第34話
私はどうしてもお礼がしたくて交番にきた。
本当は別の目的もあるけど…。
それはまだナイショ。
だから勇気を振り絞ってやってきた。
断られそうになったけど、何とかお礼が出来る状況にはなって良かった。
ちょっと緊張してる。
いや、凄く緊張してる。
類さんは交番の奥の私室に一旦消えて、再び出てきた時には私服だった。
大きめの丸い何かを二つ持っている。
「かぶって。」
そう言って一つ渡してくれた。ヘルメットだ。
彼はシャツとジーンズというラフな格好だけど、グローブをはめると交番の隣の小屋からバイクを出す。
全身真っ黒で古臭くてシンプルなバイクだった。
「あ、あの。何て名前のバイクなんですか?」
ちょっと興味を持った。
今のバイクのような華やかさはないけど、何というか昔ながらの男らしさと言うか渋いというか、うまく言えないけどそんな感じ。
「SR400カスタムってやつ。死んだじいさんが最後に乗ってたバイクなんだ。20年前のバイクで、俺はこれに乗りたく乗りたくて…。」
ガッツリまたいでドスッと乗った彼は、このバイクがとても似合っていた。
「格好良いやつじゃないけどな…。」
「そんなことない!渋くて格好良いです。」
「あ…、あぁ、ありがと。まぁ、乗れよ。」
ちょっと緊張しすぎ。
彼が戸惑ってるじゃない。
私はタンデムシートに乗る。
しまった…スカートだった…。
「スカートめくれないようにおしりで踏んで膝とバイクで挟んで乗れよ。」
ブロオロロロロロロン
キックでエンジンがかかる。
想像より大きい音だった。
彼はヘルメットをかぶり、そのヘルメットについていたゴーグルを装着する。
類さんが助言してくれたことを試しながら座る。
「あんま飛ばさないけど、しっかり掴まってろよ。」
「は、はい!」
スタンドをあげてゆっくりスタートすると、どこに掴まっていれば良いか聞いてなかったことを思い出す。
思い切って彼の背中に抱きついた。
大きなエンジン音と心地良い振動。
そして風を切る音が意外と大きい。
カラッと暑かった昼間とは違い、ジメジメした空気を切り裂きながら走っていく。
しばらく暗闇の中を走っていて、道路の左側には板取川が見える。
加速と減速がスムーズだからカーブも怖くない。
私を気遣ってるのが分かるし、ここの道を知り尽くしてるのも分かった。
今までの
この辺りで唯一ある信号を左折し、大きな洞戸橋を渡る。
渡り切ると減速し、左側にある三角屋根が特徴の喫茶店の駐車場にバイクを停めた。
「ここでいいか?」
「はい、お任せします。」
類さんの暖かかった背中から離れ先に降りる。
彼はゴーグルを外しヘルメットを取るとバイクの右側のミラーに引っ掛けた。
私は反対側のミラーに引っかかるように置く。
バイクに乗っていた時は忘れていた緊張感が高まる。
小走りに彼についていき、お店のドアをくぐった。
チャランチャラン…
ドアに付けられている鐘が鳴る。
店の中にはお客は居なかった。
平日で、しかもそれなりに時間も遅い。
お酒を出す店じゃないみたいだし、そろそろ閉店しようかみたいな雰囲気だった。
しかし、彼が入っていくと店のオーナーらしき男性が直ぐにおーいと奥に声をかけ、奥さんらしき人を呼んだ。
「なんだよこんな時間に。」
ニヤニヤしながらだったけど、そんな言葉をオーナーはかけてきた。
「飯奢ってくれるって言うからさ。売上に貢献しに来てやったぜ。」
「今はいねぇが、さっきまで満席だったがな。まぁ、二人には今の方がいいだろ。」
彼は迷わずカウンター席に座る。
この方が料理も出しやすいかもね。
その隣にチョコンと座った。
「どんな手で飯食わせろって脅したんだ?」
「そんなんじゃねーよ。」
私は直ぐに間に入った。
「あ、あの…、昼間溺れたところを、助けていただいたのです。」
「ほぉ。」
「あらまぁ。」
カウンター越しの二人は顔を見合わせると何だか嬉しそうだった。
「おまえもやるようになったじゃねーか。便利屋にでもなるのかと思っていたけどな。」
そう言ってケラケラ笑っているオーナー。
便利屋ってなんだろう?
「で、何が食べたいんだ?」
「オススメ。この調子だと食材も少ねーだろ。」
「あ、私も同じで良いです。」
「嫌いなもんとかないのか?」
「大丈夫です。」
「蛙でも?」
オーナーが真顔で聞いてきた。
「か、かえる…?」
ハーハハハハハハッ
オーナーの笑い声で気付いた。
からかわれていたよ…。
「食用蛙なんてのもいるらしいな。」
類さんがフォローしてくれる。
へーと言いながらちょっと興味を持った。
「食べてみるか?捕まえてくるぞ?」
オーナーは手を動かしながらそんなことを言ってきたけど、とっさに
「はい!お願いします!」
と言ってしまった。
オーナーも奥さんも類さんも一瞬手を止めて大爆笑された。
私は赤面して下を向いた。
「鶏肉の味に近いらしいぜ。まぁ、機会があれば食べさせてあげるよ。」
オーナーはフライパンを火にかけて油を注ぐ。
甘そうな香りがした。
「
名前を呼ばれただけでドキッとする。
「はい。
「あ、俺は
それは知ってる。
胸の名札に書いてあったもん。
「便利屋ってなんですか?」
私は気になっていたことを聞いてみた。
転職するつもりなのかな?
