閑話8.1 パンツは空を飛ぶ
乃木坂学園では生徒会役員が放課後に校舎や校舎裏を巡回することになっている。
校則違反している生徒や風紀の取り締まりという名目だが、実際に何かが起きている場面に出くわすということは滅多にない。
たとえば、喫煙とか飲酒とか喧嘩とかイジメとか。不純同性交遊はたまに見られるのだが、不純異性交遊が合法のため、たいていの場合は「見なかった」ことにしているようだ。
とはいえ、その不純同性交遊も年に数回見かければいい方だ。異性交遊の方は合法とはいえ、一般生徒が校則を隅々まで理解しているわけではなく、おおっぴらに行われることはまずない。
大輝もその場面を見てしまったことはまだなく、かろうじて同性同士でいちゃついている所を目にしたことが何回かある程度だ。
大輝が巡回するのも週に一、二度あるかどうかというところだった。
特に校則違反を摘発する気もない大輝は適当にふらふらと校舎内を巡回した後、一応決まりなので校舎裏へも足を運んだ。
ここは元々人気がなく、誰かがいるということはまずない。校舎裏に用があるのは告白待ちの人か、生意気な生徒をシメる目的がある人くらいなものだろう。
幸いにもどちらの目的でいる人は居らず、そもそも無人状態なわけで、大輝は鼻歌でも歌いながら通り過ぎようかとでも思っていた。
この場所は、かつて葵に関する悪質なデマを飛ばしていた犯人をあぶり出すために、葵と抱き合っていたところでもあった。あの時の葵の感触を思いだし、つい大輝の頬は弛んでしまう。
と、鼻の下を伸ばしていると、大輝の顔に何らかの布が被さった。
突然真っ暗になった視界と甘い香り、そしてほのかな温もりに驚きつつ、その布を手に取る。
柔らかい感触のそれは、白地にピンクのリボンがついた可愛い女物のパンツだった。
「な、なんじゃこりゃー」
大輝は思わずパンツを投げ捨ててしまいそうになるが、そんなもったいないことはできず踏みとどまる。むしろパンツを広げてマジマジと確認した。
パンツが空を飛ぶのでなければ、これは上から落ちてきたものに違いない。洗濯物が風に巻き上げられてということもあるだろうが、ぬくもりと匂いは使用済みのそれであり、つい少し前まで穿かれていたもののはずだ。
「姫のパンツを懐で暖めておきました」
そんな秀吉みたいなことをする馬鹿はいないだろう。
「姫のお股が冷えないように私が穿いて暖めました」
男ならパンツは伸び伸びだろうし、女なら問題はそう変わらない。
今さっきまで誰かが穿いていたパンツが上から落ちてきた。いったいどうして?
大輝は首をあげて空を見上げる。
空を飛んでいる女子高生の姿はない。魔法少女もだ。
常識的に考えれば校舎の窓からパンツが投げ捨てられたのだろう。屋上からという可能性もあるが、放課後は施錠されているはずだ。
窓からパンツを投げ捨てる風習は本校にはない。何らかのはずみでうっかりパンツが窓から飛んでいった。その可能性もないだろう。それならイジメか何かというのが一番しっくりくる理由だった。
ちょうど窓はトイレのある位置にあり、放課後に生意気な女子生徒を呼びだし、パンツを脱がせて窓から放り投げた。
それなら事件ではあるし、すぐに葵に報告しなければならない。パンツを投げ捨てられた女生徒もそのうち拾いに来るだろう。ノーパンで帰れと脅される可能性もあるが。
とはいえこのままパンツを地面に置いておくわけにもいかない。持ち主が探しに来るのを待つわけにもいかない。男が拾っていると知れば、名乗り出る人はいないだろう。
とりあえず窓から顔を出している生徒がいないことを確認し、大輝は葵に電話で状況を説明した。
生徒会室のテーブルに件のパンツが置かれていた。
ここに下着が堂々と置かれているのは真由の件以来であるが、パンツを囲んで生徒会メンバーが真剣な顔をしているというのは妙な雰囲気だった。
あれから役員総出で落とし主を探したが、怪しい生徒は見つからなかった。真由に頼んで下校する生徒を見てもらい、他のメンバーがトイレへ向かった。
大輝も女子トイレの一つを担当したが、まさか踏み込むわけにもいかない。できたのは出入りを監視するくらいだが、いくら仕事とはいえ男が女子トイレの入口を見つめているというのは問題があった。
幸い、女子メンバーが来るまで誰も出入りはなかったが、通りすがりの女生徒に冷たい目で見られたのは痛かった。
「大輝よ、本当にこのパンツが落ちてきたのか?」
「嘘ついてもしょうがないじゃないですか」
じと目で聞いてくる葵に大輝は速攻で反論する。
「女子更衣室に忍び込んで盗んできたとかいうオチではないのだな」
「なんでそんなことまでして空からパンツが落ちてきたって騒がなければならないんですか。盗んだなら誰にも言わずに持って帰ります」
「むぅ、正論だな」
葵はしかめ面で呻き、件のパンツを手に取った。
「新品ではないな。かといって洗濯しただけのものでもなさそうだ」
パンツを裏返し、クロッチの部分を確かめつつ葵は言った。
「匂いを嗅いだりとか頭にかぶったりとか食べたりとかはしてないんだろうな?」
「してませんっ。だいたい誰のものかわからないのにそんなことできるわけないじゃないですかっ」
「一理あるな。だが、うちの女子は可愛い子ばかりだし、このサイズならデブということもなかろう。とりあえず匂いくらいは嗅いで損はなさそうだが」
「もう、なんなんですか。僕が責められてるみたいなんですけどっ」
うっかり匂いを嗅がずによかったと大輝は心中で胸をなで下ろす。とはいえ、顔に被さってきたのだからその時にいい匂いがしなかったわけでもなかった。葵の言う通りまず女子生徒のものだろうし、モブ……ではなく、一般生徒は可愛い子揃いだった。確率からしてハズレは少ないだろう。
「これの持ち主はノーパンで帰ることになるのだろうか。うちのスカートは短いから大変だな」
実際にノーパンで帰って興奮してた水泳部の部長のことを大輝は思い出す。同じような露出狂ということはないだろう。
「あらあら、別に体操服を穿いていけばいいじゃない」
本校の極端に短いショートパンツなら余裕だろう。せめてスパッツなら丘もスジもくっきりとなって羞恥を誘うのだが。
「でもこのパンツどうするんですか?」
「今日の所は下校時刻まで私が預かっておこう。そのまま持ち帰って洗濯しておくが、誰も取りに来ないだろうな」
「じゃあ、半年経ったら大輝くんのものになるのね」
「ほぅ、そのままポケットに入れなかったのは、合法的に自分のものにするためか」
「違いますって」
「じゃあ、期間が来たら細かく裁断して燃やしてしまうが、それでいいのか?」
「良いも悪いもそれ以外に方法はないでしょうに」
「わかったわかった。じゃあ一割くらいはくれてやろう」
「パンツ一割って細かく切った布切れですか」
「クロッチの部分はやらんがな」
「どっちにしろいりませんから」
後悔はないはずだった大輝だが、せめてもう少しマジマジと見ておけばよかったと思わなくもなかった。
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