第79話

 自宅に戻ってくると、まずはご飯の準備を始めた。

雛ちゃんには洗濯物を干してもらうことにする。女性物もあるしね。

料理は、肉野菜炒めを作ってみた。

それに赤味噌の味噌汁と炊きたてご飯。


午後は、高賀山を取り巻く地区の中では、一番の武闘派集団だと聞いているから、しっかりと食べないとね。

とはいえ、ひねくれ者って部分を考慮すると、激しい戦闘になるようならば、それは決別を意味してると思ってる。


ひねくれ者だと言われる彼らが、力で屈するとは思えなかったから。

色々と想定出来る事態を考慮して、作戦だけは考えておくかな。

まぁ、後は臨機応変に行くしかない。


「そうだ、雛ちゃん。」

「はーい、なんでしょう?」

私は高賀神社で鳥さんと戦った時に手に入れた弓を彼女に渡した。


「これは?」

「それは月弓を手にする前に見つけた弓なの。雛ちゃんは攻撃手段がないでしょ?だからそれを持っておいて。いざという時に使ってほしいの。」

「うーん、使う余裕があるでしょうか…?でも、水樹ちゃんからのプレゼントなら喜んで受け取っておきますー。それに…。」

「それに…?」

「水樹ちゃんの匂いがします。いい匂い…。」

久々に、背筋に嫌な汗が流れた。


一旦雛ちゃんの事は忘れておいて、食後は北地区の人達について、どう攻略するか考えて話し合っていると、コンコンッとドアをノックする音が聞こえる。

玄関へ迎えに行くと、蒼狐さんと朱狐さんが居た。

正直、傘が邪魔そう…。


「体調は大丈夫ですか?」

私は朱狐さんを心配した。

流石にあの怪我は酷い。

だけど、それだけ果敢にさるとらへびに立ち向かった証拠でもあると思う。


「えぇ。お陰様で。信じられないほど回復しております。」

「それは良かった!ウン!」

私は嬉しくてニッコリ笑った。

「ね?変わった巫女様でしょ?」

蒼狐さんが言った。

「そうね…。うふふふ。」

朱狐さんが笑った。

何だろう?何の話だろう?


「私達二人も、巫女様に付いていくことにしました。」

「恩返しもしたいですしね。」

二人は顔を合わせてニッコリ笑った。

それを見て私も嬉しくなった。


「闘いが終わっても、こうして笑い合えるといいね。」

その言葉に二人は同時に驚き、同時に深く礼をしてくれた。

私も応える。


「本当に、巫女様は不思議な人…。」

「えへへ。そんなことないよ…。そうだ。北地区以外の妖怪達は岩蛇さんの所に集結しているの。二人も合流してあげて。」

「承知しました。」

そして二人は消えた。


見えない二人に手を振りドアを閉めると、居間に戻った。

「あの二人も協力してくれたようじゃの。」

黒爺が声をかけてきた。

「うん!朱狐さんが完治して良かったよ。」

「そっちかい!」

あれ?私間違った?

