閑話8.2 今日の天気は晴れ時々ぱんつ

 その後、このパンツ事件は想像通り迷宮入りしたわけではなかった。

 むしろ、次の巡回の時にも、その次にも大輝の頭にパンツが落ちてきたのだった。


 上を向いて歩けと言いたいところだが、そうした時はどういうわけかパンツが降ってくることはなかった。

 そんなこんなで二週間で六枚のパンツを大輝は集めてしまっていた。


 どれも使用済であるだけでなく、色も柄も多種多様だった。しまパン、いちごパンツ、純白、ピンク、黒、水玉と一つとして同じものはない。サイズは全部同じだし、匂いも同じだった。(クロッチを嗅いだわけではない)


「大輝よ、正直に女子更衣室から盗んできたと告白するならいまのうちだぞ。極刑だけで勘弁してやる」

「極刑だけって、もうそれだけで酷いじゃないですか」


「市中引き回しはなしということだ」

「どっちにしたって最悪じゃないですか。だいたい、更衣室から取ってきたならパンツが全部同じ人のってことにはならないでしょうに」


「ふむ、そうだな。どれどれ」

 葵は遠慮なしにパンツを手に取ると、それぞれ匂いを確認した。だいぶ香りが薄くなっているものもあるが、洗剤も体臭もどれも同じようだった。


「毎回毎回、同じ奴が生パンを大輝の顔めがけて落としているということか? いったい何が目的なんだ?」

「それは僕が知りたいくらいですよ。こんないたずらして楽しがるのは葵会長くらいしか知りませんし」


「むっ、今度は私に濡れ絹を着せようというのか。ちょっと待っておけ。すぐに証明してやろう」

 そう言って葵はスカートの中に手を入れると、するりとパンツを脱ぎ始めた。


 足をあげた時に美味しそうな太股と、さらに見えてはいけない部分までちらっと見えそうになり、大輝はとっさに顔を背けた。

 ピンクのチェック柄のパンツが大輝の顔に押し当てられる。百合のような芳しい香りがして顔に手をやった。


「ちょっ、なにするんですか」

「どうだ、同じ匂いでもするか?」


「……違うと思いますけど」

「これで別人ということは証明できたようだな」

 葵はない胸を張るが、いつの間にかパンツは大輝の手中にあった。


「それでこのパンツは、なんで僕が持ってるんですかね」

「男に匂いを嗅がれたパンツなんて穿けるわけがなかろう」

 堂々と言うものの、葵の頬は赤く染まっており、大胆すぎることをしたと今更恥ずかしがっているようだった。


「じゃあこんなことしないでくださいよ」

「お前が私に言いがかりをつけてきたからだろう。まったく、高い代償になってしまったものだ」


「それでノーパンで大丈夫なんですか?」

 大輝はじと目で葵のスカートからこぼれる太股を見るが、この上には生のお尻と大事なところがあると改めて知り、大輝も顔を赤くして唾を飲み込んだ。


 相変わらずスカートは短い。ちょっとした風でめくれあがれば大変なことになってしまう。


「おい、やらしい目で見るな。こっちが恥ずかしくなってくるではないか。ちゃんと短パンを穿いて帰るに決まってる」

「でも葵ちゃん、体育は昨日だから洗っていて今日は持ってないんじゃ」

 未来の指摘に葵は絶句した。


「無理しないで穿いてくださいよ。ノーパンよりはなんぼかマシでしょうに」

「……いやっ、ダメだっ。前言を翻すわけにはいかん。今も大輝はにぎにぎしているではないかっ」


 無意識のうちに大輝は手中にあるパンツを揉んでいた。なま暖かくふわっとやらわかい感触なのだから、揉むなという方が無理があった。


