいだし、良い友達に巡り会えたんだろうな。
しかも、その友達が最終兵器になるかもしれないというのだ。
具体的には教えてもらっていないが、彼女がそこまで言うなら期待は出来るし、朗報を待ってみようと思う。
俺からすれば、瞳ちゃん自体が最終兵器彼女なのだけどな。
肝心のこーちゃんは、最初に比べればかなり頑張っている。
自我を失わないよう、必死に何かにくらいついている。
その何かは、絵だったり、瞳ちゃんだったり、そして俺とも言ってくれた。
何だかちょっと嬉しい。
まぁ、あいつとは、楽しい事も悪い事も一緒にやってきた仲だしな。
いや、本当は俺の悪戯に巻き込まれて、一緒に叱られただけなのがほとんどだったりする。
だけどいつも一緒に怒られてくれた。
そういう奴なんだよ、あいつは。
ただ気になるのは、最近村田が焦ってきていることだ。
奴からすれば、貴重なサンプルが、サンプルではなくなってきているってことだ。
こーちゃんが色々な実験に耐えてしまい、精神的にも以前ほど酷い状態にならなくなっているからだ。
このまま興味が薄れてくれるのが一番良いが、長い時間と手間がかかっている。
ここで捨てるには勿体無いと考えているようだ。
冗談じゃねぇ。
とっとと諦めろってんだ。
まぁ、そこに期待しても仕方ない。
俺達は、俺達で出来ることをする。
それをもう5年続けてきた。
そして来年には瞳ちゃんがやってくる手はずになっている。
うかうかしれられねーぞ。
気を引き締めなくっちゃ。
最近夢を見る。
いや、目が見えなくなった直後も見ていた。
それが夢なのか幻覚なのか見当がついてなかったけど。
でも今はハッキリと夢だと分かる。
夢の中では、今でも瞳は中学生の姿のままだ。
季節はめぐり、瞳は来年短大を卒業する。
社会人になるわけだ。
もうすぐ20歳になる彼女はどんな姿なんだろう、どんな声をしているのだろう、未だに興味は絶えない。
そんな彼女の夢を見る。
最近の治療は以前ほどの熾烈さはない。
前は俺のトラウマというか、辛い部分を何日にも渡ってえぐられ、起きているのか寝ているのかという判断さえつかなかった。
目が見えない分、光すら感じない。
視覚的には常に真っ暗なのもある。
想像したことが現実だと錯覚してしまう時もあった。
今は少し落ち着いてきていて、周囲の雑音や空気の流れ、そして匂いの変化など、視覚以外で感じられる感覚で、現実を実感出来るようになってきた。
だけど担当医である村田は、俺を実験台に使うことを諦めてはいない。
色んな質問や実験で俺の動向を把握しようとし、類が仲良くなってくれた看護師からの情報から予想すると、どれが効果的で、どうやって自由に俺を扱えるようになるかを検討していると思われる。
俺の入院費だってただじゃない。
募金は相変わらず続いて助かっているどころか、後数年入院しても大丈夫なぐらい貯まったという話も聞いた。
だけど、それに甘える訳にはいかない。
いつか恩返ししようと思っている。
俺に出来ることと言えば絵を描くことぐらいしか思いつかないけど、村田には絵は興味ないと言い続けてきた。
絵が描きたいなんて冗談でも言ったら、歓喜の声をあげて俺の心をえぐってくるだろう。
それはさすがに耐えられない。
また発狂してしまってもおかしくない。
特に最近は自分の描いた絵を思い出す。
描いているところを思い出す。
その絵を見て喜んでくれた人達の笑顔を思い出す。
夜ひっそりと、手が震え涙を流す時もあった。
だけど今は自分に頑張れと言い聞かす。
俺の為にどれだけの人が頑張っているか。
類からの話しは励みになる。
そうそう、最近はラジオを通じて瞳にメッセージを送っている。
類に言葉を伝えて、携帯電話?とか言うのでメール?というのでラジオ局に送ってもらっている。
