第27話
長いようで短かった学生生活が終わり、私はとうとう目的の総合病院に就職できた。
有名国立大学を合格したけど、蹴ってまでこの業界に入ったという実績。
取れる資格も片っ端から取得し、ボランティアもこなしつつ、剣道も県代表という、これでもかという努力の結果を引っさげて面接を受けたら、1次面接だけで合格を貰うことが出来てしまった。
他の病院や一般有名会社なんかから逆オファーもあったけど、全て却下。
私はこの病院にくることだけを、実に6年かけて実らせた。
ただ、これは通過点であって、ここからが本番ということを忘れてはいけないよ。
だけど正直、ちょっとした達成感はあるかも。
そして配属先として、カウンセラーを勉強してきたこともあって、精神科勤務となる。
ここまでは自分の努力で何とかなったけども、これからの村田との対決は成績が良いだけの新人では太刀打ちできない。
ここで彩が登場する。
彼女のお父さんは、この総合病院の事務局長で、絶対的な権力がある。
ただし、その権力を私用で使えば、一発で自分の首が飛ぶことを忘れてはならない。
なので、彩のお父さんにも被害が及ぶ可能性も少なからずあるよね。
そんなリスクを背負いつつも、彩のお父さんに事情を説明し協力を仰ごうと言うのだ。
一つ問題がある。彩はお父さんと仲が悪い。
医者になるよう言われていたにも関わらず看護系に進んでしまい落胆させた。
正直、最近話しをしていないとも言っていた。
だけど彩は頑張ってくれた。感謝しきれないほどに…。
自分の将来を決めつけ、縛り付けたお父さんを、彩は嫌いだと言った。
だけど、一生に一度のお願いと土下座までしてくれた。
いつもの彼女の素振りからも、とてもそんなことをするような
一番驚いたのはお父さんだったと思う。
それで話しだけは聞いてやるということで、相談内容を伝えた。
私からは一つだけ。村田の悪事についてのみ。
私の就職についてとか、そういうのは絶対に言わないようお願いしていた。
自分のことは自分でケリをつける。
そうじゃないと色々無理がでるよね。
もちろん一人で出来ることには限界があって、こうしてお願いをした。
というか、彩の方からのってきてくれた。
凄く嬉しかったし、正直助かったと思った。兎に角時間がない。
類君まで面会謝絶となった光司に危険が及んでいることは、簡単に想像出来るから。
そうじゃないなら、類君まで面会謝絶にする必要がないからね。
彩のお父さんは、病院内の人・物・金の管理をする総責任者だ。
そんな彼に告げられた村田の行為はどう映っただろうか。
後日、詳細な話と返答を聞くため私が呼ばれた。
その結果は…。
この6年間…。
心臓を借り受け、愛しい人の目と希望を奪い返すためだけに生きてきた。
自信を持って、そう自負出来る。
しかし、それは過程であって結果ではない。
しかも過程の中の折り返し地点でしかないし、今まさに折り返そうとしている。
私は、彼が犯されている病棟へやって来た。
ここで失敗すれば、6年間は全部無駄になる。
救出に成功した場合でも、この6年という時間は戻ることはない。
あんなに夢見た楽しそうな高校生生活も、もう既に経験することは不可能。
でもいいの。
彼さえ戻ってきてくれれば…。
そして彼を正常な状態に戻し、絵への希望を復活させ維持させる。
これにどれほどの時間がかかるかは分からない。
だから時間がないの。
何としてでも今成功させるしかない。
奇跡や運じゃなくて、私が積み重ねてきた全てをぶつける。
私は一人じゃない…。
私は経った一週間しか一緒にいなかったけど、その1周間は今まで生きてきたなかでも一番濃い時間で一番長い時間として心に刻まれているの。
だから誰よりも彼のことが分かる…。
私は、彼が今、望んでいることを知っている…。
大丈夫、救える。
どんな暗黒に叩き落されていたとしても絶対に救い出してみせる!
ガチャ…、バンッ!