「ノーパンミニスカで外を歩くなんてとんだ痴女ね」

 容赦ない未来の言い方に、葵は顔を真っ赤にして彼女の胸をぽかぽかと叩くが、とっさの動きにスカートがめくれて真っ白な桃が一瞬、大輝の視界に入った。



 結局、このまま帰るのは危なすぎるということで、大輝が葵の護衛に付くことになった。

 スカートがめくれそうになったらとっさに周囲の視界を遮る役だった。


 ずっとスカートの裾を押さえていればめくれあがることもないが、それでは不自然にもほどがあるし、穿いてないんですと証明するようなものでもあった。


「なんでこんな風の強い日にノーパンなんかになってるんだ……」

「そこまで言うなら変に強がらずにパンツを穿いてくださいよ」

 愕然と言う葵に大輝は呆れ気味に言った。


「大輝に臭いを嗅がれたパンツを穿くくらいなら、産まれたままの姿を衆目に晒す方がマシだ」

 そう強がるものの、既に風によって何度もスカートがめくれあがりそうになり、その都度、葵は屈辱にまみれた顔でスカートの裾を押さえつけていた。


「いやもうほんと穿いてくださいよ。それが嫌ならコンビニでパンツを買ってきますから」

「……大輝が女物のパンツを買うというのか? まるっきり変態でゃないか」

「じゃあ自分で買ってくださいよ」

「それでは自分でパンツを汚して穿いてないんですって告白するようなものではないか」


 このやりとりをするのも既に三回目だった。スカートがめくれあがりそうになったのはもう十回になるか。


「もう少し暗くなれば気にしなくてよさそうになるんですけどね」

「そうやって油断してると、自動車のヘッドライトに照らされて丸見えになったりするのだ。だいたい、駅周辺は明るいままではないか」


 どうしてノーパンでここまで強気に出られるのか大輝は理解できなかったが、強気というのもただの虚勢だったことをすぐに理解することになる。

 駅が近くなるにつれて道は明るくなり、葵の歩くスピードも遅くなる。顔は赤くなり、体は震えている。大輝の手をぎゅっと握ってきた。


「ちょっと支えてくれないか……」

 緊張に次ぐ緊張で相当疲労しているのだろうと大輝は解釈する。言わんこっちゃないと思うものの、頑固な葵がパンツを穿くことを肯じるわけもなく、苦笑しながら葵の手を握り返した。


 柔らかい葵の手がじとっと汗ばんでいる。こんなことは初めてであり、大輝も内心驚くとともに、葵もか弱い少女であることを再認識した。


「あの、大丈夫ですか?」

「うむ……、なんとか……な……」


 ふらつく葵の足取りに合わせて進む。横並びになってしまえば突風に弱くはなるが、こればかりはどうしようもない。風が舞わないように祈るだけだ。

 最初のうちは葵も風が吹くたびにスカートの裾を手で押さえていたが、今はもうそんな余裕もなくなっていた。ふわふわとスカートが舞うたびに、美味しいそうな太股が露わになっている。


 もう少し強い風が吹けば大輝が押さえてやらなければならなさそうだった。

 幸運にも駅まで大過なくたどり着くことができ、そこで再び葵は絶句する。


「……ここを上らなければならないのか」

 いつものこととはいえ、この階段は女子生徒にとって危険な場所の一つだった。さすがに常時見えるということはないが、少し油断すればパンツが見えてしまう。気をつけていればどうということはないのだが、自分がどう見えるのかわからないだけに、余計に気を使う場所だった。


