第1話 生徒会でコ○ドームを配ってみた(前編)

 私立乃木坂学園に君臨する女帝、つまりは生徒会長、二階堂あおいのことをどう評価するべきか。


 腰まで届く黒髪はカラスの濡れ羽のように美しく、顔立ちは凛として気高く整っている。

 背丈は平均よりも少し高く、なるほど、生徒会長や女帝の二つ名にふさわしいかもしれないが、対照的に胸部は関東平野のようななだらかさだった。


 容姿については文句なく可愛い部類に入るわけだが、成績面も一年から生徒会長を務めるだけあって学年でも五指に入る順位を常にキープしている。

 運動能力も胸部に邪魔になるものがない分もあって、そう悪くない。

 とはいえ、近づき難い雰囲気を持つ外見とは違い、自己顕示欲が強い高飛車女ということもない。


 一年生ながら生徒会長になったのは生徒会選挙に自ら立候補したからでも、他薦があったからでもない。単に立候補者が誰も居らず、教員や前生徒会役員が相談した結果、彼女の所にお鉢が回ってきたに過ぎない。

 当然のように彼女は一年生であることを理由に会長になることを断ったのだが、教師からの再三の要請で渋々引き受けたということになっている。


 しかしながら、会長になってからの約一年間は、女帝の名にふさわしく、校史に残るような武勇伝を打ち立て続けてきたようだった。


 どうして控えめな少女がいきなりそのような破天荒な会長に変貌したのか。

 猫を被っていただけかもしれないし、単に会長という責任感から一生懸命仕事をしただけかもしれない。


 何にせよ再三の拒絶にも関わらず無理を言って頼み込んで会長になってもらった以上、教員連中も彼女の所行にそう易々と異を唱えることもできず、そもそも彼女の父が財界の大物であり、学園にも多額の寄付をしているということ、そして母がPTA会長ということもあって、校長ですら彼女の行動を黙認せざるをえない状況になっていた。


 念のため付け加えるが、彼女は中学時代も三年の時分に生徒会長を務めたのだが、その時はごく普通の、非の打ちようのないただの優等生として任期を全うしただけだった。




 乃木坂学園の、現在の生徒会役員の顔ぶれは以下の通りだ。

 会長は先述の二階堂葵。

 女帝という物騒な二つ名にそぐわず、生徒会室も彼女の椅子もどこの教室でも使っている汎用品だが、部屋の中央で不敵に座りながら自前のティーセットで他の役員に淹れさせた紅茶の湯気を顎に当てている。


 その右隣でにこやかに座っているのが会長と同じ二年生の会計、篠原未来みくだった。

 彼女も生徒会の古株ではあるが、葵と違って自分で立候補した役員だった。前述の通り、会長への立候補者がいなかったために、彼女へもいっそのこと会長に就任しないかとの打診もあったのだが、こちらは葵以上に頑なに拒絶されたらしい。


 これ以上強いるのであれば会計への立候補も取りやめると切り出され、教師たちは慌ててなだめに回ったという。三つ編みでおっとりとした雰囲気の女性だが、外見に騙されてはいけない。

 葵の武勇伝を裏方としてサポートした生徒会の陰の実力者であり、葵の参謀役だ。生徒会の財布も彼女が握っているため、葵ですら全てを思い通りに振る舞えるわけではない唯一の存在でもある。


 会長の左隣でおどおどと怯えながら座っている小柄なおかっぱ少女が一年の書記、結城ゆうき明日香だ。

 内面的にどう見ても生徒会役員なんてやるようなタイプには見えないが、今年の改選期に周囲から無理矢理推薦され、自分では断りきれずに嫌々ながらも書記になってしまったのだった。


 彼女はどんなことでも断れないタイプで、生徒会でも葵の玩具としてよくセクハラされているが、それは彼女が小柄ながらも豊かな胸を持っているからかもしれない。

 おとなしく控えめな彼女だが、制服の胸部はメロンでも隠しているかのように膨らんでいる。ぺったんこの葵からしてみれば、妬ましいのだろう。


 そして女子ばかりの生徒会の中で唯一の男子が一年にして副会長、実態は雑用係の三枝さえぐさ大輝だいきだった。

 どうして彼が生徒会に入ったのかといえば、これは後々語る機会に譲るとしよう。彼だけは選挙を経ておらず、葵が会長権限を発動して強引に任命したのだが、元々、人手不足でなり手不足の生徒会ゆえにどこからも異論はなかったようだ。