鍵を開け一気に扉を開く。
そこには拘束衣につつまれ、今まさに何かの注射を打たれようとしていた彼と、驚いた表情をする村田がいた。
薄暗い病室の中には、他に誰もいない。
「誰!?入室を許可していません!ただちに退室しなさい!」
驚き、動揺を隠し切れない表情。
そしてそれを証明するような裏返った声が狭い個室に響く。
「早く出て行きなさい!」
動揺は怒りへと変わる。
「あなたこそ出て行きなさい!!!」
私が年齢にそぐわない威厳ある声で反論するとたじろいだ。
あの村田が一瞬だけたじろいだ。
「いい加減にしないと…。」
しかし彼女は、そのまま怯んだりしない。
精神科のトップにして、院内に協力なパイプを作り上げた彼女には、少々のことでは追い詰めることは出来ない。
「下がりなさい…。」
冷静だが殺気がにじみ出るほどの声。
廊下の照明が背後より私を照らし表情は見えにくいかもしれない。
それで良かったと後から思った。
今の私は、血が
「下がれと言っているのです!」
再び私の声が響く。
よくは覚えていないけど、ここにきて、やっと村田は怯んだ。
私の殺気溢れる気迫に押された。
少しずつ後ずさりし、光司から離れる。
彼は時折激しい痙攣を起こしている。
私は部屋の中にズカズカと入っていくと、彼と村田の間に立つ。
「あなたの悪行。全て暴きます。そして、彼を
歯ぎしりがもれた。
「絶対に許しません!!!」
村田は思わず尻餅をついてしまった。
彼女は何かに怯えていた…が、ふと我に返り自分の立場、背後にいる重役達、そして何よりも、二度と手に入らないかもしれない貴重なサンプル。
トラウマを引きずり視覚を失った青年…。
彼女は思い出した。
見知らぬ看護師風情に負ける要素は一つもないと。
「あなたに何が出来る?小娘が!!今直ぐそいつを目覚めさせることが出来るとでも言うの!!!?」
怒鳴り声が部屋、そして廊下にまで響く。
「出来るわ!」
静かに、しかし絶対なる自信がみなぎっている私の声も、廊下にまで響いた。
出来るわけがない、彼女は顔を引き攣らせながらそんな顔をしていた。
あの注射は、最悪麻薬かもしれない。
それは彼を廃人寸前に追い込む為の最後の一手だっただろう。
そんな状況から救い出せるはずがない。
村田の顔にはそう書いてあった。
だけど私には分かる。
光司に今必要なものが…。
彼が何を求めているのかが…。
「ででで、出来るわけがないだろ。そこまで言うならやってみろ!?あぁ?出来ないだろ!!」
つばを飛ばしながら激しく挑発してきた。
「あなたに医者として足りないものを見せてあげる…。」
光司は細かく震え、時折うめき声が聞こえる状態だった。
彼の直ぐ傍にいく。
「3秒間、私が魔法をかけてあげる…。光司の鮮やかな色を思い出して…。」
そしてそっと口づけをする。
両手で彼の顔を包み、耳元で囁いた。
「ただいま…。」
彼の震えは止まった…。
彼の荒かった呼吸もうめき声も止まっていた…。
彼の頬に涙が流れ落ちた…。
「おか…えり…。」
小さいけど、確かに彼は声を発した。
瞳は我慢できずに彼の頭をギュッと抱きしめた。
そして彼にしか聞こえないほどの小さい声でつぶやいた。
「聞こえる?あなたがくれた心臓の音…。」
「瞳…。生きてて…、良かった…。」
彼はこんな状況になっても私の心配をしてくれた。
そのことが嬉しかった。
6年間が報われたと感じた。
私も思いっきり泣いちゃった…。
「アアアアアアァッァァァァァァアアアァァァアァァァァァァッァァァア!!!」
逆に村田は絶望した。
6年という長い年月もの間、労力と知識の全てを費やしたサンプルが、たった3秒で壊されたからだ。
ありえない。
そう思ったに違いない。
村田流の愛情で深い眠りについていたはずが、童話で目覚めるヒロインのように簡単で単純に目を覚めしてまった。
彼女のシナリオでは、絶望の淵から蘇る青年、という功績を得るためだけに努力してきた。
もう少しでサンプルは完璧に完成されるはずだった。
それなのに…。
今度は村田が壊れた。
ボロボロと涙を落とし、全てが終わったことに気付いた。
口を半開きにし、パクパクと何かをつぶやいているようにも見える。
そこへ追い打ちをかけるごとく指示を出す。
「安藤さんを別室へ!」
廊下で待機していた看護師達がワラワラと入室し、光司を連れていく。
手を伸ばし、自分のおもちゃを取り上げられた子供のように、悔しそうな泣き顔をした村田の前に、一人の老人が立つ。
彼女には、その老人が誰だか一瞬分からないでいた。
そしてそれが誰だか気付くと大きく震えだし逃げ出そうする。
「おっと。手荒なことはしたくないんでね。」
廊下から若い男性が踊り出て腕を捕まえ捻り上げる。
山岡先生だ。
「彼は私が直接見る。各種検査を施して、徹底的に状態を把握しろ!」
山岡先生の豪快な指示で彼の部下が動く。
そして山岡先生は老人の前に村田を引っ張りだす。
「あ…、あぁ…、違うんです…。誤解です…。私は彼を救うために…。」
村田は泣きながら弁解しようとしてる相手。
それは、この病院の創設者である理事長その人であった。
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