「僕が真後ろに立てば大丈夫ですよ」

「それなら誰が私を支えてくれるのだ」

「手すりに掴まればいいじゃないですか」


「もうそんな力が残ってるものか。なぁ、大輝よ。後生だから支えてくれないか」

「でもそれじゃあスカートはどうするんですか」

 再び葵は沈黙し、重い口を開いて言った。


「こうすればよかろう。屈辱ではあるが、他に選択肢はない」

 そう言って葵は大輝の腕に抱きついた。まるで恋人がするように。


「ちょっ、いいんですかこれ?」

「この際だ。それに、こうでもしないともう立っているのもつらいんだ」

 大輝は葵にしがみつかれ、動揺するとともにドキドキしていた。


「でもこれじゃあスカートは無防備ですよ」

「だからお前が私の腰に手を回すようにして抑えてくれればいい」

「ええっ、本気ですかっ?」


 腰を抱くというのもすごいことなのに、実際はお尻を抱くようなものだった。葵から否定の言葉がないことを確認して、大輝は「失礼します」と言って手を葵のお尻に回した。


「ふひゃっ」

「すっ、すみません」

 むにっとした感触と同時に葵が変な声をあげると、大輝はとっさに手を離してしまった。


「いや、大丈夫だ。いきなりでびっくりしただけだ」

 改めて大輝が葵のお尻を抱くと、彼女はびくっと体を震わせただけだった。

 むにっとした肉厚のお尻の感触が手のひらと腕に伝わってくる。それはもう感動的な柔らかさだった。


 役得に大輝は感激しながらも、邪な気持ちを考えてはいけないとできる限り神妙な表情を作るのだが、ついつい頬が弛んでしまううのはしょうがないことだった。


 ゆっくりと階段を上がっていく。

 抱き合うように密着する二人はバカップルにしか見えなかった。

 ようやくコンコースに上がって大輝は名残惜しそうに手を離すが、葵は大輝の腕に抱きついたままだった。


「大丈夫ですか。本当にどこか具合が悪いんじゃ……」

 そう心配するものの、葵は首を振るだけだった。


 電車に乗ると状況はまた少し変わる。車内は混みあっていて大輝たちは向かい合って密着するようになった。


 葵は大輝の胸に頬をつけて寄りかかる。甘いシャンプーの香りが大輝の鼻孔をくすぐる。微かに当たる胸の膨らみに大輝は心音の高鳴りを覚え、彼女が苦しそうにしているというのに、自分はついつい欲情してしまうことに、嫌悪感すら覚える。


 とはいえ、体は正直なもので、股間に血が集まってズボンをむっくりと盛り上げてしまう。

 葵とは密着しているため、大輝は彼女に悟られないように腰を引くが、混み合っている車内でどこまで隠しきれるかは微妙なところだった。


 電車が揺れるたびに葵の体重が大輝にかかる。不安定な体勢では大輝にしても立っているのがやっとであり、特に所在なさげな両手が不安定感を倍加させる。せめて葵の腰でも抱ければ安定するのだが、むろん、そんなことはできそうもなかった。


 と、電車が大きく揺れて大輝は思わず両手を何かに掴まってしまった。むにゅっとした柔らかい感触を手のひらに感じる。同時に葵の体が大きくビクンと震えた。


「んっ……くぅ……」

「すっ、すみませんっ。そのっ、わざとじゃないんです」


 スカート越しとはいえ、葵のお尻をぎゅっと掴んでしまったことに大輝は動揺するものの、葵は唇を噛んで大輝を見上げてきただけで怒ったりはしなかった。


「……わかってる、掴まるところがないと大輝も困るだろう。そのまま……その……握っててもいいから……」


 予想を斜め上に超える返事に大輝は驚くものの、葵のお尻を掴んだ手は吸い付くように離れなかったので、むしろ渡りに船ではあった。

 さすがに揉むようなことはできないが、このままでも十分、葵のお尻の弾力は伝わってくる。


 女の子の体におっぱいと同じくらい柔らかい場所があると身を持って知り、大輝は驚くとともに、世のおっさん共が女の子のお尻を触りたがる理由もわかった。


 さらに駅を超えるたびに電車は混み合い、ぎゅうぎゅう押されるような状況になった。もうあと一駅で降りるところではあったが、その一駅が遠い。


 腰を引く余裕もなくなり、大輝の硬いものが葵のお腹にグリグリと当たってしまうと同時に、彼女のささやかな膨らみもまた、大輝の胸に当たっていた。


 気づかれているのだろうなぁと思ってもどうにもならない。葵は沈黙したまま大輝に体を預けているが、赤い顔をして息をあらげているのは変わらない。


 大輝の両手は相変わらず葵のお尻をぎゅっと掴んだままだが、見方を変えれば彼女のお尻を他の男性から守っているようなものだった。もし、大輝の手がなければ、この柔らかいお尻は前の男性に当たっていることだろう。それを考えれば、必要なことと強弁することもできた。


 やっと解放されて、二人は駅のベンチでしばらく休憩することにした。

「だっ、大丈夫でしたか?」

 ぐったりとする葵に大輝はわちゃわちゃと心配そうに声をかけるが、彼女は元気を取り戻したのか、キッと大輝を睨んで反論してきた。


「大輝だって私のお腹に硬いのをグリグリ押しつけてきたくせに」

「いやっ、あれはですね、不可抗力というか、自然な生理現象というかですね……」

「大輝のバカぁ……」

 葵は頬をぷっくりと膨らませて呟いた。

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