 ただ一枚の告示書が掲示板に貼られただけで副会長になってしまったのだが、そのうち信任投票くらいは行われるかもしれない。

 あともう一人副会長がいるのだが、二年の相川真由まゆは幽霊役員であり、滅多に生徒会室に顔を出さない。


 さて、退屈なメンバー紹介が終わった所で早速、本題に入る。

 ある日、一抱えほどの大きさの段ボールが生徒会室に届いた。

 何かといえば、葵が注文したものらしい。箱の大きさの割には妙に軽く、大輝は何気なく箱の中身をたずねた。


「これって何が入っているんですか?」

 その問いに対する答えは中身の割には単純だった。素っ気なく、筆記具でも入っているかのように言った。


「ああ、気になるなら中を開けてみるがいい。どうせ開封して中身を確認しなければならないからな」

「そうですか」


 大輝も何気なくペン立てからカッターを手に取り、箱を開封しにかかった。

 ガムテープを切り、段ボールに手をかけて中を開くと、プラスチックで個別包装された薄い正方形のが山ほど詰められていた。


 一瞬、それが何であるのか大輝は理解できなかった。いや、理解できなかったのではない。理解したくなかったのだ。

 それとも、こんなものが学校や生徒会室に届くはずがないと思い込んでいたからかもしれない。または、こんなに多くのアレを見て想像に及ばなかったからということもある。

 彼はたっぷり数秒ほど硬直した後、叫び声をあげた。


「こっ、これはコンドームじゃないですか!」

「そうだな。コンドームだ」


 大輝が赤面しながら言ったのとは対照的に、葵は素っ気なかった。

 通常、女子高生が男子の前で軽々しく口にしていい類の単語ではなく、男子も女子の前では慎むべき言葉だった。

 それが学校の中で最もお堅い場所である生徒会室で発せられたのは、控えめに言っても事件だった。


「ひゃっ」

 しかし、大量に届けられた避妊具を前にして正常な反応を示したのは明日香だけだった。彼女だけが目を見開いて驚き、頬を赤らめながら小さく悲鳴をあげて視線をらした。


 生徒会室にいる他の二名の女子、葵は当然としても、未来もその言葉を耳にしても眉一つ動かさずにただ微笑んでいるだけだ。


「なんで生徒会室にこんなものが大量に届くんですか。僕たちだけじゃ一生かかっても使い切れませんよ」

「馬鹿を言うな。誰が私たちで消化すると言った。これは全校の女子に配布するために注文したんだ。

 それに、私たちで使うにしても一人あたり四百個もないだろ。高校生の性欲なんて猿も同然だ。大輝だって一回に四、五発くらいはするはずだ。毎日やってればあっと言う間になくなるさ」