番組名は『まぁまぁ、そんな感じに』という、何ともいい加減な名前だ。
松井 麻美子という人がパーソナリティを努めている。
苗字と名前の頭文字から『まぁまぁ』という部分が決められたらしい。
強引でちょっと可笑しい。
聴者からの便りがメインの番組なので、読まれるチャンスが大きかった。
だからこの番組を選んだ。
俺のペンネームは「目の見えない狸君」、瞳は「恋する狐さん」。
長期入院で隔離中の狸君を心配する狐さん、という設定がウケたらしい。
かなりの頻度で便りが読んでくれて、お互いが相手の声を聞くことが出来た。
つながっていると少しだけ実感できた。
類には本当に感謝している。
ここまで見放さないでくれたことに感謝を伝えたことがある。
そうしたらあいつは、
「自分の一番大切な人に親友と紹介してくれたから当然だな。」
と、答えた。
つまり、瞳ちゃんに類のことを、親友だと紹介した。
友達じゃなくて親友だと。
大切な人に伝えたんだから本心だったのだろうと、彼は感じたようだ。
確かにそうかもしれない。
類の事を紹介するときに、友達、幼なじみ、クラスメイト、同級生など、色んな呼び方があるかも。
その中でも最上位の親友と紹介してくれたことが嬉しかったようだ。
そんな彼はいつも応援してくれた。
本当に親友だよ、お前は。
カラッカラに乾いていた心が、最近少し満たされてきていると実感できる。
心に余裕が出来ると、周囲の状況を敏感に感じ取れるようになってきたし、その変化を楽しんだりしている。
音、匂い、風、雰囲気、それらを組み合わせて状況を把握する。
そしてそれをイメージする。
ただし、見たことのない物をイメージするのは難しい。
普段当たり前のようにあった映像からは、多くの情報があったんだなと思った。
つけっ放しのテレビをチラ見した時に見た病院の映像だったり、雑誌の中に映っていた看護師だったりを、意外と覚えていたみたいで、それらの断片を継ぎ接ぎしたり、分からない色に適度な色を付けてみたりする。
それらしい画像が出来上がると、沢山の画像をコマ撮り映画のように動かしていく。
恐らくこういう状況なのだろうという想像を映像化し、自分が今どういう状況に置かれているのかを把握していく。
手で触れられるエリアは色々と触ってみて、その感触から形や材質を理解する。
そうした部分はリアルに想像できた。
そんなつまらない遊びが、嫌なことを少しだけ忘れさせてくれた。
ただ、やり過ぎた。夢中になり過ぎた。
俺は、見えないならも感じ取りたいと行動をおこしていく。
無理やり立とうとしてベッドから落ちたり、物を倒して壊したり、手を挟んだりと怪我ばかり増えていく。
大したことはなかったけども、こういった行動が村田に選択肢を増やしてしまった。
彼女は最後の手段とばかりに、怪我を理由に再び俺を拘束し、徹底的に精神攻撃を繰り返した。
薬も打たれ意識が
家族と連絡がつかなくなった、瞳がいなくなったり死んじゃったり、いつの間にか麻酔打たれたあげく手足がなくなっただとか、嘘を本当のことのように俺に想像させる。
これが何日も何日も続くと、俺の中ではみんな死んだことなっていて、自分の手足もなくなってしまっていると思い込んでいる時もある。
もう何が何だかわからなくなってくる。
類までもが面会謝絶となったのは、もうすぐ春が訪れようとしている時期だった。
俺は真っ暗闇の中に叩きこまれ、閉じ込められ、延々と呪いと罵声を浴びせられる。
死んだ方がマシだと思ったことは一度や二度じゃない。
そして…、再び心が壊れた。
あっけなく、簡単に…。
もう自分の名前さえ思い出せなかった…。
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