「あぁ、パトロールついでに老人達の家を回って、困ってることがあったら手伝ったりしてるからさ。」
ハーアァァァァァン…。
超イケメン。心が超イケメン。
「良いと思います!立派なことだと思います!」
興奮しすぎて声が大きかった。
皆ビックリして私を見ている。
また赤面して下を向いた。やっちゃったー。
いつもそそっかしくて、感情が激しくて強引で、彼氏は出来るけど振り回しっ放しで、1週間も続かない人ばかりだった。
「まぁ、暇だしな。」
そう言って笑う彼の顔は、とても素敵だった。
胸がキューと締め付けられる。
便利屋さんとしての笑い話を、オーナーの突っ込みも含めて楽しく聞かせてもらっているうちに料理が出てきた。
「生ハムのクリームスープスパゲティと、余った…、いや旬の食材をフライにしたセットお待ち。そう言えば、飲み物何にする?」
「俺はいつもの。」
類さんが即答したので、私も「同じの!」と言った。
オーナーはムフフみたいな笑い方したので怪しんだ。
コーヒーとかジュースとかそういうのじゃないの?
「いただきます。」
彼はそう言って両手を会わせると、ガツガツ食べ始めた。
私もならって「いただきます。」と両手を合わせる。
食事に感謝することが出来るのっていいよね。
スパゲティは、ちょっと甘めのクリームで、生ハムのアクセントがとても美味しい。
一緒に盛られている、新鮮なほうれん草も良い感じ。
フライはエビで人参やブロッコリーなんかが一緒に炒めてある。
ソースが独特でそれも美味しかった。
そこへ飲み物が置かれる。
何やら、真っ白な液体の中に、オレンジ色の液体が少し注がれている。
類さんは、その飲み物が出るや否や一気に半分ぐらい飲み干した。
うめー、とか言っているところを見ると好物なのかも。
これは調査する必要があるわ。
匂いは…、アレ?ヨーグルト?
そんな顔をしていると奥さんが助言してくれた。
「ラッシーって飲み物よ。」
説明を聞くと、ヨーグルトに砂糖を混ぜている飲み物みたい。
このオレンジ色のはマンゴーの果実液らしい。
要するにラッシーのマンゴー味ということだ。
少し飲んでみたら、これがとてもおいしかった。
思わず類さんの方を見たら、彼は笑顔で親指を立てた。
よほど好きなんだろうなぁ。おかわりまでしてたし。
料理を食べ終わり食器が片付けられる。
これはサービスよ、と言って奥さんがアイスコーヒーを出してくれた。
全体的に甘めの味付けだったので、もしかしたら彼は甘党なのかな?そんなことを思いながら、甘くて美味しかった料理を、ちょっと苦いコーヒーで洗い流す。
「あ、あの、類さん。」
「ん?」
「彼女とかいるのですか?」
ブッーーーーーーーー
リアルに吹き出す人を始めてみた。
ちょっと可笑しかった。
「い、いないよ…。」
「おいおい、汚した所、拭いておけよ。こいつ19連敗中なんだぜ。」
相変わらずのオーナーの突っ込みだったけど、私は気にしない。
「こんな素敵な人を振ってきた間抜けさんが、19人もいるなんて驚きです。」
そう言ってやった。
オーナーも奥さんも真顔で顔を見合わせていた。
だけど気にしない。
私は…。私は…。
「類さんの彼女にしてください!」
そう、ハッキリ言った。
恐る恐る彼の顔をみると、予想外。
顔を真赤にしてものすごく照れていた。
オーナーの方をチラリと見て、そして真剣な表情で、
「お、俺で良ければ…。」
そう言ってくれた。
私は緊張がマックスで、心臓がバクバク言ってて、頭まで鼓動が登ってきて、何がなんだかわからなくて、周囲の状況なんか何も見えなくなって彼に抱きついた。
類さんはそっと私は抱きしめてくれた。
彼の心臓の鼓動も大きかった。
「やったな!類!これでチェリーボーイも卒業だぜ!」
「うっせー!親父!!」
ちょ…、ちょっと待って…。
お…、おやじって…、まさか!?
私は気付いて、ハッと頭を上げた。
オーナーは類さんのお父さんで、その隣にはお母さんがいるという訳で…。
私はご両親の目の前で告白した訳で…。
「ハゥゥゥーーーーー…。」
私は再び彼の胸に顔を埋めた。
恥ずかしすぎる…。
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