 あまりにも直接的な物言いに大輝は絶句し、とりあえずなにも聞こえなかったことにして本題に戻る。


「えっと、女子に……配布ですか?」

「そうだ。もうすぐ夏休みだからな。夏休みの間にハメを外してセックスする輩も出てくるだろう。

 実際にはハメるのであるが、これでも本校は元お嬢様学校だからな。

 高校生たるもの、不純異性交遊はけしからんと言いたいところだが、年頃の男女がセックスに興味を持つのは仕方がないことだ。

 とはいえ、さすがに避妊をしないという所までは甘受できない。

 生徒が妊娠を理由に退学することも、膨らんだ腹を抱えて登校してくるというというのも我が校としてはスキャンダルになる。

 そういう事態を避けるように父兄の方から要望があってだな。

 校長と協議した結果、学校側がセックスを認めるようなコンドームの配布はできないが、生徒会が自主的に行う分には問題ないということになったのだ」


 葵に恥じらいはないのか最後まで真顔で言い切った。

 隣の明日香は顔を真っ赤にしてうつむいてしまっているというのに。

 ちなみに未来はずっとにこにこ微笑ほほえんでいた。


 こういう状況下の生徒会室にいると、むしろ明日香の反応の方がおかしいのかと錯覚するが、そんなことはけっしてないはずだ。


「それで段ボールいっぱいのコンドームですか。

 でも、どうやって配るんですか? 男子の目もある状況で女子が手に取るとは思えないんですが」

「だから女子更衣室に置いておけばいいだろう」


 そんな簡単なこともわからないのかという呆れた目つきで葵は大輝を見て、手に持っていたカードを段ボールの中に入れた。

 カードに書かれていた文字は「ご自由にお取りください。生徒会」だった。


「さて、早速だが更衣室まで持っていってくれ」

 さも当然に言う葵に、大輝はたまらず異を唱えた。

「僕がですか?」


「もちろん。お前以外に適任者は誰がいる。こういう時に働いてこそ生徒会の雑用係じゃないか」

「そりゃ、僕は雑用係でしょうけれど、行き先が行き先でしょ。男が女子更衣室になんて入れるわけないじゃないですか。

 しかも、こんなものを大量に抱え込んで。まるっきり変質者じゃないですか」


「放課後に更衣室を使っている女子はそういないはずだ。それに、誰かに見つかっても私からの命令だと言い訳すれば大騒ぎにはならないはずだがな。

 とはいえ、お前がそこまで気にするというのなら私も鬼ではない。要は誤解されないように女子を一人付ければいいのだろう?

 明日香、すまないがこのグズる馬鹿のために一緒に行ってやってくれないだろうか」


「えっ?」


 突然、飛び火してくるとは予想すらしていなかったのだろう。明日香は目を見開いて驚き、言葉を頭の中で反芻はんすうするように理解して後ずさりしながら露骨に嫌そうな顔をした。


「あの……それはちょっと……」


 蚊が鳴くような消え入る声で明日香は拒絶した。

 声が葵まで届いたかどうかは疑問だったが、表情だけでもその意志は伝わってきた。

 葵は書記に命令を拒絶されて、困惑するようにため息を一ついて大輝を見た。


「大輝、やっぱりお前一人で行ってはくれないだろうか」

「いや、もう本当に勘弁してくださいよ。一人じゃ絶対に無理ですって。

 だいたい、会長の案件なんですし、コンドームなんて段ボール一箱あたってそう重くはないんですから、いっそのこと自分で持っていってくださいよ」


 泣きを入れるつもりで大輝は懇願こんがんする。その哀れさに少しでも心が動かされたのか、葵はやれやれとつぶやいて言った。


「以前は私が書類を持って廊下を歩いていたら、お前は持ちましょうかと言ってくれたというのに、今では私をあごで使おうとするなんて。まったくもって嘆かわしい」

「えっと、いつもしっかり荷物持ちしてるじゃないですか。

 でも、今回ばかりはブツがブツだから運べないって言ってるだけなんですよ。もう、わかってくださいよ」


 テコでも自ら動くつもりのない葵に大輝は観念して彼女に頼むことを諦めた。そうなれば残るは未来だけだが……。


「あの……、篠原先輩が行ってくれるなんてことは……」

「はい、ありません」


 澄み切った空のような笑顔で断られてしまう。

 最終的に大輝と明日香は顔を見合わせてどうにもならないこを悟り、渋々、二人で女子更衣室に行くことになった。


「ああもうしょうがないから持って行きますよ。行けばいいんでしょ。で、みんなはこれいらないんですか?」


 全校の女子生徒用に配布するのだから、生徒会の面々も対象だろうと、予め尋ねてみたのは特に他意があったわけではなかった。

 口にしてから迂闊うかつだったと気づくものの、覆水は盆に返らない。


「大輝、それはセクハラだぞ」

「あんたが言いますか!」


 葵がけがらわしいものを見るようなさげすんだ目つきで大輝を見つめ、彼は即座に反論した。

 だが、それでも遅かっただろう。明日香は顔を真っ赤にして俯いていて、未来はにやにやと微笑んでいる。


 特に明日香にもいたような形になってしまったのはまずかった。もし彼女が女子更衣室に付き添ってくれなくなってしまったら、それこそ大輝の高校生活は終了になってしまう。

 どうフォローするべきか動揺している中でただ時間だけが経過し、その間に未来が笑顔のまま大輝の側までやってきて、抱えた段ボール箱の中から三個のコンドームを取り出した。