「戦力増強とか、そういう考えはないのかの?」

「あぁ…。それもそうね。」

黒爺は苦笑いしている。


「まぁ、そこが水樹殿たる所以でもあるか…。」

少し休憩した後、高賀山北地区の妖怪が集まる温泉に向かう。

私は、こんな近くにはあまり行ったことが無くて、実は毎回楽しみにもしていたり。


海外とかはパパの仕事で時々行くのだけど、こういった近い場所でも新しい発見があってとても楽しい。

スマホで調べてみたけど、洞戸ほらど地区だけでも沢山の神社があったりするしね。

今ではもっとこの地域の事を知りたいって思うようになったよ。


温泉宿が見下ろせる山の中に到着する。

既に妖気がビンビンと感じるね。

「北地区の妖怪達よ。巫女の話しを聞いてくれぬか?」

黒爺の言葉に、私達を取り囲むようにぞくぞくと集まってきた。


見ると、そのほとんど全員が鎧武者の格好をしている。

代表者を慕って集まってきたのかな…。

そうなると、代表者はよほど有名、または有能な人物なんでしょうね。

それでいてひねくれ者とか…。

想像以上にやっかいかもね…。


「拙者が北地区代表者、才蔵である。」

「な…、なんだって…!?」

韋駄天が驚いている。

彼は戦国時代に興味があるような話しを聞いたことがある。


「おいおい、可児才蔵って美濃でももっと南の方の出身だっただろ?それに最期は広島だったはず…。」

「流れに流れて、この高賀山の霊力に惹かれたのじゃろう。出身地や最後の地はあまり関係ないじゃろうな。」

「マジかよ…。相手が悪いぜ…。」


確かに私も名前ぐらいは聞いたことがある。

確か福島正則に仕えて戦功を上げていて、関ヶ原の闘いでも徳川家康に絶賛されたんだっけ…。


「笹の才蔵って言えば、あまりに首級が多くて持ち歩けないから、口に笹を咥えさせて目印にしたってぐらいの槍の達人だぞ…。」

韋駄天の言葉は絶望しかなかった。

だけど…、私だって負けるわけにはいかない。

それに妖怪との闘いよりも、人間同士の闘いの方がもっとやっかいだと思ってる。


「ほぉ。ワシもなかなか有名人のようじゃの。」

「そうね。でも、霊力を使っての闘いはどうかな?」

私は挑発してみた。

「どういう意味じゃ?小娘。」

「私はさるとらへび討伐を指揮する巫女の安藤 水樹と申します。人間同士としての闘いなら、私は今直ぐこの場から逃げるべきでしょうね。」

「ほぉ?霊力での闘いなら勝算有りと?」

「どうかな?試してみますか?」

「いいだろう。最近槍が寂しがっておっての。」


相手は私の噂ぐらい聞いていると思う。

敢えて闘うってことは、才蔵さんは私の腕試しをするつもりね。

大丈夫。私は負けないんだから…、負けるわけにはいかないんだから…。


妖刀 朱雀を抜き霊力を開放する。

ドンッッッ!!!

剣先を左上から右下に払いつつ朱雀に霊力を送り込む。

ブォンッ!!


私の様子を観察していた才蔵さんはフンッと鼻で笑う。

「霊力の高さだけが強さではないことを教えてやろう。」

戦上手いくさじょうずだけが強さでないことを、私もあなたに伝えたい。」

「フンッ…。皆は手を出すな。ワシの獲物じゃ…。」


お互いまだ距離がある。

私達を取り囲む輪はかなり大きい。

木々が気になるけど、これを上手く使うしかないかな。


さて…。まずは小手調べ。

背中から月弓を取り出し、躊躇ちゅうちょなく弓を引く。

周囲には50近い矢が浮遊し、私が引く矢とシンクロしている。

槍を構える才蔵さんは、槍先を下げ様子を見ているようだった。


構わず一斉射撃する。

シュッッッ!!

50本の矢がランダムに、そしてあらぬ方向に飛んでいった矢も木を迂回して一斉に襲いかかってくる。


トンッッ!

極々自然に、消えたかのように目の前まで移動してくる才蔵さん。

韋駄天の速さに近い。

間合いを詰めると、身の丈ぐらいの槍を回転させながら攻撃してくる。

瞬時に朱雀に持ち替えていた私は、何とかその連続攻撃を交わす。


どの攻撃も私の色んな所を狙っていて、その都度対応しないといけない。

巧い…。相手の嫌がる攻撃を難なくこなしてくる。

だけど私には真実の目がある。

受け流すぐらいなら何とかなる。

そう確信すると隙を見て攻撃に移る。


!!


至近距離で槍を振るい続ける才蔵さんに向かって、鋭い横一閃を入れる。

けど、分かっていたかのようにバックステップで交わされ、そして再び一瞬で間合いを詰めて攻めてくる。

速い!!


だけど視えている!大丈夫!!

まったく途切れることのない、円弧を描くような軌道の槍を不意に左手で掴む!

「!?」

才蔵さんの動きが一瞬だけ止まる。その隙を逃さない!

シュッ!


右手だけで上段から朱雀を振り下ろす。

キンッ!!!

甲高い音が森に響く。

私に防がれた槍を、強引に頭上へと水平に持っていき攻撃を防がれた。

だけど今度は私の番だよ!


突きを連続して入れる。

自分の手の一部のように軽い朱雀ならばでの攻撃。

だけどこれを槍を回転させながら器用に弾いていく。


フェイント入れ一旦離れる。

そのフェイクにはかからなかったけど、相手も数歩下がった。

クルクルと槍を回し牽制する。

その槍裁きは見事ね…。


正攻法じゃ埒が明かない。

私の言葉を実行する為、霊気を利用した策を弄することにした。


森は二人の死合により、深い緊張に包まれていった。

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