第69話

 私の名前は、各務かがみ ひなと申します。

親戚のおば…、コホン…。

お姉さんにあたる新海しんかい 美波みなみというカメラマンさんに、洞戸ほらどは良いところだから、一度行ってごらんと言われまして、安い宿だった高賀山こうかざん自然の家を選びやってまいりました。


実はカメラマンの美波さんに憧れていまして、お小遣いやお年玉をかき集めて買ったカメラを片手に大自然を撮っていくというのが、今回の旅の目的のはずでした…。

しかし、寝静まろうとしていた深夜のことです。

外が騒がしく目が覚めてしまいます。


異常な雰囲気を感じ取りました。

そう、私は霊感が強いし、一つ、誰にも言っていない特技もあります。

だからこういうのは慣れっこだったはずでした…。


つまり、幽霊とかのたぐいの話しですね。

田舎の心霊現象は凄い迫力だなぁ、なんて冷静に見ていました。

大きな岩の蛇を中心に、侍さん、武士風の人や、色々な動物達。

だけど、その中に、明らかに現代風の3人がいます。


私は、こういうことに積極的に関わろうとはしてきませんでした。

だって、何より怖いし、見た目が酷いことになってしまっている人もいまして…。

しかし今回の場合は、人っぽい方達がいて、しかも会話をしているようにも見えます。

私は、私以外で、霊的な人達と会話が出来るということを見たことがありません。

なので、つい夢中になって観察しました。


お侍さんと、今時の普通の女の子が戦っていたりしました。

だけどこの女の子、なんて強い力を持っているのでしょう。

見た目とは裏腹に、女の子が勝っているようでした。

何かの大会だったのでしょうか?

よくわからないうちに、集会が続いているようでした。


するとどうでしょう、私が今まで経験したことのない、背筋が凍るほどのプレッシャーを感じます。

宿に併設されている体育館の方から、顔が猿、胴が虎、尾の蛇が3匹いる妖怪が現れました。


私は直ぐに窓から頭を引っ込めます。

これはかなり危険です。明らかに殺意を持っています。

なので暫く窓の下で隠れて耳を塞いでいました。


それでも、そのプレッシャーは容赦なく私に存在感を示し、グラウンド中を駆けまわっていました。

そのプレッシャーと激しくぶつかる強い力もありました。

いくつかありましたが、その中でも一際大きい力が対抗していました。

その力が突然消え、グラウンドをかき回すように色んな力が交錯した後、静けさを取り戻したことがわかりました。


恐る恐る窓を覗きこむと、あの三人がいます。他の霊達は消えていました。

一人の少女が全身血まみれでぐったり倒れているのがわかりました。

私は急いで宿の階段を降りて、正面玄関の鍵を内側から解除し、グラウンドに向かい声を掛けました。


「大丈夫ですか!?」

直ぐに同い年ぐらいの少年と修行僧の格好をした男性の老人が振り返ります。

「お主は何者じゃ…?」

老人の方が警戒しながら訪ねてきます。

あんな事があった後に現れる人は普通じゃないと気付くかもしれませんね。

私もそう思います。


「私は 各務 雛と申します。あの…、その…。さっきの闘いを見ていました。それで…。」

「それで何じゃ?」

「あの…、実は私も特別な力がありまして…。その…、そこの少女の治療をさせてもらえませんか?」

そう、私の特別な力は治癒ちゆの力。傷を癒す力。


「すまない…、お願いする…。一刻を争うのじゃ…。」

私の突拍子もない申し出に、この老人は驚いたり馬鹿にしたりしなかったので確信しました。

ここにいる方達は、やはりに精通しているのだと。


私は少女の前に両膝を付いた姿で座り手を合わせます。

そして祈ります。

誰に?と問われると正確には答えられないのですが、いつも脳裏には、二人の美しい着物をまとった女性が現れます。

その二人に祈ることで治癒効果が発揮されます。


「………。」

体の芯から暖かくなり、それが広がっていくのがわかります。

この暖かい物が、どうやら治癒効果を発揮する源のようです。

これを少女を包むように誘導します。


するとどうでしょう。

彼女のいたるところに出来ていた傷が塞がっていきます。

私もこれほどの重病者は治癒したことがありませんでしたが、予想以上に上手くいきました。


「!?」

しかし、ここまでが私の限界のようです。

目眩と吐き気がし、祈りを中断します。

「大丈夫か?」

少年が心配してくれました。


いつの間にか、ボタボタと垂れ落ちる汗が尋常ではありません。

「はい…。私は何とか大丈夫そうです…。彼女はどうでしょうか?」

修行僧の老人が彼女の顔を覗きこみました。


「うむ。顔色はかなり良くなった。韋駄天!水樹殿を家へ連れて寝かせるのじゃ!ワシらも後から行く。」

「ほいきた!」

ビュンッ!