「じゃあ遠慮なくもらっておこうかしら」


 何の躊躇ためらいもなく手に取った未来に大輝は内心、驚愕きょうがくする。そんな彼を見て未来は言い訳をするように微笑み、口を開いた。


「これって浅漬けを作るのにちょうどいいのよね。キュウリとかナスとか」


 自家消費用ですかと思わずツッコミたくなるものの、大輝はなんとかこらえる。未来がナスやキュウリを使っている所を想像してしまい、大輝は頬を赤らめた。


「うふふ、今度、作ってきてあげようか」

「け、けっこうですから!」


 見透かすように未来は大輝の耳元で囁き、彼は慌てて断った。どこまでが本気だかはわからなかったが、どうやらセクハラ返しでからかわれているだけとすぐに気づいた。


「明日香も遠慮せずにもらっておいた方がいいぞ」

「い、いりません! 使う相手なんていませんから」


 と、何気なく葵が促すものの、顔を真っ赤にしている明日香は即座に断った。だが、未来の目線に気づいて慌てて付け加える。


「ナスとかキュウリとかにも使いませんから!」

「いや、持っておいた方がいいぞ。明日香は頼まれたら断れないタイプだろ。クラスの男子に土下座してやらせてくださいと頼まれたらその気がなくても押し切られてしまうんじゃないか」


 葵の言い分に、大輝も容易にその図が想像できた。

 いつもおどおどしている明日香が生徒会役員になったのも、クラスでの無茶な推薦を断りきれなかったからだ。

 明日香も葵の指摘を否定しきる自信はなかったのだろう。

 口ごもって視線をあちこちに動かし、大輝をちらっと見てそれでもコンドームに手を出すことは躊躇っていた。


「大丈夫です……。次はちゃんと断りますから」


 明日香自身、自分の言葉を信じてはいなかったが、葵がこれ以上無理強いしてくることはなかった。



「ああそうだ、大輝。いくら大量のコンドームを抱えて女子更衣室で明日香と二人きりになったからといって、変な気を起こすんじゃないぞ。

 もしそんな事態になったら私はお前のことを絶対に許さないからな。念のため五分ごとに確認の電話を入れてやる。

 くれぐれもいかがわしい行為に及ばないように」

「そんなこと絶対にあるわけないじゃないですか」


 葵に指を突きつけられて注意されるものの、大輝は呆れながら即座に反論した。


 このような経緯があったからか、女子更衣室へ向かう間中、明日香は大輝を避けるように十歩ほど先を歩いて他人の振りをしていた。

 いつもなら明日香の方が親しげに大輝に話しかけてきてくれるのだが、まるで大輝が生徒会に入った頃のようによそよそしい。

 コンドームを女子更衣室に届けること自体を嫌がっていたし、先ほどの会話から大輝を異性として認識し直したからかもしれない。いずれも仕方がないことだが、もし明日香に嫌われたらと大輝は少し落ち込んだ。


 廊下を歩き、階段を下りてまた進み、ようやく校舎の端にある女子更衣室にたどり着く。

 ドアの前で明日香は立って大輝を待ってくれていた。

 表情からはいつもの彼女の様子がうかがえ、大輝はやや安堵あんどする。


「中に誰もいないか確認するから、ちょっと待っていてね」


 さすがに生徒会の仕事とはいえ、男子が女子が着替え中の女子更衣室に入るわけにはいかない。

 しかも大量のコンドームを持っていたとしたら尚更だ。

 明日香が二度三度ノックをしたものの、返事はない。

 どうやら幸い無人であるようで、彼女はゆっくりとドアを開けた。


 女子更衣室という男子禁制の花園を目にするとあって、大輝は無人とはいえ意識せざるをえなかった。

 常識的に考えればただの部屋でしかなく、他の部屋と比べて更衣用のロッカーがあるくらいの違いしかないだろう。

 体育館にある男子用の更衣室と中身は大差ないはずだ。


 ドアが開くとともに、女子更衣室からメス特有の香りが廊下に漏れてきた。

 むあっとする甘い花のような蠱惑こわく的な香り。

 女子のどこから放たれる匂いなのか大輝には知りようもなかったが、やはり童貞の男子高校生にとっては刺激が強すぎる。


 危うく股間に血が集まってくる気配を感じ、慌てて冷静になるように自らを叱咤しったする。

 それでもメスの匂いに誘われたのか、何気なく大輝は室内に踏み込み、彼の視界に中の光景が飛び込んでくる。


「!」


 それは女子の生活にあまり馴染みのない男子高校生の夢を打ち砕くものだった。

 と、同時に、匂いだけでもいっぱいっぱいであるというのに、童貞高校生には刺激が強すぎるものでもある。

 更衣室のテーブルには脱ぎ捨てられた制服が乱雑に積み重なり、さらに白やピンクやシマシマやキャラクター等の色とりどりな下着がこれ見よがしに放置されていたからだった。


「見ちゃだめえええええええ」


 慌てて明日香が悲鳴のような声をあげながら大輝の目を手で覆い隠そうとした。大輝は段ボールを抱えていたため、それを押し退けて明日香が体をぶつけてきたために、彼女の柔らかい手の平の感触と、腕にマシュマロのようなとてつもなく柔らかい感触を覚えた。


(これ、明日香のおっ、おっぱいの感触じゃ……!)


 生まれて初めて当てられた異次元の柔らかさに大輝は再び股間の猛りを覚え、明日香に悟られないように腰を引きながら彼女に押されるまま廊下に追い出される。当然、花園のドアも自然と閉まった。


「あの……その……ね。ちょっと片づけてくるから、大輝はここで待ってて」


 思わず明日香の胸が大輝に押しつけられたことには彼女は気づかず、取り繕うように愛想笑いをして女子更衣室の中に入っていった。


 明日香が戻ってくるまでの間に大輝は脱ぎたての下着と明日香の乳房の感触を呆然としながら脳内で繰り返し思い返していた。


「もう大丈夫だよ」


 改めて入室した女子更衣室は明日香によって片づけられていた。

 制服はきちんと畳まれていたし、下着はおそらく制服の下に隠してあるのだろう。女子の甘い残り香だけが鼻腔をくすぐってくる。

 過激な部分はすっかり影を潜めたが、むしろ大輝が想像していた理想の花園の姿がそこにあった。


「どこの部なんだろ。着替えはちゃんと部室を使うようにって通達してあるのに。大所帯で不便だからなんだろうけれど、今度、厳しく言ってもらわないと」


 困惑しながら明日香は言い、おもむろに部室のドアの鍵をかけた。


「えっ?」


 どうして施錠せじょうしたのか大輝は理解できなかった。

 期せずして女子更衣室が密室となり、明日香と文字通り二人きりになってしまう。葵に釘を差されたおかげでかえって明日香を意識してしまい、驚いて彼女を見つめた。


「ん……、誰かがいきなり入ってきたら誤解を生むかもしれないでしょ。ここは男子立ち入り禁止なんだから。いくら生徒会の業務だからって……ね」


 明日香の細やかな気配りに感謝をするべきだったが、大輝はむしろ変な気分にあてられてしまった。

 更衣室に香るメスの匂いのせいかもしれない。

 どうしても明日香のボディーラインに目が行ってしまい、あのふくよかな胸が自分の腕に当たったのだと何度も咀嚼そしゃくしつつ、その時の感触を思い出す。


 そんなオスの視線を明日香も感じたのか、それとも密室でコンドームを持って二人きりだという状況に気づいたのか彼女も頬を赤らめて俯いた。


「誰かが入ってこないうちに荷物を置いて戻ろうよ」


 焦ったように早口で言う明日香に大輝も我に返り、恥ずかしそうに頷いてあたりを見回した。


「この辺でいいかな」


 段ボール箱を置く場所は部屋の隅くらいしかない。手早く天面を開けて中がわかるようにして振り返った。

 別に悪いことをしているわけではないというのに、そわそわした気分で明日香と目を合わせる。

 互いに頷きあって再び明日香が先導して女子更衣室のドアを開け、外の様子を窺ってくれた。


「大丈夫。今なら誰もいないよ」


 逃げるように大輝は廊下に出てようやく人心地をつけた。

 ところが明日香はまだ更衣室の中に留まっていた。


「服を元のように戻しておかないと怪しまれるかも」


 そう言ってドアを閉め、明日香は一人で更衣室内を元の惨状さんじょうに復帰させに行った。

 そこまでする必要があるのか疑問だったが、明日香は想像よりもかなり早く戻ってきた。どういうわけか再び頬を染め、やや俯き加減で。


 服を散らかすだけとはいえ、こんなに簡単だろうかと疑問に思ったが、あえて尋ねるわけにもいかない。

 大輝は知る由もなかったが、更衣室の制服はきちんと畳まれたままの状態だったことを付け加えておく。

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