何という事でしょう…。

彼は水樹と呼ばれる少女をお姫様抱っこすると、一瞬で消えてしまいました。

驚いた顔をしていたのか、老人が説明してくれました。


「そなたの持つ治癒の力と同じように、あやつは速く、よく走る力を持っておる。」

「はぁ…。」

あまりにも当たり前のように説明されたのだけれど、よくよく考えるとこれは異常なことです。

もちろん私の力も…。

この老人は力について何か知っているのでしょうか?


「ふむ…、なるほど。推測するに、そなたは自分の力を把握してないようじゃ。どうじゃ?知りたいか?それならワシについてまいれ。」

シャリーン

手にする、杖代わりにもしている長い錫杖しゃくじょうを地面に叩き付けて音を鳴らす。


私は我に返りました。

自分の周囲におこる不思議な現象について分かるチャンスだと思いました。

「はい。力の意味を知らないまま使うことは怖いことですから…。だけどちょっとだけ待ってください。」


私は急いで自分の部屋に戻ります。

貴重品を取りに来ました。それとカメラも持っていきます。

シャッターチャンスは心霊現象よりも少ないのです。

なので、いつも持ち歩くようにしています。


急いで戻ると、下の道に続く坂の手前で老人は待っていてくれました。

走って追いつきます。

「まずは助けてくれたこと、礼を言わせてくれ。ありがとう。」

「いえ、私の力が初めて他人を助けました。私もちょっと驚いています。」

「ふむ。とりあえずは、先ほど治療してもらった水樹殿の家に向かう。歩いて十五分もかからんじゃろう。」

良かった。運動系は苦手なので近いと助かります。

二人で歩いて向かっていきました。


「さて、まずはお主の治療についてじゃな。力を使う時、どんな人物に祈っておるかの?」

「はい。二人の美しい着物を来た女性にです。って、何で知っているのです?」

「うむ。ワシは天皇直属機関、妖怪調査隊の三番隊隊長、藤原の黒兵衛と申す。皆は黒爺と呼んでおる。役職の通り妖怪を専門にしており、もちろん対抗する為の力も研究している。」

「対抗する力?」

興味があります。


「ふむ。それが巫女の力と言われておる。巫女は古来より人智を超えた力を発揮し、人々を救ってきた。」

「巫女と言うと、女性だけなのですか?」

いな。もちろん男もおる。始まりが女性であり、巫女であったというだけじゃな。」

「はぁ。なるほどです。」

「そしてお主の力じゃが、治癒能力となると、治癒を司る神の御加護によって治療がなされる。なので、儀式中はその神が見えていると言う訳じゃ。」

「どんな神なのか分かりますか?」

「二人の女神となると、蚶貝比賣命きさがいひめ蛤貝比賣命うむがいひめじゃな。」


「はぁ…。聞いたことはありません。」

「それは仕方あるまい。神は何百人もおるからの。」

「ふぇぇぇぇ…。そんなに居るんですか?」

「まぁな。そういったことにも直に慣れるじゃろう。」

「慣れても良いのでしょうか?」


ふと疑問に思いました。

だって、これは異常なことなのですから。

「逆じゃ。慣れなければならぬ。巫女の血を引き、継ぎ、力に目覚めてしまったからにはの。そしてお主が言うように正しく力を使う。それだけのことじゃ。」

えーっと、つまりもう避けられないということなのですね。

ちょっと困りました。

こればかりは、どうやら逃げられないようです。


私はどちらかというと普通が良いのですが…。

それに、治癒という力は確かに便利です。

ついつい乱用したくなります。

だけど、本当はこんな力は無いのが当たり前で、それが普通なのです。


「だけど私は、この力が異常な状態だと思っています。おかしいでしょうか?」

「いや、おかしくはないの。むしろ正しい認識じゃ。だけど、こう考えてみたらどうかな?例えば、他の巫女と協力し、人間や妖怪を苦しめる、悪い妖怪を倒す為の力じゃとする。それならばどうじゃ?」

「そう聞くと、むしろ力を正しく使おうと思いますね。」

「そう思うことが出来るのは巫女の血を引く者だけじゃ。」

「あぁ…。そういうことなんですね…。そっちの方が普通になっちゃうんですね…。」

「そういうことじゃ。」


そう言って黒爺さんはケラケラと笑った。

何だか私まで可笑しくなってしまいました。

今まで悩んでいたことが馬鹿らしくなるくらいに。


「ふふふ…。」

つい笑みがこぼれた。

「と、いうことで、ワシらを助けてはくれぬか?そなたの治癒の力でな。」

私は迷うことはありませんでした。

「はぁい!」


私はこの時、正直なところ少しワクワクしていました。

これから何が起きるのだろうという思いが強かったと思います。


けどれども、これから起きる事象は、私の想像を超え、とても壮絶なものとなってゆきました…。

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